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八ヶ月経過
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秋も深まり、冬が近づいてきた。
料理長の作ってくれたおれ専用の賄いは焼き芋。もちろん砂糖もたっぷりついてる。
……本当だったら今頃、料理長の作ってくれる甘味とも泣く泣くおさらばして、神皇国に乗り込んでたはずなんだがなぁ……。
熱々の芋をもくりと食べ、かれこれ一ヶ月以上拗ね続けるご主人サマをちらりと見やった。
池の祠の前に焼き芋をお供えした端からこっそり「暴虎」に盗み食いされてるのに気づいてない。本来はちゃんとした墓地があるんだが、ここを兄貴の墓と仮定して、毎日毎日打ちのめされては愚痴って、打ちのめされなくても愚痴って、おっさんの悪口も言うようになった。最近の口癖は「早く禿げろ」だ。げに恐ろしい息子である。
「終わったなら部屋に戻んぞ。風邪引いたら侍女がうるさい」
「いい加減サリーって呼べばいいのに」
振り返ったクソガキは、ちょっと笑った。以前までのどこか不安定な感情の揺れは収まり、あの夜会のように不調を示すことは少なくなった。もちろんあるにはあるし、おっさんがその度にあげつらってくるのでこうして悪口を言うようになったのだが。
遠い目になった。
(おっさんもなぁ……もう勝ち目ねぇよ)
ディオ家では現在、絶賛親子喧嘩中である。使用人たちはあまり巻き込まれていないが、こいつの侍女や執事長は結構重要な位置に立っている。それぞれ主人の心情をよく理解してるからなぁ。おれ?あえて放置してたら殴られたけどなに?
ことのきっかけは言うまでもない。一ヶ月半前の葬式だ。
無理やり眠らされたクソガキが、強固な意志と根性で薬の効果を捩じ伏せるのは、まあ、想像はできていた。いざというときに頑固なのはよく知ってた。だが、侍女がおれをぶん殴るくらいキレたのはさすがに誤算だった。
あの二人は即座に意気投合して、どうせなら嫌がらせはセンセーショナルにやろうと決意し、あえて葬式という第三者の耳目が多いイベントを狙って、本人の登場によってレオナール・ディオの復活を知らしめた。
――弱いからって見くびられても、困りますよ。
隣でクソガキを見守る侍女のその囁きは聞こえてたが、負けた、と素直に思ったくらいには、ちょっと怖かった。自分たちを弱いって思ってるくせに、自身を守ろうとするゆえのおっさんの思惑を、そうと看破しながら粉砕していくことにためらいなんてどこにもなかったんだから。
レオナール・ディオの火事からの生還は国内外に一気に広まった。
おっさんでももう同じ手は使えない中、二人はおれを引っ張ってさっさと本邸に戻り、使用人たちに歓迎され、こうなれば危険が少ないようにとおっさんと執事長は屋敷内の不穏分子を予定よりずっと早く一掃した。
そこから現在に至るまで、廃嫡をかけた親子喧嘩をしているわけだ。字面だけなら物騒だが、実際は痴話喧嘩のようなもんだ。おっさんはクソガキのマジギレにたじたじだし。一世一代の大勝負に負けたら、もう後手に回るしかないんだろうさ。あとはいつ折れるかが問題だ。
この顛末を一番他人事に笑い倒したのは「暴虎」だ。あの愉快狂はクソガキが生きてりゃなんでもよかったらしい。むしろディオ家の名が重みになってたと勘違いしていたようだから、クソガキが真っ向から父親に喧嘩を叩きつけたのを見て、考えを改めていた。
今は番犬になって、クソガキに張り付いて(つまり特等席から高みの見物をして)やがる。
『お前、ぼくを試したな』
……高みの見物といえば、だ。
周りが目も耳も塞ごうとする中、どう動くのか。
傷つくのか、喜ぶのか、怒るのか、諦めるのか。
あの時は、なんとなくそれだけは知りたかったから、約束が終わっても留まっていただけだった。
わりと好き勝手にやってきた自覚はあるし。
『別に怒ってるわけじゃない。ただ』
それが、気づいたらおれはまだディオ家本邸にいるし、クソガキの従者の身分も変わってないし、クソガキや侍女はいちいちおれを巻き込んでおっさんたちに対抗していくし。なんでこいつら、おれの居場所を空けてるんだろう。
「あ、いた!お坊っちゃん、神皇国の密使が来たって一報だよ!」
庭の向こうからクソガキ三号が飛び出してきた。……そういやこいつら兄妹もだった。クソガキの私事の伝令として正式に雇われ、クソガキが望む情報を調達してくる。危ない橋をいくつ渡っても足りないのに断らねぇし。情報は、主には神皇国の内情と外交……おれの過去や復讐やらに思うところがあったらしい。
『おれが目覚めるまで待ってたってことは、おれはお前の期待に応えられたってことだ。ならお前もおれの期待に応えろ。おれだって兄上を殺された。お前の目の前に特大のご馳走を用意してやるから、おれの満足のいくように食い荒らせ』
固く強靭な刃を持て。研ぎ澄ませ。
生涯の主レオナール・ディオの意志を貫く剣となれ。
「わかった。詳しいことは部屋に戻ってからにしよう」
ルスツ王国と、終戦の折の和平条約よりもっと踏み込んだ同盟成立まで秒読みになってきたところで、突然神皇国の者がこちらにやって来るのだ。ディオ家嫡男殺害未遂からもそれなりに時間が経った。よくも悪くも、もう歯車は止まらない。それをこの場にいる人間はしっかり心得ている。さっと上着を翻して歩き始めるクソガキについていく形で、一瞬だけ、空を見上げた。
死ぬなと簡単に言われるよりも、泣きつかれたりぐいぐいと腕を引っ張られたり無言であてにされたりする方が、生きねばと己に決意させることになろうとは、全くもって性悪なご主人サマと想い人である。
「アルフ、命令だ」
ふとそんな声をかけられたので視線をやると、クソガキがおれを向いて悪戯っぽく笑っていた。
「なんだ」
「これからはサリーをちゃんと名前で呼べ」
そういえば、正式に命令されたことは、これまでたったの一度しかない。それを知ってか知らずか、余所見してたうちにまた「暴虎」が余計なことを吹き込んだんだろう。ニヤニヤ笑いやがって。三号もニヤニヤしてやがる。
「あとついでにおれにも敬語」
「……いいぜ」
「えっ」
驚くクソガキにあえてにっこりと笑い返してやった。おい後ずさるな三号。
ちなみに侍女……サリーはおれを殴ったのでなにか吹っ切れたらしく、笑っても怯えられることはなくなった。その点でも、そろそろ丁度いいとは思ってたところだ。
「確かに、ディオ家次期当主の懐刀が主人に暴言を吐くようでは、示しになりませんからね。これからは身も心も入れ換えて、レオナールさまのために
尽くして参りましょう」
「……気持ち悪い!」
「ひどい仰りようだ。こんなに歯が浮きそうなのを堪えているのに……」
「心こもってないし!棒読みだし!」
「おい目が死んでるぞ『千里眼』」
「うっわぁ……怖ぁ……」
お前らから振ってきたんだろうが。
全くもってからかい甲斐のない連中である。
料理長の作ってくれたおれ専用の賄いは焼き芋。もちろん砂糖もたっぷりついてる。
……本当だったら今頃、料理長の作ってくれる甘味とも泣く泣くおさらばして、神皇国に乗り込んでたはずなんだがなぁ……。
熱々の芋をもくりと食べ、かれこれ一ヶ月以上拗ね続けるご主人サマをちらりと見やった。
池の祠の前に焼き芋をお供えした端からこっそり「暴虎」に盗み食いされてるのに気づいてない。本来はちゃんとした墓地があるんだが、ここを兄貴の墓と仮定して、毎日毎日打ちのめされては愚痴って、打ちのめされなくても愚痴って、おっさんの悪口も言うようになった。最近の口癖は「早く禿げろ」だ。げに恐ろしい息子である。
「終わったなら部屋に戻んぞ。風邪引いたら侍女がうるさい」
「いい加減サリーって呼べばいいのに」
振り返ったクソガキは、ちょっと笑った。以前までのどこか不安定な感情の揺れは収まり、あの夜会のように不調を示すことは少なくなった。もちろんあるにはあるし、おっさんがその度にあげつらってくるのでこうして悪口を言うようになったのだが。
遠い目になった。
(おっさんもなぁ……もう勝ち目ねぇよ)
ディオ家では現在、絶賛親子喧嘩中である。使用人たちはあまり巻き込まれていないが、こいつの侍女や執事長は結構重要な位置に立っている。それぞれ主人の心情をよく理解してるからなぁ。おれ?あえて放置してたら殴られたけどなに?
ことのきっかけは言うまでもない。一ヶ月半前の葬式だ。
無理やり眠らされたクソガキが、強固な意志と根性で薬の効果を捩じ伏せるのは、まあ、想像はできていた。いざというときに頑固なのはよく知ってた。だが、侍女がおれをぶん殴るくらいキレたのはさすがに誤算だった。
あの二人は即座に意気投合して、どうせなら嫌がらせはセンセーショナルにやろうと決意し、あえて葬式という第三者の耳目が多いイベントを狙って、本人の登場によってレオナール・ディオの復活を知らしめた。
――弱いからって見くびられても、困りますよ。
隣でクソガキを見守る侍女のその囁きは聞こえてたが、負けた、と素直に思ったくらいには、ちょっと怖かった。自分たちを弱いって思ってるくせに、自身を守ろうとするゆえのおっさんの思惑を、そうと看破しながら粉砕していくことにためらいなんてどこにもなかったんだから。
レオナール・ディオの火事からの生還は国内外に一気に広まった。
おっさんでももう同じ手は使えない中、二人はおれを引っ張ってさっさと本邸に戻り、使用人たちに歓迎され、こうなれば危険が少ないようにとおっさんと執事長は屋敷内の不穏分子を予定よりずっと早く一掃した。
そこから現在に至るまで、廃嫡をかけた親子喧嘩をしているわけだ。字面だけなら物騒だが、実際は痴話喧嘩のようなもんだ。おっさんはクソガキのマジギレにたじたじだし。一世一代の大勝負に負けたら、もう後手に回るしかないんだろうさ。あとはいつ折れるかが問題だ。
この顛末を一番他人事に笑い倒したのは「暴虎」だ。あの愉快狂はクソガキが生きてりゃなんでもよかったらしい。むしろディオ家の名が重みになってたと勘違いしていたようだから、クソガキが真っ向から父親に喧嘩を叩きつけたのを見て、考えを改めていた。
今は番犬になって、クソガキに張り付いて(つまり特等席から高みの見物をして)やがる。
『お前、ぼくを試したな』
……高みの見物といえば、だ。
周りが目も耳も塞ごうとする中、どう動くのか。
傷つくのか、喜ぶのか、怒るのか、諦めるのか。
あの時は、なんとなくそれだけは知りたかったから、約束が終わっても留まっていただけだった。
わりと好き勝手にやってきた自覚はあるし。
『別に怒ってるわけじゃない。ただ』
それが、気づいたらおれはまだディオ家本邸にいるし、クソガキの従者の身分も変わってないし、クソガキや侍女はいちいちおれを巻き込んでおっさんたちに対抗していくし。なんでこいつら、おれの居場所を空けてるんだろう。
「あ、いた!お坊っちゃん、神皇国の密使が来たって一報だよ!」
庭の向こうからクソガキ三号が飛び出してきた。……そういやこいつら兄妹もだった。クソガキの私事の伝令として正式に雇われ、クソガキが望む情報を調達してくる。危ない橋をいくつ渡っても足りないのに断らねぇし。情報は、主には神皇国の内情と外交……おれの過去や復讐やらに思うところがあったらしい。
『おれが目覚めるまで待ってたってことは、おれはお前の期待に応えられたってことだ。ならお前もおれの期待に応えろ。おれだって兄上を殺された。お前の目の前に特大のご馳走を用意してやるから、おれの満足のいくように食い荒らせ』
固く強靭な刃を持て。研ぎ澄ませ。
生涯の主レオナール・ディオの意志を貫く剣となれ。
「わかった。詳しいことは部屋に戻ってからにしよう」
ルスツ王国と、終戦の折の和平条約よりもっと踏み込んだ同盟成立まで秒読みになってきたところで、突然神皇国の者がこちらにやって来るのだ。ディオ家嫡男殺害未遂からもそれなりに時間が経った。よくも悪くも、もう歯車は止まらない。それをこの場にいる人間はしっかり心得ている。さっと上着を翻して歩き始めるクソガキについていく形で、一瞬だけ、空を見上げた。
死ぬなと簡単に言われるよりも、泣きつかれたりぐいぐいと腕を引っ張られたり無言であてにされたりする方が、生きねばと己に決意させることになろうとは、全くもって性悪なご主人サマと想い人である。
「アルフ、命令だ」
ふとそんな声をかけられたので視線をやると、クソガキがおれを向いて悪戯っぽく笑っていた。
「なんだ」
「これからはサリーをちゃんと名前で呼べ」
そういえば、正式に命令されたことは、これまでたったの一度しかない。それを知ってか知らずか、余所見してたうちにまた「暴虎」が余計なことを吹き込んだんだろう。ニヤニヤ笑いやがって。三号もニヤニヤしてやがる。
「あとついでにおれにも敬語」
「……いいぜ」
「えっ」
驚くクソガキにあえてにっこりと笑い返してやった。おい後ずさるな三号。
ちなみに侍女……サリーはおれを殴ったのでなにか吹っ切れたらしく、笑っても怯えられることはなくなった。その点でも、そろそろ丁度いいとは思ってたところだ。
「確かに、ディオ家次期当主の懐刀が主人に暴言を吐くようでは、示しになりませんからね。これからは身も心も入れ換えて、レオナールさまのために
尽くして参りましょう」
「……気持ち悪い!」
「ひどい仰りようだ。こんなに歯が浮きそうなのを堪えているのに……」
「心こもってないし!棒読みだし!」
「おい目が死んでるぞ『千里眼』」
「うっわぁ……怖ぁ……」
お前らから振ってきたんだろうが。
全くもってからかい甲斐のない連中である。
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