とある護衛の業務日記

文字の大きさ
上 下
19 / 29

六ヶ月経過①

しおりを挟む
 ざざん、ざざんと波がぶち当たり、飛沫が高く崖に打ち付ける。
 それよりも更に遥か高み。崖っぷちにでんと立つ城。
 海の側から見るとただ城があるだけだし、反対側から見てもあんま変わらん外観。背の低い木々くらいしかない。それが延々と……おそらく城の高台から見晴かせる景色に、まともな建造物など存在しない。国境近いのに、一年前までの戦争でもあまりにも立地が悪すぎて見向きもされなかった。双方の国から。
 ならなんでこんなところに立てたのかっつーと、おっさんはなんつってたっけな……えーとあれだ。陸の孤島らしく流刑地になってたっつー。こんだけ寂れてちゃ不埒者も近寄れねーもんな。監視しやすすぎて。







 さーてようやく発見したクソどもの城。まさか王都を出てすぐに船に乗り換えて海路を取られるとは思ってなかったぜこんちくしょうが。
 お陰でまた代書屋にあちこちの伝を辿らせる手間をかけた。まあ金も人手も全部あの兄妹分を含めておっさんが出したし、情報の収束も驚異的な速さなんだけどな。
 で、おれにぽんっと地図を渡して行っておいでって気負いもなく声をかけたおっさんですら驚いてたもんだ。強引に連れ去るにしてはやることに手が込んでる、と。以前クソガキ誘拐したような姑息な手段じゃないから油断しちまった。
 強引な拉致しかり、もう、敵方にはためらうような理性も余裕もないらしい。城を眺めていたのが、思わず遠い目になってしまった。

(おっさん、締め上げすぎたんだな……)

 まさか、こちらが突き上げる前に、敵方自らがどこの国の者なのか暴露することになるとは。
 クソガキが拉致されたことは想定外だったが、案ずる気持ちとは別に、これで決着がつけられるとおっさんも爺も代書屋の爺さんも大喜びだった。全員以前の戦争やら何やらで大事なもんを傷つけられ、喪ってきたのだから、思い入れが過激なほど苛烈だった。

「……ほ、本当に、あそこにあんたの主がいるのか?」

 後ろから連れに話しかけられた。振り返ると、青ざめた顔で代書屋のクソガキの背にしがみつく女がいた。

「ルティさん、腕掴まないで。動きにくい」
「だ、だってさ!あの城の雰囲気……」
「なんだ、案外可愛いところがあるじゃねえか。今さら怖じ気づいたか?」

 煽るように笑ってやると、ノリよくかっと頬を紅潮させた。

「誰が!」
「……だから耳元で叫ばないでよ……」

 クソガキ二号――確か名前はケビンだったか。げんなりしつつ空いた片手で耳を押さえている。

「怯えるならついてこない方がいいよ。どうせこの人、ぼくたちのお守りをする気、あんまりないだろうし」
「おっさんから依頼されて別料金もらうんだから、働くつもりはあるぜ?」
「あくまでもあんたのご主人さまのついででしょ。ただでさえ少ない人員での奪還作戦に、足手まといは邪魔でしかない。その時になったら容赦なく切り捨てるだろうね、あんた」

 淡々と告げるケビンに、ルティは押し黙り、おれはますます笑みを深めた。おい後ずさるなクソガキ。

「よくわかってるじゃねえか」
「……まあね」

 でも、とドン引いた顔を改め、仕事の顔でぐっと見上げてきた。

「ぼくにだって、矜持くらいはある」

 ルティが、はっとケビンの腕を抱きしめる力を緩めた。

「父さんと母さんの仇を討つのは、あんたやじっさまじゃなくて、このぼくだ」

 めらめらと、黒い瞳の奥で炎が燃えている。 優秀だった諜報員の血と薫陶を受け継いだゆえの覚悟の眼差し。
 こいつも親に似てきたな、と顎を撫でて……クソガキ二号の額に軽く裏拳を叩き込んだ。

 ごん、といい音が鳴り、二号がさらに後ずさった。

「でっ!?」
「な、なにするのさ!?」
「ビビりすぎんのも問題だが、逸んのも問題だってんだよクソガキ共。余裕があったら譲るが、なければ止めはおれがやる。復讐より先に自分の役割を果たせ。クソガキ三号、お前もだ」
「え、三号って、まさか私か!?」
「あのアスってガキが四号だ」
「……馬鹿にしないでくれる」

 唖然とする三号の前でじとりと二号が睨んでくるが、今すぐにも爆発しそうな雰囲気は消えていた。……そう、それでいい。

「お前らの生きる理由はこんなところで潰れていいもんじゃねーだろーが。爺さんや四号が、なんのためにお前らと離れて留守番してると思ってやがる」
「え?人質じゃないの?」

 まあ、三号と四号は、はじめはその理由で引き剥がしたが。飛び入り参加なもんだから、経歴を洗う時間もほとんどなかったからな。……しかし、それもわずか数日間の話だ。

違ぇよ」
「……結局、何が言いたいわけ。はっきり言ったらどうなんだ」
「なんだ、一から丁寧に教えなきゃいけねえか?気づけないほどの思考力しかしてないんなら、今からでも降りるか。足手まといが減って万歳だ」
「……っ馬鹿にするなって言ってるだろ!!」

 おお。吠えた。
 でも、そろそろ遊びの時間は終わりにしたい。護衛の任務についたときに爺がくれた、ディオ家の家紋の彫られた懐中時計の蓋を開けて、閉じる。ぱちん、と音がして、気分もついでに切り替えた。

 視線を上げて改めてクソガキ二人を睥睨すると、二人とも、若干青ざめた顔でごくりと唾を飲み込んでいた。……まあ、殺気をあえて抑えずぶつけているので当然だ。しかし、立っていられるだけ褒められたものだとこいつらが自覚してないのが、ひたすらにもったいない。

「腹を括れ。足を止める奴も勝手に突っ走る奴も、この仕事にゃ邪魔なだけだ。お前らはお前らの『最善』を、尽くせ」
「「――!」」

 お、一瞬でいい面構えになったじゃねか。
 そうだ。そこで思い浮かんだ顔が、お前らの『最善』だ。

「――さあ。仕事の時間だ。行くぞ」


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...