断罪のアベル

都沢むくどり

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新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌

平和的な生活 2

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「カハッ……!!!」

 肺にたまった空気が全て抜ける。

 重力に従い、床に倒れ伏すと、背中にあった板切れがのしかかり、息を吸う権利を剥奪する。

 目の前には入り口をくりぬかれた部屋が一つ。

 ドアごとふっ飛ばされたってことかよ。

 あの犬!!!

 しかし、悔しいがドアの重量がこれまたすごい。

 起き上がるには時間がかかる。

 それに頭がクラクラしてきた。やばい、酸欠か。

 それでも幸いなことに脳への直撃だけは免れた。脳震盪のうしんとうにならないだけましである。

 誰かが目撃するのを待とう。今は空気を吸うことが先である。

 すると、下からドタバタと、小走りに走ってくる音がする。

 それを合図に先ほどの犬もこちらを一瞥した後、階段の方へと、スタスタ歩きだした。

「クーン…………」

 飼い主を目にし、シュンとうなだれる犬。

「またやらかしたの!? これでけが人が出たら大変………じゃ……な…い………」

 金色に輝く長い髪を自然に伸ばし、綺麗な装飾を施した服を着た少女と目が合う。

「………」

「………」

 お互いが口を閉ざした。

 おい、飼い主っておまえかよ…………



 カレン!!!!!!!!!!!






「ご、ごめんなさい………」

「………」

 今、俺たちは宿の一階で前に夕食を食べたときに使用した二人席に向かい合って腰かけている。

 治療薬ポーションのおかげ(と思いたい)でせっかく早期治療がすんだのに、またけがをするとは………今回は軽い打撲だったので特に金銭面の負担もいらない。

 しかし、それではいそうですかと解決させない自分もいる。怪我は明らかに向こうの過失だ。

「カレン」

「はい………………」

「いいか、カレン。君が直接俺に仕掛けていないからあまり怒りたくないけどな……」

「はい………………」

 少しだけ小さくなる。

「でもな、俺の一番の沸点は何も危害を加えてないのに、その犬が『』で俺をフっ飛ばした事だ!!!」

 そう、あの犬は見たところただの犬ではなく守護忠犬ガーディアンテリアの一種。

 守護忠犬ガーディアンテリアはリバーファルコンと同じモンスターなのだが、人間との歴史も濃く、貴族や騎士などのお供として使われ始めたのに由来する。

 長い時を経て人間に家畜化されてからかなんと、人間と違ったアルゴリズムによって防御魔術を使えることが判明。そのため、長年魔術士の実験台にもされているかわいそうな犬だ。医学と魔術、その他マルドラフに出てくる職種は皆発展の為という大義名分の上に無数の屍を築き、成り立っている。

 きれいごとほど汚い言葉はない。その影には血みどろの光景があるのだから。

 先ほどの『レイ・プロテクティオ』は騎兵戦術でも使われる防御魔術。防御障壁を展開した後、それを前に押し出し、敵を吹き飛ばす物理攻撃兼防御盾だ。騎兵が突撃する場合は、槍の先端以外を障壁で守りながら突貫し、障壁を前に出して相手をよろめかせ槍で突き殺す戦法が一般的だ。個人でも十分脅威な騎兵だが、これが遊牧民などの集団になると恐ろしい。なんせ、ただの矢では障壁を破れないのだから。『プロテクティオ』は集団戦法において強いことがよく分かる。無論、対抗策もあるにはあるのだが。

 ちなみに忠犬である彼らは、自分の主人が危機にさらされたりいたずらされたりしない限り、比較的おとなしい犬。ちゃんと躾を厳しくすれば、何もしない人間に危害を加える種類ではないのだ。つまりこの犬は……………

「わがままに育てられたのかな、もう少し躾をして欲しいよ!」

 砂糖の如く甘々に育てられたのだ。
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