とある護衛の業務日記

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五ヶ月半経過②

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 抜糸した翌日。
 客だってんで侍女に呼ばれ、そのままついてこようとする侍女を追い払い聞き付けてきたクソガキの尻を蹴飛ばし、使用人棟がある裏門に行く。
 そこに見覚えのある顔に見慣れない格好をしてるガキどもがいた。

「お前らかよ」
「ご挨拶だな」

 たしかルティとか呼ばれてた女が早速威嚇してくる。

「どこの家からの伝令だよ」
「無視か!」
「うっせー勤務時間中に呼びつけやがって。それなら事前に申し込んどけ」
「……でもそうしなくてもあんたは来たね」

 小男はぼそりと言って、以前のぼろ服とは違う上等な衣服の裾をさばいてお辞儀してきた。

「改めて自己紹介するけど、ぼくはアストル。こっちはルテマリア。同じ年の同じ日に生まれた兄妹」
「さすが、貴族家らしいちゃんとした名前だな。家名を名乗らないのもその嫌悪感か」
「…………」
「なんで私たちが貴族だってわかったのさ」
「あほか」

 わかんねー方がおかしいわ。

「……あんた、左利きだったっけ」
「両利きだ。今は左で剣を振る気分」
「…………あんた、何者だよ。どれだけ調べてもあんたの経歴が全然出てこない。自信満々に単身でお坊ちゃん助けにいくかと思えば警羅が来るまで同じように捕まったふり。時折外に出てもぶらついてるだけで筆頭貴族家の使用人らしい態度もないし、絡まれても無視。誰もあんたが剣を振った姿を見たことがない。――ありえない」
「なんせ元無職だからな」
「お坊ちゃんに剣を教えてるって噂は?」
「信じるもそうしないも勝手にしろよ」 

 ただ、子飼をディオ家に送り込んでる陰湿過保護ちょび髭王弟ほどじゃないが、よくも情報をここまで集めたもんだ。ガキのくせに裏社会に片足突っ込んでるだけはある。

「情報屋の真似事して小遣い稼ぎすんのはいいが、その格好でやることじゃねーな」
「……ふざけるな!何が小遣い稼ぎだ!」
「ルティ、ここで騒いだら駄目だ」
「うっさいアス!」
「分かりやすい略称で商売してんのも挑発が過ぎるよな。それでお前らの親が気づいてないんならアホだが」
「そうだよ、アホだよ。だからぼくたちはいつかあそこを出ていくんだ」
「お前らの勝手にしろよ。ただしそれにこっちを巻き込むなうざってえ。歯車はお前ら抜きで回ってんだ。売り込もうってんなら諦めてとっととスラムでも屋敷でも帰れ」
「――馬鹿にすんな!!」

 おうハリセンかと思って振りかぶられたそれを見たらまじでハリセンだった。まじで?白刃取りしてから右手使ったことに思い至ったが、これくらいならいいだろ。

「お前どこにそんなでかいもん収納してんの?」
「黙れ!好き勝手言いやがって!あんたが私たちの何を知ってる!」
「知らねーよ。知る気もねぇ。つか、あんま騒ぐなよ、人集まるぞ…………って、あ」

 うわお離れてるのにつえー殺気。よりにもよってあの爺が一番乗りかよ。

「ヴィオス」
「待った、爺待て。殺るなよ」
「攻撃されていたのに随分と暢気なものですな?」
「ハリセンでどんな怪我すんだよ」
「アルフさん。ご無事ですかー!?」
「お前まで来んのかよ侍女!」
「サリーですぅー!」
「うおふっ!?」

 侍女が走ってきた勢いのままおれに横から体当たりをしかけてきやがった。吹っ飛ぶかと思った。

「アルフさんは私が守ります!」
「離れろドアホ!!」
「サリーですぅ!」

  べそべそ文句を言いつつ離れた侍女はなぜかおれとガキたちの間に立った。おれに背中向けて。爺もその隣に……おいこら。どんな構図だこれ。

「当家の使用人に、ずいぶんと失礼なことですな?グロース家の子女と言えども、我らの方が立場は上ですぞ」

 殺気は控えていたがそれでなくともガキ共は怯んでいた。

「……な、なんで」
「袖のボタンに家紋が付いておるでしょうが。さした用件でもないようですな。お帰りいただきましょう。ヴィオス、坊っちゃんがお呼びですぞ」
「あ?…………あー、爺、遅かったみてーだぞ」
「はい?」

 爺が気づかないのが不思議だったが、歳で耳が遠くなったからか、多分。
 遠くから聞こえる、ガラスが割れる音。それからくぐもった悲鳴。
 四ヶ月前の再現かよ。

 まだこの場ではおれしか気づいてない。ガキ共もきょとんとしてやがる。……こいつら、踊らされたな。

「……お前ら、陽動に使われたな」
「なに言ってんだ、あんたは……」
「なに、を」
「お前らの親父共はアホでクソってことだよ。爺、予定変更。こいつらも歯車にぶちこめ」
「ヴィオス、何に気づきましたか」

 問いかけつつ、爺はぴしりと伸びた腰を低めた。ようやくこっちも察したらしい。答えず、心配そうな顔をする侍女の方を向いた。身構えられた。……おい。まだそれやんのかよ。

「……まあいいけどよ。侍女。てめーは爺と一緒にいろ」
「アルフさん?――アルフさん!?」

 駆け出す。研ぎ澄ませた耳には馬の嘶きや馬蹄の響きも届いてきた。さすがにこれ以上はのんびりできない。
 一度だけ視線を背後にやると、爺が慌てる侍女を抑えている。その奥のガキ共のアホ面よ。
 小さく笑った。

「さあて。舞台はクライマックスらしい」

 おっさんたちとおれの悲願の幕開けもすぐそこだと思うと、愉しくて愉しくて、笑いが止まらなかった。  

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