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第13話 ユイとのデート(前編)
しおりを挟む---翌日朝8時半、最寄り駅前---
6月末...早朝であっても夏の陽射しが強く、セミの音が鳴り響いていた。俺はユイが指定していた待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせまでかなり余裕があるはずだ。
冷たいスイーツを食べに行く程度の目的なら、白シャツに黒のテーパードのパンツ、薄手の紺色の7分袖カーディガンでも羽織るぐらいで問題ないだろう。
20分前には待ち合わせの駅改札に到着したが、既にユイが待っている姿が目に入る。早い...何時からそこで待ってたんだ?忙しなさそうにキョロキョロと周りを見ている。
「おはようございます、ユイさん。遅くなってすみません」
ユイは俺に気がつくと、小さく手を振っていた。
「おはよ、ユウスケくん。まだ時間には早いぐらいだから気にしないでいいよ?私、早起きし過ぎちゃって...」
「いえいえ、待たせてしまってすみません。屋内だけどここ暑いですから。俺、ユイさんの私服姿、滅多に見ないのですが...俺はこの服の組み合わせすごく好きですよ、あ、俺の好みなんてどうでもいいのですが...」
ユイは濃紺の花柄模様が彩るベージュのノースリーブカットソーに、白のフレアスカート姿で立っていた。普段はアップにしている長い黒髪が綺麗に下ろされていて、とても新鮮だ。美少女は何を着ても似合うのだろうが、ユイがこんなに微笑んでいる様子は学校では見られない姿だ。ユイは他人からの視線をとても気にする。ユイの心の中では生徒会長とはいつも冷静な存在でなければならないのだろう。
「そう?...う、嬉しいな。私...褒められる経験が少なくて、何か慣れてないものね...」
珍しく頬を赤らめて視線が挙動不審になっている様子もまた可愛いらしい。身体を恥ずかしそうに一回転させ背面を見せてくれる様子は...どう見ても褒められたい自己主張だろう。夏の強い突風にスカートの裾を抑えながら、はにかんで俺を見上げる笑顔は正に天使そのものに見えるのかもしれない。兄貴と付き合っていなければ、この人はチョロいお姉さんなのかもしれない...。
「ユイさんは、もっと褒められ慣れしないと駄目ですね。兄貴にきつく言っておきます」
「ユウスケくんってば。リョウスケくんは...部活かな?」
「オフだけど自主練だって、早朝から家飛び出していきましたよ」
「そっか、忙しいんだね...スマホのメッセージも返ってこないし...。ユウスケくんも私服珍しいね。私たち、隣人同士なのに会うのは学校ばかりだもんね」
相変わらず、兄貴は何やってるんだか。時計を見てもまだ9時前か...健康的なデートだ。
「ありがとうございます。ユイさんは上品で爽やかで...すごく似合っていますよ。ユイさんが行きたいスイーツのお店の開店は11時なんですが、その前にどこか行きたいところありますか?」
「そうね、私、男の子とお出かけってあまり経験がなくて...考えてなかった」
ユイが眉を顰(ひそ)めて真剣に思い悩んでいる様子を見ると俺はつい笑ってしまう。この人は何をするにも生真面目だ。俺はユイを眺めていたが結論は出ない様子に提案してみた。
「俺がエスコートしますよ...でも俺だってデートなんてほとんどしたことないので、批評はお手柔らかに」
からかうように笑って[デート]という言葉をあえて口にした。ユイが[デート]だと考えていなかったため、今頃になって認識し耳まで赤く染めている様子を見ると、俺はその手を優しく取って笑う。
「...と言う事なので、[デート]らしく楽しい一日にしましょう」
俺はユイの手を握りながら駅に向かっていった。ユイは手を繋がれても、抵抗する様子もなく隣を歩いているが俯いたままだ。恥ずかしいのだろうな。きっと[デート]の定義を必死に考えているに違いない。
電車に揺られながら住んでいる街を離れた。ユイは人の目をとても気にするだろうから、可能な限り遠く街から離れたほうが良さそうだ。昨日のミウの様子を話したり、温泉の様子などを話していると、ユイは興味津々なようで会話が弾む。少しずつユイの緊張が解けてきているようだ。ただ、俺がユイの手を握ったままなので恥ずかしいのか、視線を合わせる様子はなかった。
駅を降りて少し歩くと近代的な建物の前に立ち止まる。
「ここの水族館は俺のお勧めです。空調も効いてて、早朝からオープンしてるし、お魚の数も半端ないです。いかがですか?」
ユイは水族館の外観に感動しているようだ。デート自体、初めてなんじゃないだろうか。兄貴が連れていってあげているようにも見えない。
「水族館?...うん、いいね。私、家族と1度しか来たことがないから...楽しみ」
「兄貴とどんなところでデートしてるんですか?」
生真面目なユイは質問に答えるだけでも恥ずかしそうにしている。
「書店や図書館とか、バッティングセンターとか。野球部の応援行ったり、一緒に勉強したり?」
デートには違わないが、カフェにすら行かないのか。
俺は水族館の入場チケットを購入してユイに渡した。入館するとラッコやペンギンが大きな水槽で泳ぐ姿や、小さなクマノミなどの熱帯魚を見て、ユイは楽しそうにきゃーきゃー騒いでいる。随分リラックスしてきたようだ。
水族館の中でも握っているユイの手を俺は離すことはしない。次第にユイが無意識に時々手を握り返している。適度に静かで快適な空間、快適な空調、普段話せないような会話を満喫することができた。
今日のユイは兄貴への愚痴が多い。ユイが愚痴を言って、俺が兄貴をけなして、結局兄貴をユイがフォローして忙しいことこの上ない。
「兄貴のどこが好きなんですか?、まあ、告白したのは兄貴と聞いてますけど」
ユイがまた真剣に悩み始めて、顎に手を当てて考えながら答える。
「優しそうなところかな。それに私を守ってくれそうな雰囲気と...かっこいいところかな。あとは俺についてこい!みたいな男らしさかな...」
生真面目なユイとは思えないほど曖昧な返事だ。本当にユイは兄貴が好きなのだろうか。恋愛していると分からなくなるのは一般的なことなのだろうか。恋愛経験の少ない俺にはわからない。昼食は水族館のカフェで軽く済ませて、ユイの目的の場所に向かう事を勧めてみる。
「さて、デザート行きますか?」
お目当てのスイーツを楽しみにしていたユイは嬉しげに頷いている。
「水族館ってこんなに楽しいところだったんだね、また来たいな」
「次はユイさんが恋人連れて、ぜひ遊びに来てくださいね」
俺はあえて兄貴とは言わない。ユイは一瞬戸惑いながらも俺がユイを立たせるため手を伸ばす。俺の手に触れることにユイは慣れたのか、誰も知っている人がいない街なので安心したのか、自然と手を伸ばして握ってくるようになった。
さすがに休日のスイーツの人気店だ、結構な行列ができていた。陽射しもきつく少し悩むが自販機で水を買うと並ぶことにした。
「いいの?...残念だけど他のお店でもいいのよ?男の子って待つの苦手でしょ?」
「それ、兄貴のことですか?俺も行列は苦手だけど、ユイさんとのデートならどんな時間でも、俺、楽しいですよ」
「え?...あ、ありがとう...そういう事言われると照れちゃうから...」
ユイは手を握られながら、兄貴のことを思い出していた。そして俺の言葉が嬉しいのか、困惑しているのか目を伏せている。それでも、ぎゅっと握り返してくるユイの手から嫌ではないように感じた。
ユイの色白の肌に陽射しが照りつけていた。そして入店すると今度は空調が効きすぎて寒いぐらいの気温差にユイが身震いしている。ここでかき氷なんて食べたら、ユイが体調崩すんじゃないか?。俺はカーディガンを脱ぐとノースリーブのユイの両肩に掛けてやる。
「え?...ユウスケくん、寒くないの?」
「俺は平気ですよ。ノースリーブはすごく可愛いんですが、空調効かせ過ぎの店だと辛いですよね。ユイさんの手冷たくなってきてるし、俺ので申し訳ないですがしばらく羽織っておいてください」
「そんな...優しいんだね、ユウスケくんは...」
ユイが俺と兄貴を時折比較してしまっているのだろう。「ユウスケくん「は」」と無意識にユイは口にしている。テーブルに案内されると、ユイは俺のカーディガンに袖を通したようだ。温かいと嬉しそうに何度もお礼をしてくる。
ユイがメニューを見始めた。どのスイーツにするか真剣に悩み始めているらしい...。女子はなんでこんなことで悩むんだろうかと思うぐらい真剣だ。ようやく2つには絞れたとユイは主張している。
「2つ食べれるかな...私」
「無理ですよ...ユイさんは結構な欲張りですね」
「こら、年上のおねえさんに向かって、欲張りはないでしょう?」
俺は笑いながら店員さんを呼んで、ユイが食べたそうにしていたマンゴーのかき氷とピスタチオのかき氷を1つずつ注文する。
「え?私、2つ食べていいの?」
「だから、そんなに冷たいもの、たくさん食べたらお腹こわしますから。ユイさんの好きなの2つ注文したので、ユイさんが好きなだけ食べていいですよ。俺、残り食べますよ」
ユイが俺をじぃっと睨んでいる。何を考えているのか判断がつかないが、何だか楽しそうにも見える。俺と視線が合うと、ユイは急に頬を赤らめて俯いた。
「俺、生意気言いますけど。ユイさんはもっと相手に甘えること覚えなきゃ駄目ですよ?性格を急に変えたりできないしょうから、俺を練習台にしてください。今みたいな時は、男に残したものを押し付ければいいんです」
「1年前もそう言ってくれてたね。私の内面を言い当てて...。私、学校じゃあんなんでしょ?近寄りがたいみたいだし、怖がられてるみたいだし...リョウスケくんもそんな私だと思ってるのかな...」
「兄貴がユイさんの内面をきちんと理解できているかは、ユイさんが一番知っているでしょう?」
俺は兄貴をフォローすることも引きずり落とす事もしない。ユイが全て理解して判断すべきなのだ。
「ほら、また考え込み出した。俯いてないで俺を見て?...俺相手なら安心でしょ?...兄貴の弟なんだし。」
ソファ席で並んで座っているユイの長い髪を優しく撫でる。隣で俺を見上げているユイの上気した顔など、外から見るとどう見ても恋人同士の関係にしか見えない。
「俺は、本当のユイさんを知っているから...大丈夫...そんな事、ユイさんが一番良く知っているでしょう?こうして俺と一緒に居て、気が楽じゃないですか?」
「ユウスケ...くん...」
泣き出しそうな表情を浮かべて瞳を潤ませている。ただ、その表情は大人びていて、ユイが決して普段見せることのない女の顔をしていた。俺の手を握っている指が指に絡みついてくる…きっとユイの心臓が激しく高鳴っているに違いない。
店員がテーブルに来るとユイは我に返ったように慌てていた。スイーツがテーブルに運ばれると、ユイは照れ隠しのように急いで口に冷たい氷を運んでいく。しかも、2つのかき氷を交互に食べ比べしていた。
「美味しい......美味しいよ?」
本当に美味しくてたまらないのだろう、頬に手をあてて幸せそうにしいている。今日はこの顔が見られただけで満足してもいいぐらいだ。
「ね、一口食べて見てよ?美味しいから、溶けてからじゃこの食感わからないって、ほら、ほら」
「ユイさんが2つとも手つけて、両方のスプーン使っちゃってるじゃないですか。せめてスプーンは1つ残しておいてください...」
俺が笑っていると、ユイは俺を恥ずかしそうに見つめていた。何か考えているのだろうか。
「じゃ、味混ざらないように...お口開けて?あの......ほら......あーんって儀式...」
「お口?」
開いた俺の口に、ユイは自分が使っているスプーンでかき氷を放り込んだ。俺が驚いている様子を見て、嬉しそうに笑っている。結局俺がスプーンを使わせてくれることはなかった。
ユイの嬉しそうな表情は俺の心に響くが、こういう甘すぎるデートを楽しいと思える人種には、とてもかなわないと思った。人に食べさせてもらう面倒さと、人に無防備に口を開ける恥ずかしさと、周りの視線に押しつぶされそうで、かき氷を食べ終わった時の達成感と安心感に溜息が出た。
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