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新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌
帝国議会議事録 一巻
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外は暗闇に包まれ、民衆は寝静まるこの時間。帝国の都の中央に位置する、一面白の大理石で作られたドーム状の建物では昼の街を越えるうるささを響かせていた。
「南のアレクスター王国が臣下の誓いを放棄しただけでなく、我が国に宣戦布告だとッ! 送り込んだ密偵は何をやっておったのだ!」
右目に大きな刀傷を負いながらも、威厳に満ちた風貌をした老人が唾を吐きながら大声で怒鳴り散らす。
「落ち着きくださりませ、議長。お体に差し障りありますれば…………」
従者が二人、老人を止めにかかるが、手を払われた。
「黙れぃ! 国のために使われるのなら、我輩の命ごとき、安いものじゃろう! 父祖より受け継がれたこの大地、守らずしてなんとする!」
「しかし、奴等は小国。それよりも殺された貴族の所領をいかにするかが先決ではないかね?」
颯爽と議会の端から現れる、好青年。気品に溢れた歩き方だけで、会話をしていた者ですら黙らせる。
この男の名前はジーク・グランドル。グランドル家を束ねる若き英雄。文武に長けて、幼少の頃より期待されて育った、選ばれしエリート。ただ才能に恵まれただけでなく、努力も、怠らない。
そのせいか、自身に絶対的な自身を持っている。無理もないだろう。
彼の一族であるグランドル家はベルギウス帝国建国以前からベルギウス家に仕える名門貴族で、地方領主にも多大な影響力を及ぼす絶大な権力を持っている。今や仕えていた皇帝の威光さえ消してしまうぐらいの勢力だ。三つ巴となっているこの議会の一柱でもある。
「黙れ小童ッ!! 国の危機であるこの時、指定された時間にすら遅れる愚か者が、領地どころの話ではないわ!」
息をぜぇぜぇとしながらも大きな声を出す議長と呼ばれるはウリヤノフ。
彼はベルギウス帝国に十二歳で仕官し、大将軍にまで登り詰め、帝国議会の決定権を握っている議長だ。国に心から平伏する唯一の愛国者とも呼ばれている。
過去には戦場で先陣を切って、数多の敵兵を斬り殺して来た経歴を持つ。当時のベルギウス皇帝は好戦的な性格で、いつも一番乗りをするウリヤノフに好感を抱いていた。そこで皇帝の斡旋もあり二十歳になる頃には皇帝の親衛隊長も仰せつかっている。
だが時の定めか。歳も八十となり、妻を失ったショックで心臓を患い、大将軍を辞職。 どうにか国への忠誠心だけで、議長の仕事をしている。それに現在の悩みは目の前で佇んでいる生意気なガキだ。
(我輩は平民からここまで這い上がった。奴は才能はまだいいが、国への忠誠が全くない。自分等の領地を拡げる事しか頭にない馬鹿どもがッ! クソ生意気な小童に一泡吹かせてやりたいわっ!)
やれるものならすぐに実行したいが、生憎とウリヤノフとジークが保有している戦力に差がありすぎる。
(こんなことなら大将軍の地位をやめなければよかったわい…………)
大将軍は帝国の常備軍の全権を握っている。現在の大将軍はウリヤノフのかつての部下だが、我が強く、ウリヤノフと対立している。どこへ行ったかと先程、手を振り払った従者に聞くと、既にアレクスター王国に向けて進軍しているらしい。
どうやらウリヤノフが王国に送り込んだ密偵が国の危機を思い、帝国議会より先にそちらに報告したと見るのが妥当だろう。
「分かった分かった。おいさき短い老害の願いだ。ひとまず所領の話は棚に上げよう」
(このガキャャッ!!)
ウリヤノフを馬鹿にするようにやれやれと手振りをする。
(このままでは、ベルギウス家がグランドル家に王座から引きずりおろされてしまう。そうなっては、先々代のベルギウス王に顔向けできぬ…………。かくなる上は、吾輩の手で刺し違えても、あのガキを殺す!)
「ところで、商会からは何かないのかね?」
ジークが商会の席を見る。すると、これまた好青年が座っており、ジークの方へ笑顔で返した。
「特にありませんよ。我々ベネット商会は国やあらゆる人と取引を出来ればそれで十分です。ただ、しいてウリヤノフ議長に申し上げるのならば、商会の利益に高い税金をかけないでほしいのです。」
彼はジョージ・ベネット。ベネット商会創業者であり、父のジョン・ベネットの嫡男。ベネット商会はここ三十年の間に帝国内部の経済界を支配しており、家柄はグランドル家に及ばないが財力だけで言ったらベネット商会が断トツだ。ベルギウス帝国の年間国家予算の五割は国債を発行して賄われるのだが、そのほとんどがベネット商会の手の内にある。
さらに独自の傭兵システムを構築して私的軍隊も保有している。過去に起こったとある戦争の際でも活躍している。まともにやりあうのは危険だ。
「税は民や国の発展のために、有効活用しておる。いったいそれのどこが不満なのだ?」
グランドルが力を見せつける百獣の王とするなら、ベネットは金による経済侵食からの国家支配を企む狡猾な毒蛇。表面上は温厚そうな顔をするジョージだが、じわりじわりと議会に圧力をかけ始めている。
「いえいえ、不満ではありませんよ。ただ国債だけでなく、重税となると、不況に陥ったとき、我々の職員が路頭に迷ってしまうので。それだけはお忘れなき様」
そう言い深々とウリヤノフにおじぎをする。
「うむ、しかしこれは重要な案件じゃ。一時的に保留にするぞ」
(ジョージめ、ベネット商会がつぶれれば、この国の命運も途絶えると遠回しに言って来よって………。自信過剰ですぐ行動で表すグランドルのクソガキと比べると、底の見えぬ恐ろしい奴よ)
「はい。ウリヤノフ議長」
顔を上げたジョージの瞳が一瞬、鋭くなったのをウリヤノフは見逃さなかった。
「南のアレクスター王国が臣下の誓いを放棄しただけでなく、我が国に宣戦布告だとッ! 送り込んだ密偵は何をやっておったのだ!」
右目に大きな刀傷を負いながらも、威厳に満ちた風貌をした老人が唾を吐きながら大声で怒鳴り散らす。
「落ち着きくださりませ、議長。お体に差し障りありますれば…………」
従者が二人、老人を止めにかかるが、手を払われた。
「黙れぃ! 国のために使われるのなら、我輩の命ごとき、安いものじゃろう! 父祖より受け継がれたこの大地、守らずしてなんとする!」
「しかし、奴等は小国。それよりも殺された貴族の所領をいかにするかが先決ではないかね?」
颯爽と議会の端から現れる、好青年。気品に溢れた歩き方だけで、会話をしていた者ですら黙らせる。
この男の名前はジーク・グランドル。グランドル家を束ねる若き英雄。文武に長けて、幼少の頃より期待されて育った、選ばれしエリート。ただ才能に恵まれただけでなく、努力も、怠らない。
そのせいか、自身に絶対的な自身を持っている。無理もないだろう。
彼の一族であるグランドル家はベルギウス帝国建国以前からベルギウス家に仕える名門貴族で、地方領主にも多大な影響力を及ぼす絶大な権力を持っている。今や仕えていた皇帝の威光さえ消してしまうぐらいの勢力だ。三つ巴となっているこの議会の一柱でもある。
「黙れ小童ッ!! 国の危機であるこの時、指定された時間にすら遅れる愚か者が、領地どころの話ではないわ!」
息をぜぇぜぇとしながらも大きな声を出す議長と呼ばれるはウリヤノフ。
彼はベルギウス帝国に十二歳で仕官し、大将軍にまで登り詰め、帝国議会の決定権を握っている議長だ。国に心から平伏する唯一の愛国者とも呼ばれている。
過去には戦場で先陣を切って、数多の敵兵を斬り殺して来た経歴を持つ。当時のベルギウス皇帝は好戦的な性格で、いつも一番乗りをするウリヤノフに好感を抱いていた。そこで皇帝の斡旋もあり二十歳になる頃には皇帝の親衛隊長も仰せつかっている。
だが時の定めか。歳も八十となり、妻を失ったショックで心臓を患い、大将軍を辞職。 どうにか国への忠誠心だけで、議長の仕事をしている。それに現在の悩みは目の前で佇んでいる生意気なガキだ。
(我輩は平民からここまで這い上がった。奴は才能はまだいいが、国への忠誠が全くない。自分等の領地を拡げる事しか頭にない馬鹿どもがッ! クソ生意気な小童に一泡吹かせてやりたいわっ!)
やれるものならすぐに実行したいが、生憎とウリヤノフとジークが保有している戦力に差がありすぎる。
(こんなことなら大将軍の地位をやめなければよかったわい…………)
大将軍は帝国の常備軍の全権を握っている。現在の大将軍はウリヤノフのかつての部下だが、我が強く、ウリヤノフと対立している。どこへ行ったかと先程、手を振り払った従者に聞くと、既にアレクスター王国に向けて進軍しているらしい。
どうやらウリヤノフが王国に送り込んだ密偵が国の危機を思い、帝国議会より先にそちらに報告したと見るのが妥当だろう。
「分かった分かった。おいさき短い老害の願いだ。ひとまず所領の話は棚に上げよう」
(このガキャャッ!!)
ウリヤノフを馬鹿にするようにやれやれと手振りをする。
(このままでは、ベルギウス家がグランドル家に王座から引きずりおろされてしまう。そうなっては、先々代のベルギウス王に顔向けできぬ…………。かくなる上は、吾輩の手で刺し違えても、あのガキを殺す!)
「ところで、商会からは何かないのかね?」
ジークが商会の席を見る。すると、これまた好青年が座っており、ジークの方へ笑顔で返した。
「特にありませんよ。我々ベネット商会は国やあらゆる人と取引を出来ればそれで十分です。ただ、しいてウリヤノフ議長に申し上げるのならば、商会の利益に高い税金をかけないでほしいのです。」
彼はジョージ・ベネット。ベネット商会創業者であり、父のジョン・ベネットの嫡男。ベネット商会はここ三十年の間に帝国内部の経済界を支配しており、家柄はグランドル家に及ばないが財力だけで言ったらベネット商会が断トツだ。ベルギウス帝国の年間国家予算の五割は国債を発行して賄われるのだが、そのほとんどがベネット商会の手の内にある。
さらに独自の傭兵システムを構築して私的軍隊も保有している。過去に起こったとある戦争の際でも活躍している。まともにやりあうのは危険だ。
「税は民や国の発展のために、有効活用しておる。いったいそれのどこが不満なのだ?」
グランドルが力を見せつける百獣の王とするなら、ベネットは金による経済侵食からの国家支配を企む狡猾な毒蛇。表面上は温厚そうな顔をするジョージだが、じわりじわりと議会に圧力をかけ始めている。
「いえいえ、不満ではありませんよ。ただ国債だけでなく、重税となると、不況に陥ったとき、我々の職員が路頭に迷ってしまうので。それだけはお忘れなき様」
そう言い深々とウリヤノフにおじぎをする。
「うむ、しかしこれは重要な案件じゃ。一時的に保留にするぞ」
(ジョージめ、ベネット商会がつぶれれば、この国の命運も途絶えると遠回しに言って来よって………。自信過剰ですぐ行動で表すグランドルのクソガキと比べると、底の見えぬ恐ろしい奴よ)
「はい。ウリヤノフ議長」
顔を上げたジョージの瞳が一瞬、鋭くなったのをウリヤノフは見逃さなかった。
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