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五ヶ月経過③
しおりを挟む白々しい拍手の音が鳴り響き、ふらふらなクソガキはともかくクソ豚が勢いよく振り返り、今度は一気に顔を青ざめさせた。
「……お、王弟殿下」
「レオナール、よくぞ言った。見事だったぞ」
胡散臭せぇちょび髭親父が手を雑に打ち合わせながら近づいてくる。クソ豚は無視だ。
「殿下……」
「小父さまでかまわないと言っただろう?ああ、礼もいらないから、そこに凭れておきなさい」
「……いえ、私は正式にディオ家次期当主に指名された身。今までのように無責任な振る舞いは許されません」
「私がいいと言っているのだがな……全く、リオネスによく似た強情さだ。君もそうは思わんかね従者君」
「恐れ多いことにございますれば」
「こちらも一枚岩ではいかないようだ」
ちょび髭はくすりと笑ったあと、わざとらしく振り返った。
「――おや?君はまだいたのかね?」
視線の先にいたクソ豚はこの期に及んでもまごまごしている。どこまでも眼中外のくせに、この根性はある意味で称賛に値する。が、相手が悪すぎる。
「で、殿下、その」
「――見てわからないかね?」
ぞくりと震えたつような零下の声に、ちょび髭の背中にいるのにクソガキが敏感に体を強張らせた。後退ってバルコニーの手すりに頭をぶつけそうになっていたので、とっさに腕で庇ってやると、ほっと表情を緩めていた。……そんな顔をさせるような態度を取った覚えなど微塵もないのだが、こいつ、疲れすぎてるな。
「今、国王陛下の名代として出席した私と、主催者たる筆頭貴族ディオ家の嫡男が話をしている最中なんだ。口は慎みたまえよ。……ところで」
ちょび髭は冷えきった目に唇は笑みを描いた歪な顔のまま、ことりと首を倒した。
「君はなんて名前だったかな?」
これがとどめになった。クソガキどころか、王族すらにも覚えるに足りないと言われたんだ。これでまだ元気でいられたらそいつは単なる気狂いだ。よかったなあ、まだ脳ミソが辛うじて正常なようで。
「……おっと、レオナール、本当に大丈夫かね」
「……は、い。見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「だからいいと言うのに」
無理に立つなってのに、こいつは。
「レオナールさま。凭れてください」
「……ふ」
「はい?」
「お前に名前呼ばれてあまつさえ『さま』付けされるの、意外なほどに気持ち悪くて仕方ないな…………」
…………。
……おい、おい?
クソガキてめぇ。
「そこで気ぃ失ってんじゃねぇぞ……」
腕にずっしりと重みがのしかかり、さすがに膝をついた。こっそり悪態をついてみたがもはや聞こえてないだろう。ちくしょうめ。
「おや、眠ってしまったかね?」
どうやらちょび髭は少し見ないうちにドリンクを取りに行っていたらしい。あのクソ豚との落差。つかフットワーク軽いな王族さんよ。
「これは必要なかったかな?」
「……いえ、主人に代わり、私がありがたく頂きます。後程主にお召し上がりになって頂きますので」
「しかし、こうなってはレオナールは今日は終わりだろう?朝まで寝かしてやったらどうだね」
「いえ、まだです」
水銀色の目が、初めておれを貫くように向き、すっと細まった。
「……意味がわかっているのか?君は主人の身の安全を図るためにいるのだと思っていたが……無茶をさせるようなら私が手打ちにしてあげよう。先ほどの小物は許されずとも、私ならばライオネルも見逃してくれるからね」
できるもんならやってみろ、とはさすがに言えないのがなあ。
「ご容赦ください」
「……命を懸けるということか?」
いやちげーよ。やり過ごすために適当に言っただけだっての。勝手に勘違いして鼻鳴らすな。
「君がその態度を取るというならば、レオナールは私が預かろう」
「ご容赦ください」
「なぜ?そんなに死にたいのかね君は」
いんや全く。お前に殺されるつもりもねーよ。
「我が主はまだ戦っていらっしゃるので。従者といえども主の願いを勝手に曲げるなどあってはならぬこと」
「身の安全が一番だと思うが?」
「寝たら治ります」
「焼け野原から運良く筆頭貴族の家に拾われたどこぞの野蛮人と、可愛い箱入りのレオナールを一緒にしないで欲しいものだな」
「そこまでご存じであれば、ここ数ヶ月、私が主人に剣を教えていることも承知していらっしゃるのでは?」
「……あれを教えていると言っていいものかは甚だ疑問だがね。君とは意見が合わないようだ。やはり手打ちにした方が早いかな……」
おいおーい、ドリンク片手に剣抜きはじめたぞこのちょび髭。フットワーク軽いがそっちの意識も軽いの?嫌だなこんな王族さま。クソガキの骨折ってもありがとうとか抜かして減給も罰則もつけなかったおっさんの方が心広いぞ。
「騒動にすることを我が主は望まれていません」
「バレなければいいだけだ。なに、安心したまえ。レオナールには、君が急病で退職することになったと伝えておくよ」
いやそれアウトだろ。思考が。だからこのクソガキもあんたを避けてるっつーのに、「ふん、子どもは未熟なんだから黙って大人に従っていればいい」的な傲慢すぎる態度。ケツの青いガキだから目と耳を塞がれてもいいってか?
それで成長した姿なんて、おれは見たくないしそんな主人に仕えたくすらないね。まずろくな大人になんねーし、それ。
「……仕方ねーな」
おっさん、骨は拾ってくれよ。切実に。
ちょび髭の目と同じ色の光が、まっすぐぶれない剣筋が、おれの喉めがけて飛んできた。さすが元軍人、おれの腕からクソガキを確保しようともせず首を狙うとか。速さも踏み込みの鋭さも逸品だからこそ成せる業だ。ましてやおれ膝ついて受けも逃げも構える時間ねーしな。
視界にぱっと飛び散る鮮血が映ったのと同時に、目も眩むような激痛が襲いかかった。
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