とある護衛の業務日記

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六ヶ月経過①

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 ざざん、ざざんと波がぶち当たり、飛沫が高く崖に打ち付ける。
 それよりも更に遥か高み。崖っぷちにでんと立つ城。
 海の側から見るとただ城があるだけだし、反対側から見てもあんま変わらん外観。背の低い木々くらいしかない。それが延々と……おそらく城の高台から見晴かせる景色に、まともな建造物など存在しない。国境近いのに、一年前までの戦争でもあまりにも立地が悪すぎて見向きもされなかった。双方の国から。
 ならなんでこんなところに立てたのかっつーと、おっさんはなんつってたっけな……えーとあれだ。陸の孤島らしく流刑地になってたっつー。こんだけ寂れてちゃ不埒者も近寄れねーもんな。監視しやすすぎて。







 さーてようやく発見したクソどもの城。まさか王都を出てすぐに船に乗り換えて海路を取られるとは思ってなかったぜこんちくしょうが。
 お陰でまた代書屋にあちこちの伝を辿らせる手間をかけた。まあ金も人手も全部あの兄妹分を含めておっさんが出したし、情報の収束も驚異的な速さなんだけどな。
 で、おれにぽんっと地図を渡して行っておいでって気負いもなく声をかけたおっさんですら驚いてたもんだ。強引に連れ去るにしてはやることに手が込んでる、と。以前クソガキ誘拐したような姑息な手段じゃないから油断しちまった。
 強引な拉致しかり、もう、敵方にはためらうような理性も余裕もないらしい。城を眺めていたのが、思わず遠い目になってしまった。

(おっさん、締め上げすぎたんだな……)

 まさか、こちらが突き上げる前に、敵方自らがどこの国の者なのか暴露することになるとは。
 クソガキが拉致されたことは想定外だったが、案ずる気持ちとは別に、これで決着がつけられるとおっさんも爺も代書屋の爺さんも大喜びだった。全員以前の戦争やら何やらで大事なもんを傷つけられ、喪ってきたのだから、思い入れが過激なほど苛烈だった。

「……ほ、本当に、あそこにあんたの主がいるのか?」

 後ろから連れに話しかけられた。振り返ると、青ざめた顔で代書屋のクソガキの背にしがみつく女がいた。

「ルティさん、腕掴まないで。動きにくい」
「だ、だってさ!あの城の雰囲気……」
「なんだ、案外可愛いところがあるじゃねえか。今さら怖じ気づいたか?」

 煽るように笑ってやると、ノリよくかっと頬を紅潮させた。

「誰が!」
「……だから耳元で叫ばないでよ……」

 クソガキ二号――確か名前はケビンだったか。げんなりしつつ空いた片手で耳を押さえている。

「怯えるならついてこない方がいいよ。どうせこの人、ぼくたちのお守りをする気、あんまりないだろうし」
「おっさんから依頼されて別料金もらうんだから、働くつもりはあるぜ?」
「あくまでもあんたのご主人さまのついででしょ。ただでさえ少ない人員での奪還作戦に、足手まといは邪魔でしかない。その時になったら容赦なく切り捨てるだろうね、あんた」

 淡々と告げるケビンに、ルティは押し黙り、おれはますます笑みを深めた。おい後ずさるなクソガキ。

「よくわかってるじゃねえか」
「……まあね」

 でも、とドン引いた顔を改め、仕事の顔でぐっと見上げてきた。

「ぼくにだって、矜持くらいはある」

 ルティが、はっとケビンの腕を抱きしめる力を緩めた。

「父さんと母さんの仇を討つのは、あんたやじっさまじゃなくて、このぼくだ」

 めらめらと、黒い瞳の奥で炎が燃えている。 優秀だった諜報員の血と薫陶を受け継いだゆえの覚悟の眼差し。
 こいつも親に似てきたな、と顎を撫でて……クソガキ二号の額に軽く裏拳を叩き込んだ。

 ごん、といい音が鳴り、二号がさらに後ずさった。

「でっ!?」
「な、なにするのさ!?」
「ビビりすぎんのも問題だが、逸んのも問題だってんだよクソガキ共。余裕があったら譲るが、なければ止めはおれがやる。復讐より先に自分の役割を果たせ。クソガキ三号、お前もだ」
「え、三号って、まさか私か!?」
「あのアスってガキが四号だ」
「……馬鹿にしないでくれる」

 唖然とする三号の前でじとりと二号が睨んでくるが、今すぐにも爆発しそうな雰囲気は消えていた。……そう、それでいい。

「お前らの生きる理由はこんなところで潰れていいもんじゃねーだろーが。爺さんや四号が、なんのためにお前らと離れて留守番してると思ってやがる」
「え?人質じゃないの?」

 まあ、三号と四号は、はじめはその理由で引き剥がしたが。飛び入り参加なもんだから、経歴を洗う時間もほとんどなかったからな。……しかし、それもわずか数日間の話だ。

違ぇよ」
「……結局、何が言いたいわけ。はっきり言ったらどうなんだ」
「なんだ、一から丁寧に教えなきゃいけねえか?気づけないほどの思考力しかしてないんなら、今からでも降りるか。足手まといが減って万歳だ」
「……っ馬鹿にするなって言ってるだろ!!」

 おお。吠えた。
 でも、そろそろ遊びの時間は終わりにしたい。護衛の任務についたときに爺がくれた、ディオ家の家紋の彫られた懐中時計の蓋を開けて、閉じる。ぱちん、と音がして、気分もついでに切り替えた。

 視線を上げて改めてクソガキ二人を睥睨すると、二人とも、若干青ざめた顔でごくりと唾を飲み込んでいた。……まあ、殺気をあえて抑えずぶつけているので当然だ。しかし、立っていられるだけ褒められたものだとこいつらが自覚してないのが、ひたすらにもったいない。

「腹を括れ。足を止める奴も勝手に突っ走る奴も、この仕事にゃ邪魔なだけだ。お前らはお前らの『最善』を、尽くせ」
「「――!」」

 お、一瞬でいい面構えになったじゃねか。
 そうだ。そこで思い浮かんだ顔が、お前らの『最善』だ。

「――さあ。仕事の時間だ。行くぞ」


 
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