とある護衛の業務日記

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一ヶ月半経過

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「……ちっ。今日もか」

 誘拐事件から半月経過したが、クソガキはクソガキから後退した。わざわざ逃亡することは止めたが、反対に一人きりの世界に閉じこもる。脱走が失くなった分護衛は楽だが、いつかふとした拍子にプツンと切れそうで厄介だった。
  息抜きから帰ってきた途端に侍女に泣きつかれた。護衛の仕事を子守りと勘違いされているような気がするが、世紀の悪人面と笑われたおれにまっすぐ突進してきたのだ、この屋敷に馴染めてきた証だろうかと思えば笑みが浮かぶ。直後に侍女が真っ青になって後ずさったが。
 ……いや、足震えてないだけましか?なんかいつでも脱兎のごとく逃げ出せるような構えになってるんだが突っ込んだ方がいいのか?おれは森で遭遇した野生動物かよ。

「……そんで、また図書室に?」
「は、はい。何度お呼びしてもお出でにならず、間食のお時間になっても、紅茶すらお召し上がりにならないんです」
「しゃーねえな。間食ってのはどこにある?」
「ぼ、坊っちゃんのお部屋にまだ用意してあります」
「じゃあ紅茶淹れ直しといて。すぐ連れてくから」
「わかりました!」

 侍女はパタパタと大急ぎでどこかへ消えていった。行儀作法的にはアウトだろうが、屋敷の面々も温かく見守ってる若い侍女だ。叱られても伸びるバネはあるし。何しろおれが来るのとほとんど同時期に採用されたらしいからな。
 ……やれやれすぎる。あんな侍女への迷惑の度合いは以前と全く変わってやがらねえ。あいつも苦労してんな、あんなのが初めて仕える主人で。








「おいクソガキ。お前幽霊にでもなりたいのか」
「…………な、んだよ」

 クソガキの声がひきつったのは、動揺しているからではなく、長時間乾燥した場所に篭りきり、喉が渇ききっていたからだ。喉に手を当てて顔をしかめたクソガキに様子を察した侍女が慌てて紅茶を出すと、クソガキはそれをゆっくり飲んでいた。おれを睨みつつ。

「……突然連れ出して何がしたい」
「朝から飲まず食わずでうだうだと書庫の埃にまみれてるところを見逃せると思うのか馬鹿たれ。目ぇ弱くなんぞ」
「お前の知ったことじゃないだろ」
「ほお?」

 以前とは変わったものだ。あれだけ構ってオーラを出していたはずだが、今はすっかり鳴りを潜めている。
 他に変わったことといえば、この目。

「お前が従者だと、おれは認めない。……絶対に」

 跳ねっ返りの言葉じゃない。
 売り言葉に買い言葉ではない。
 まっすぐにこちらを見つめてきたのは初めてだ。

「……ほお?」

 自然と口角がつり上がった。侍女が視界の端でひっと微妙に飛び上がりあわあわしているが、眼前のクソガキは微動だにしない。張り詰めた必死さすら、これまであのおっさんに向けられていたというのに、初めておれを向いていた。
 睨み合いとは違う。マウントを取り合っているわけでもないから、クソガキはふいと視線を逸らすと、間食にしては重そうなミートパイを切り分け食べ始めた。こういうところは高位貴族らしく優雅なものだ。

「認めないから、なんだ?」
「……いやに喋るじゃないか。これまではだんまりだったくせに」

 ――こいつ。

 にやりと笑う余裕まではさすがに持てないらしいが、言うようになったではないか。

「訂正しとこう。後退するばかりじゃなかったらしいな」
「はあ?」

 ミートパイの付け合わせのサラダからクルトンを一つ摘まんで口に入れた。これ一つにも味付けがしっかり施されているのだから、本当に素晴らしい料理人だ。

「……なんでさも当然のようにおれの食事をつまみ食いしてるんだ」
「うまそうだったから」
「…………」
「食い終わったら食後の運動でもどうだ?」

 とうとう、クソガキはカラトリーを置いた。光る赤い目がまたこちらを向いた。

「……なんだって?」
「お綺麗な宮廷剣術に付き合ってやるって言ってるんだ。高位貴族嫡男が引きこもりでもおれは困らんが、周りは困るだろうしな。見映えの面で」

 クソガキは、確かにぎゅっと眉を寄せた。
 今回ばかりは皮肉が気になったわけではないのは見え透いている。半月でまあまあ痩せたが、それほどまでに書庫に居続ける理由がこいつにもあった。おれはそれを知ってる。

「……お綺麗な?」
「さっさと食って東の庭に出ろ。おれは準備してくる」

 ひらりと煽るように片手を振って部屋を出る。必要なのは模擬剣か。あとは執事長に報告もしないといけないな。

 餌はやった。
 あのガキが食いつくのはわかっているから問題はそれからだ。

「とりあえず殺さないようにはしないとな」

 なにしろ、殺す目的以外で剣を振るのは久しぶりすぎた。 
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