とある護衛の業務日記

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六ヶ月経過④

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「こちらへどうぞ……」

 やっと決心がついた城宰にそう促され、クソガキ三号がちらりとおれを振り返った。頷いて合図する。
 一度使者を迎えたとなれば、城内部の混乱は予想できていた。ディオ家の名は近隣諸国にも轟いている。その大事な嫡男が拐われ、ましてやここに囚われているとなれば、内部で犯人探しも起こっているだろう。なにせ、こちらは突かれたくない腹をつついている。ここで犯人ごとおれらに差し出せば、レイテ神皇国の名を口封じにしてもらう交渉もできる。……まあ、実際に拐ったの、お前らの上の連中だからどのみちアウトなんだが。
 従僕に扮したクソガキ二号もその流れに乗って動き始めた頃だろう。

 犯人探しの時間稼ぎのため、客間に通された。一応クソガキ三号の護衛を装っているので、勧められた椅子の一つに腰かけたクソガキ三号の後ろに控えるように立つ。そして、そう待たないうちだ。

「城宰さま!」

 慌ただしく駆けつけ扉を叩く兵士、叱りつつも応えてなにか異変がと問いかける城宰。耳打ちされた事態にざっと顔色を失くして一度おれらに視線をやり、慌ただしく何かを確認し、兵士を追い返した。

「何かあったようだな」

 三号がわざとらしく問いかけると、部屋に残った城宰はしどろもどろになった。耳を澄ませると、扉の奥、窓の外、慌ただしい具足の響きと何かを指示する叫び声、水をぶちまけたような音が聞こえてくる。……二号はうまくやっているらしい。さて、次はおれたちだ。
 おれはおれでわざとらしく三号の耳に口を寄せた。おいおい、嫌そうな顔すんなよ。フリに決まってんだろうが。

「……はじめんぞ」

 こう距離が近いと、三号の目の奥にはっきりと緊張と恐怖が刻まれているのがわかる。強引に意志の力で捩じ伏せて、こいつは悠然と構えているわけだ。情報屋より役者になった方がよかったんじゃないか、こいつ。

「――火事?」

 三号は驚いたように声を上げ、おれに体を向ける。それに合わせて大仰に頷いたとも。飛び上がった城宰を視界に収めつつ。

「ああ。騒ぎが聞こえる」
「そうか。……城宰、先ほどの報せは火事だったのか?」
「……はい」
「なぜ私たちにすぐに伝えなかった?まさか城ぐるみでディオ家嫡男もろとも証拠を消してしまおうと?」
「そ、そんなわけでは!ただ小火のようでしたので、すぐに鎮火できると――」
「どうやら複数、燃えている場所があるようだが」
「なっ……?」

 そこまで報告はされてなかったんだろう、おれの言葉に絶句した城宰を見て三号はまたわざとらしくため息をついて、失望を示した。

「この有り様では、ここに座っていても埒が明かない。探させてもらう!」

 三号が椅子を蹴立てて部屋を飛び出し、二手に別れるようにおれも逆方向に廊下を走りはじめた。

「お、お待ちを!」
「待つ時間などない!急ぎあの方をお助けしなければ!」

 三号の声が聞こえて、今のちょっと本音入ってたな、と少し笑った。確かに見つけきれず火の回りに負けたらクソガキ一号は火だるまだ。その火を続々と追加するのもおれらだが。

(ほとんど武装されてねぇが、たった三人で城落としをすることになるとはな)

 実質は謎の不審火に城が焼失することになるし、戦うのはおれ一人だが。
 戦争中にはできなかった手法で落としにかかるこの新鮮さ、計画を立てたのはあのおっさんだ。さすがリオネス・ディオの父親。あのねちっこさや奇抜な発想力は絶対父親譲りだ。

 捜索の名目で手当たり次第、部屋に侵入してはこっそり火種を置いて出ていく。天井の照明を見つければ落として、火を燃え移らせる。これにかかりきりになったらいざ逃げるときに道がなくなるので、ある程度の手加減は必要だが。
 クソガキ共には、納屋と三階で見つからなかったらさっさと騒ぎに乗じて逃げ出すように言っておいたので、あいつらの心配はいらない。

 なにより、ずっと――城に入ってから、矢を放たれてから、ずっと視線と殺気を感じている。
 は、おれしか狙ってない。

「――やぁっぱり、本物だったかぁ」

 何個目かの部屋に放火して飛び出したところで、死角から斬り込まれた。応じて剣を抜き、受け止めると同時に手首を回して斬り返す。しかし相手もさる者か、ぎりぎり避けられた。それどころかぴゅいと口笛を吹かれる。

「すげえ反応速度」
「……いたな」
「ああ、いたぜ?」

 無骨な大剣を片手に持つ男はケラケラと笑っていた。「暴虎」、先の戦争で見境なく大量に殺しまくったらしいからつけられた二つ名だとおっさんが言っていた。……こいつが神皇国の奥の手か。
 黙って剣を抜いたまま姿勢を直すと、クソガキを拐った傭兵は、ニタニタした笑みを不意に引っ込め、真顔になった。

「あんたのご主人サマもちゃんといるけど。でもマジかよ?助ける前に放火するって、このまま弱みになるくらいだったら殺すつもりだったり?あのお坊ちゃんただでさえ体弱いのに、ほんとに不憫だなぁ。味方がどこにもいねーとか」
「……」

 返答せずに今度はこっちから踏み込んだ。クソガキとは比較にならない素早さで距離を取り、攻撃を受け止め、避けるのも危なげない。やっぱりずいぶんと手練れだな。刻むのを諦める理由にはならないが。

「なあなあ、あんた、前の戦争にいたんだろ?」
「それがどうした」

 今度は一瞬で距離を詰めて左下から剣を振り上げたが、大剣で止められると同時に蹴りが迫った。読めていたので体を捻り、ついでに足を狙って斬り払おうとしたらまた避けられた。と、と、と跳ねるように距離をまた開かれる。こええこええと、全く怖くなさそうに言われた。

「おれさぁ、ルスツ国側の傭兵として戦場に出てたんだけどさあ。『千里眼』って知ってるか?」
「それがどうした」
「一回戦ったことあるんだけどよ、あんた、あの連中の戦い方に似てるなぁ」

 あいにく、こっちは覚えてねぇよ、お前みたいな気狂いなんざ。今度は男にいつくかナイフを投げられたので、避けるついでに掴み取って投げ返した。ナイフを目隠しに斬り込んできた男の顔面を狙ったが、潔く攻撃を諦めて逃げに走られた。それでもかわし切れなかったナイフが一本、男の頬を薄く切っていった。
 男はますます愉しそうに笑みを深めた。

「でも部隊は殲滅したって聞いたしよ、あんた、なに?生き残り?」
「誰が殲滅したって?」
「あいつはなんて言ってたっけなぁ……ああ、たしか、キンブル閣下とか」

 なら、そいつもいつか殺そう。神皇国は一見軍隊を持たない。戦争に介入して上げた功績を表彰されることもないから、おっさんや爺さんでも探るのが難しかったんだよな。へえ、キンブル、ね。

「そんな名前の傭兵はいたのは覚えてる気がする」
「おれは!?」
「知るか。誰だお前」
 
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