とある護衛の業務日記

文字の大きさ
上 下
26 / 29

策士貴族の驚愕

しおりを挟む
 王城にレオの死亡の報告に赴くと、我が友人ゼルダ・ハルメア・ランゼリアに思いきり殴られた。ゼルダは泣いていなかったが、激しく怒り狂っていた。私の首を引っ付かんでがくがく揺さぶり様々なことを叫び散らかし、陛下の命令で摘まみ出された。「なぜ私にレオの件を知らせなかった」「私ならば助けられたものを」「お前がレオを殺したのだ」云々。
 陛下は頭が痛そうな顔で、弟の醜態を見送った。

「……あれが、そなたの息子を二人も奪ったことになるのだな」
「いえ、陛下。お悔やみになる必要はございません。ただ、私の管理不足があっただけでございます」

 襟を直して一礼する。ゼルダが大層傲慢で、しかも都合のいい思考回路をしているのは長年の付き合いだから知っていた。それでも友人「だった」。……もう、悪友だとか親友だとかの昔の関係に戻ることは、二度とないだろう。

「長男の死の半年後、後継にすえた途端に次男は命を奪われました。……しばらく猶予を頂きたく」
「……そなたから言い出すとは思っていなかったのだがな」
「大事な問題でございましょう。これから神皇国は荒れます。ルスツ王国ともやっと締結できた協定があります。これ以上私事で余所見をする暇はありません」
「……かように冷酷な男だったのか、そなたは。そなたの跡継ぎが死したというのに」
「で、あれば。葬儀の前後に長期の休暇を頂きたく思います。一ヶ月ほど」

 レオは生前かなり鋭かったが、余計なそぶりを見せなければいいだけだ。陛下やゼルダにはなおさら。これまで長い付き合いのこの方たちに腹の裡を見破られたことはない。
 冷酷、冷血。今さらだ。守るもののためならば修羅になる。
 温厚な見かけに騙されてる人間の多さが、私の地位を押し上げてくれていることは、感謝するべきだろう。お陰で今、ある程度の自由を持っているのだから。








 優秀で人望に富み、期待に応える義務感もあればお忍びに節度を持って遊び回るような奔放な一面をもっていた自慢の長男は、神皇国が陰からルスツ王国を支援して我が国と争わせている間に、「王弟のお気に入り」で「筆頭貴族家次期当主」だったゆえに殺された。その謀略には、長男の才と我が家の繁栄を妬んだ売国奴も関わっていた。神皇国も特別に彼らの雇った兵を用いて追い詰めた。……当時の私は、愚かにも、神皇国の疑いつつも確証を得られないまま、息子を死地に送っていたのだ。
 長男の死の真相を突き止め、神皇国の関与を洗い出し、長男が友人と教えてくれた青年と偶然出会い、策を練り――次男を餌にした。復讐のために。
 もう失いたくないがために、次男を失う道を選んだ。

 レオの葬儀は、かつて彼を住まわせていた地方の屋敷で執り行った。対外的には囚われていた城が焼け落ちたのに巻き込まれての焼死で、子どものものと思われる小さな焼死体のそばに遺品を見つけた形だった。もちろん関与を示す神皇国の証拠も見つかるように置いてきた。
 二月前に次期当主としてレオナール・ディオのお披露目をしたばかりで、この葬式だ。空いた席を狙う若者やそれをつれた親、私を気遣って見舞いに来てくれた友人たちに見守られる祭壇の上の棺。炭と遺品が入っているだけ。
 どこもかしこも、誰も彼も空っぽだ。笑いが込み上げてくる。
 誰もが、本当の意味でレオの死を悼んではいないのに。私でさえも。

 次期当主の葬儀はしめやかに行われた。棺の段に花を手向ける時は全員同じように痛ましく棺を見下ろしているので、ますます笑えた。可哀想に、まだ若いのに――それでいて、この私にさりげなく後継者について尋ねてくるのだから。
 屋敷の裏手に、既に棺のための穴を掘ってもらっている。そこへ運び出そうと男手が集まり始めた頃だった。
 ふと、初めて次男が喋ったときのことを思い出した。
 リオがでろでろにとろけた顔でレオをあやし、亡き最愛の妻の子守唄に兄弟で眠りこけていたことも。
 近所の貴族家の男とたまたま出会ったときに初めて嘔吐し、その弱さを知った。しばらく庭で一人で遊びながら己の弱さを疎んでいるのを、リオと共にはらはら見つめていたこと。宰相位を継いで忙しくなり会えなくなると、都の本邸まで習い始めた下手くそな字で書かれた体を労るようにという手紙をもらったこと。
 リオが死んだ報を受けて唖然としていたことや、アルフ殿に出会い頭に失礼をやらかし簡単に反撃されたこと、活発に剣を振り回し始めたこと、ことあるごとに反抗期満面に睨んでくること……。

 愛していたよ、レオ。私が死ぬまでお別れだ。

「――これはこれは、皆さまお揃いで」

 かつん、と小気味いい靴音が、広い講堂に響き渡った。
 その地点から、その音から、しぃんと静寂が広がっていく。覆い尽くしてゆく。真っ白に。献花のような純白に。
 何色かに、染められる時を待つように。

にお集まり頂いているところ恐縮なのですが、何をなさっているのかお伺いしてもよろしいでしょうか」

 立ち上がり、棺に寄り集まろうとしていた男たちが、まるで見てはいけないものを見たように呆然と後ずさっていく。
 その中を突き抜け、靴音はますます私をめがけて響き来る。ためらいなく、淀みなく。一直線に、恐れなど知らず、間違ったと知っても潔く己を折る柔軟さが、強さの糧となり轍を刻む。
 妻譲りのその赤い瞳など、永遠に見れなくなってもいいと思っていたのに。

「このレオナール・ディオ、地獄より這い上がって参りました」

 もう、私とその者の間に遮るものなどなかった。たった一人。私と一番近しい血縁の者は今や背後の棺の中だというのに。

 ――なぜ、ここに来たのだレオ。

「父上、あなたの息子はまだ、ここに」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済み】うちの息子どう?より、「あなたが嫁に来てくれたら嬉しい」がキュンときた。

BBやっこ
恋愛
貴族の婚礼というのは、書類上の契約が多い。私の家と彼との家は、仕事上の付き合いがあった。婚約はすんなりと。そして婚約破棄もあっさりだった。 それなりに長い時間を過ごしたので、ショックがあまりないのが意外だった。 けど、次のお相手探しのパーティーでもモヤモヤする。 その時あった女伯爵と話して気持ちが変わった。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

処理中です...