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満月の章 ダリアの黙示録
TIPS アリスとテレース
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薄暗い部屋にロウソクが一本、ぽつんと燭台に支えられ立っている。
その光源は周囲を照らし、二つの人影を生み出した。
さらにその周りを囲うように三つの椅子が配置され、そこには顔を隠したローブ姿がそれぞれ座っている。
「さて、どうしてくれようか」
静寂を破るその一声は少々しゃがれており、老いた人物を思わせる。
「我らの新しい当主はヴァルトの発展を望んでいないようだ」
「魔術の適正を調べるために見たあの日以来だが、あれは厄介極まりないな。金、地位、ここ等の欲ならまだ良い。現にそれらで身を滅ぼした身内はいるからな。対処方は分かりきっている」
次の声は年若いが、経験が浅いとは思わせない重い声色であった。
「しかし、彼女はどうだ? 『兄さんを探しに行く』だ! 我々にとって最悪の事態だぞッ!!」
荒げた声の後に、陶器の割れる音が聞こえる。
「ヴァルトの当主ともなった者が、無能である故に追放された血族を探しに旅に出る。物語や騎士の身分で、上辺だけ美化すれば傑作になるでしょうね。最も、ヴァルト最大の伝統を、当主が罪人を消去ではなく、再会の為に動くのは許されるわけにはいかないわ」
最後に発せられた甘美で妖艶な声が、この問題の重大さを際立たせる。
「今回集まった師家の代表は三名。何故この三名が集められたかはもう分かるでしょう?」
「当主をどうするか、だろう?」
「そうだ。身内だけなら最悪我々総出で奴をヴァルトの掟に従って弑逆すればよい。ただ、今回は外の情勢にも目を向ける必要がある」
老齢な男は慎重に、対してふと思った女性の方は混乱に乗じた行動を提案する。
「貴族、商人、反乱、異民族。正直な所、この混乱期だからこそそれをするならしたいのよね」
女性は足を組み直し、色気のあるため息をついた。
「待て、帝国議会に参加したフレデリカから反乱鎮圧とトカゲへの抑止力から戦力を出せと言ってきているぞ」
「フレデリカ。あの女気に入らないわ。後継者を決める時、ヴァルテシモだけ参加しないでよりにもよってあの当主側についた。それだけで当主代理として振る舞ってる。師家の中では一番能力もないくせに」
強く拳を握りしめる女性。
「が、フレデリカは一応帝国議会の意志として命令したまでに過ぎない。我らも戦力を提供するべきだ。せいぜい当主代理の地位として居座らせておけばよい」
「フレデリカをこちらへ寝返らせないのか?」
そこへしばらく口を閉ざしていた若い男が横槍を入れる。
ソフィー・ヴァルツァーの包囲網を完璧にして、孤立させるのが彼の狙いだ。
「当主だけならともかく、表立って議会に参加している以上、周囲はあの娘に集中する。むやみに動かさず、裏でこちらが糸を引くのだ。それに三家は戦力を提供するだけでなく、あの当主に貴重な人材を奪われた。正攻法では勝てない」
それに対し、年配の男はあくまでも、終始裏で暗躍する道を模索する。
そして、指を鳴らすと蝋燭の両脇に佇んでいた二人が隠していたローブを外し、顔を出した。
「それで、これを使うの?」
幼い顔立ち、雪のような白さを持つ肌。
銀の髪を持ち、目の色はアメジストのような紫色が一人、もう一人はサファイアのような青い瞳。
「そうだ、毒には同じ毒をもって制するが上策。そもそも、あの当主が暴走した時の為に先代のエルヴァストが我々に預けた物ではないか。使うなら今をおいて他にない」
「勝てるのか? そんな弱そうな二人が」
「勝てるも勝てないも、これはエルヴァストが残したソフィー・ヴァルツァーを倒すためだけに作られた存在。奴に有利になれるよう仕込まれた天敵だ」
フードを外し、老齢な男は素顔を見せる。
口元たっぷりに生やされた髭。
右頬に残る深い切り傷。
頭はすでに髪の毛は無かった。
「アリス、テレース」
「「はい」」
その男の呼び掛けに、命じられるがまま振り向く。
「グスタフ・ヴァルチェがヴァルト家の未来の為命ずる。当主ソフィー・ヴァルツァーを排除しろ」
「かしこまりました」
「承ります」
アリスは裾を掴んでお辞儀をし、テレースは手を前に置いたままメイドのように頭を下げる。
それから二人はこの一室を出ていった。
「それにしても、似てるわね」
「顔と性格以外の全てが、だろう?」
「違いない」
「これで奴も終わりだ」
グスタフは口元を歪めながら、アリスとテレースの吉報を待つことにした。
「ねぇ? テレース」
「なぁに? アリス」
「ソフィー姉さんを殺せると思う?」
「殺せるよ、二人で一人。片方が死なない限り、負けることはないでしょ」
「そうだね。アリスはテレース、テレースはアリス。二人はずーっと一緒、何があっても」
🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕
※だいぶ更新遅れました。
ヴァルト内部でも戦いを描く構想だったので、以前ソフィーに敗北した師家の行動を書きました。
新キャラのアリスとテレース。
名前の元ネタは、アリストテレスです。
その光源は周囲を照らし、二つの人影を生み出した。
さらにその周りを囲うように三つの椅子が配置され、そこには顔を隠したローブ姿がそれぞれ座っている。
「さて、どうしてくれようか」
静寂を破るその一声は少々しゃがれており、老いた人物を思わせる。
「我らの新しい当主はヴァルトの発展を望んでいないようだ」
「魔術の適正を調べるために見たあの日以来だが、あれは厄介極まりないな。金、地位、ここ等の欲ならまだ良い。現にそれらで身を滅ぼした身内はいるからな。対処方は分かりきっている」
次の声は年若いが、経験が浅いとは思わせない重い声色であった。
「しかし、彼女はどうだ? 『兄さんを探しに行く』だ! 我々にとって最悪の事態だぞッ!!」
荒げた声の後に、陶器の割れる音が聞こえる。
「ヴァルトの当主ともなった者が、無能である故に追放された血族を探しに旅に出る。物語や騎士の身分で、上辺だけ美化すれば傑作になるでしょうね。最も、ヴァルト最大の伝統を、当主が罪人を消去ではなく、再会の為に動くのは許されるわけにはいかないわ」
最後に発せられた甘美で妖艶な声が、この問題の重大さを際立たせる。
「今回集まった師家の代表は三名。何故この三名が集められたかはもう分かるでしょう?」
「当主をどうするか、だろう?」
「そうだ。身内だけなら最悪我々総出で奴をヴァルトの掟に従って弑逆すればよい。ただ、今回は外の情勢にも目を向ける必要がある」
老齢な男は慎重に、対してふと思った女性の方は混乱に乗じた行動を提案する。
「貴族、商人、反乱、異民族。正直な所、この混乱期だからこそそれをするならしたいのよね」
女性は足を組み直し、色気のあるため息をついた。
「待て、帝国議会に参加したフレデリカから反乱鎮圧とトカゲへの抑止力から戦力を出せと言ってきているぞ」
「フレデリカ。あの女気に入らないわ。後継者を決める時、ヴァルテシモだけ参加しないでよりにもよってあの当主側についた。それだけで当主代理として振る舞ってる。師家の中では一番能力もないくせに」
強く拳を握りしめる女性。
「が、フレデリカは一応帝国議会の意志として命令したまでに過ぎない。我らも戦力を提供するべきだ。せいぜい当主代理の地位として居座らせておけばよい」
「フレデリカをこちらへ寝返らせないのか?」
そこへしばらく口を閉ざしていた若い男が横槍を入れる。
ソフィー・ヴァルツァーの包囲網を完璧にして、孤立させるのが彼の狙いだ。
「当主だけならともかく、表立って議会に参加している以上、周囲はあの娘に集中する。むやみに動かさず、裏でこちらが糸を引くのだ。それに三家は戦力を提供するだけでなく、あの当主に貴重な人材を奪われた。正攻法では勝てない」
それに対し、年配の男はあくまでも、終始裏で暗躍する道を模索する。
そして、指を鳴らすと蝋燭の両脇に佇んでいた二人が隠していたローブを外し、顔を出した。
「それで、これを使うの?」
幼い顔立ち、雪のような白さを持つ肌。
銀の髪を持ち、目の色はアメジストのような紫色が一人、もう一人はサファイアのような青い瞳。
「そうだ、毒には同じ毒をもって制するが上策。そもそも、あの当主が暴走した時の為に先代のエルヴァストが我々に預けた物ではないか。使うなら今をおいて他にない」
「勝てるのか? そんな弱そうな二人が」
「勝てるも勝てないも、これはエルヴァストが残したソフィー・ヴァルツァーを倒すためだけに作られた存在。奴に有利になれるよう仕込まれた天敵だ」
フードを外し、老齢な男は素顔を見せる。
口元たっぷりに生やされた髭。
右頬に残る深い切り傷。
頭はすでに髪の毛は無かった。
「アリス、テレース」
「「はい」」
その男の呼び掛けに、命じられるがまま振り向く。
「グスタフ・ヴァルチェがヴァルト家の未来の為命ずる。当主ソフィー・ヴァルツァーを排除しろ」
「かしこまりました」
「承ります」
アリスは裾を掴んでお辞儀をし、テレースは手を前に置いたままメイドのように頭を下げる。
それから二人はこの一室を出ていった。
「それにしても、似てるわね」
「顔と性格以外の全てが、だろう?」
「違いない」
「これで奴も終わりだ」
グスタフは口元を歪めながら、アリスとテレースの吉報を待つことにした。
「ねぇ? テレース」
「なぁに? アリス」
「ソフィー姉さんを殺せると思う?」
「殺せるよ、二人で一人。片方が死なない限り、負けることはないでしょ」
「そうだね。アリスはテレース、テレースはアリス。二人はずーっと一緒、何があっても」
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※だいぶ更新遅れました。
ヴァルト内部でも戦いを描く構想だったので、以前ソフィーに敗北した師家の行動を書きました。
新キャラのアリスとテレース。
名前の元ネタは、アリストテレスです。
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