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五 小人の兵士 候補生
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近衛兵は王を守る精鋭だ。訓練中の兵士から、見込みのある者が候補として選ばれ、彼らが受ける試験の結果に応じて、その合否が決まる。試験は毎月あるが、チャンスは多くても二回しかない。これは俺たちの寿命に関係している。
おおむね、百二十日。
これが小人の限られた命というわけだ。元々はちゃんとした人間の俺にしてみれば、ずいぶんと短い寿命だとも思うが、体感的にはそうでもない。小人になってから、一日がやたらと長く感じるのだ。
俺は必死だった。
クライの記憶が蘇ったせいか、昨日までは当たり前にできていたことが、中々に難しい。巨人を馬鹿にするのも、その一つだ。おかげで、訓練の結果は最悪。このままずるずると長引けば、候補生に選ばれるなんぞ夢のまた夢だろう。
そうして俺が酒場でたそがれていると、話しかける者があった。
「おいおい、ライク。最近はどうしたんだ~? まるで不調じゃないか。こんなんじゃ、巨人どものほうがまだ動きが俊敏だぜ」
「……ウィッシュか。巨人と一緒にするなんざ、冗談でもよしてくれ。ますます気分が悪くなる」
「おっと、すまん。まさか、そこまで落ち込んでいるとは思わなくてな」
「知っているだろう? 俺も本格的に近衛兵を目指しているんだ。今のままじゃ、とても選ばれる気がしねえ」
「そんなに憂うなよ。お前の実力なら、ちゃんと十人の中に入れるさ」
「候補生が十人っていうのは、あくまでも最大値の話だろう? 確実じゃない」
「ったく、心配性だな……」
二人ともが黙って酒を飲みはじめると、それを見計らっていたのか、また別のアースマンが俺たちへと、静かに近づいてくるのだった。
「大丈夫ですよ。ライクさんなら、きっと選ばれますって」
この店で働く、ミントという名の若い店員だ。そう言うと、ミントは俺の手をにぎった。思わず、それを振り払う。
「よしてくれ!」
昨日までの俺は、こんなふざけたやつにべたべたされて、いい気になっていたのか。アカリとは大違いじゃないか。自分のことだとは言え、胸糞悪い。
「ごめん……なさい。わたし、そんなつもりじゃ……」
俺の態度に、慌ててウィッシュがフォローを入れる。
「悪いな……。こいつ、ずっとうまくいかなくてイライラしてんだ。気にしないでやってくれよ」
「は、はい……」
寂しげな笑みを浮かべて、ミントが去っていく。それに手を振っていたウィッシュだったが、やがては、憤っていることがわかる表情を俺に向けた。
「おい、ライク。今のはないだろう。せっかくのチャンスを棒に振る気か?」
「すまん……つい」
そうだ、何をやっている。いきなり態度を変えすぎだ。自然にふるまえ。自分から積極的に、怪しまれるような行動をしてどうする。
善は急げ。
俺は思いなおすやいなや、ミントに駆け寄った。上辺だけの謝罪にも、ミントに害された様子はなく、代わりにまたおずおずという具合に、俺の手へ触れてくるのだった。
その華奢な手を俺は軽く握り返す。それは、俺の手を引っ張ってくれた、アカリのものとは大違いの、ひどく気色の悪い腕だった。
おおむね、百二十日。
これが小人の限られた命というわけだ。元々はちゃんとした人間の俺にしてみれば、ずいぶんと短い寿命だとも思うが、体感的にはそうでもない。小人になってから、一日がやたらと長く感じるのだ。
俺は必死だった。
クライの記憶が蘇ったせいか、昨日までは当たり前にできていたことが、中々に難しい。巨人を馬鹿にするのも、その一つだ。おかげで、訓練の結果は最悪。このままずるずると長引けば、候補生に選ばれるなんぞ夢のまた夢だろう。
そうして俺が酒場でたそがれていると、話しかける者があった。
「おいおい、ライク。最近はどうしたんだ~? まるで不調じゃないか。こんなんじゃ、巨人どものほうがまだ動きが俊敏だぜ」
「……ウィッシュか。巨人と一緒にするなんざ、冗談でもよしてくれ。ますます気分が悪くなる」
「おっと、すまん。まさか、そこまで落ち込んでいるとは思わなくてな」
「知っているだろう? 俺も本格的に近衛兵を目指しているんだ。今のままじゃ、とても選ばれる気がしねえ」
「そんなに憂うなよ。お前の実力なら、ちゃんと十人の中に入れるさ」
「候補生が十人っていうのは、あくまでも最大値の話だろう? 確実じゃない」
「ったく、心配性だな……」
二人ともが黙って酒を飲みはじめると、それを見計らっていたのか、また別のアースマンが俺たちへと、静かに近づいてくるのだった。
「大丈夫ですよ。ライクさんなら、きっと選ばれますって」
この店で働く、ミントという名の若い店員だ。そう言うと、ミントは俺の手をにぎった。思わず、それを振り払う。
「よしてくれ!」
昨日までの俺は、こんなふざけたやつにべたべたされて、いい気になっていたのか。アカリとは大違いじゃないか。自分のことだとは言え、胸糞悪い。
「ごめん……なさい。わたし、そんなつもりじゃ……」
俺の態度に、慌ててウィッシュがフォローを入れる。
「悪いな……。こいつ、ずっとうまくいかなくてイライラしてんだ。気にしないでやってくれよ」
「は、はい……」
寂しげな笑みを浮かべて、ミントが去っていく。それに手を振っていたウィッシュだったが、やがては、憤っていることがわかる表情を俺に向けた。
「おい、ライク。今のはないだろう。せっかくのチャンスを棒に振る気か?」
「すまん……つい」
そうだ、何をやっている。いきなり態度を変えすぎだ。自然にふるまえ。自分から積極的に、怪しまれるような行動をしてどうする。
善は急げ。
俺は思いなおすやいなや、ミントに駆け寄った。上辺だけの謝罪にも、ミントに害された様子はなく、代わりにまたおずおずという具合に、俺の手へ触れてくるのだった。
その華奢な手を俺は軽く握り返す。それは、俺の手を引っ張ってくれた、アカリのものとは大違いの、ひどく気色の悪い腕だった。
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