Irregular

neko-aroma(ねこ)

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Irregular 31

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「部長は俺らの事、勿論”同居”としてしか見て無いから、そうなれば俺が家事全般をせざるを得ないから不服を言っていると勘違いしてさあ。」
「ぷっ。まあ、傍から見たらそうかもしれませんけど。」
「俺だって、シーズン開幕すれば試合も始まるし、ロードもある。ただでさえ一緒に居られなくなるってのにさ・・・・」
「あ~不機嫌の理由は、そこにもあったんですね?」
にやにやとSは鏡越しにNを見詰め、すぐに唇を尖らせたNの両頬を手で挟んで撫で回した。
「なんだよっ・・・もうっ。」
NはSの両手を掴み自分の顔から離そうとしたが、Sが身を屈ませて頬にキスをしたのが先だった。
「ふふっ。Nさん、可愛い。髪、乾いたので寝ましょう。明日は月曜日ですから、体力チャージしなくちゃ。」
「ええ~っ。俺はSをチャージしたい~」
「ほらぁ~ふざけてないで、寝ますよ?」
Sに手を引かれながら渋々と椅子から立ち上がり、二人は寝室へと移動した。
「さっきの話だけど・・・面接の日に打診されると思うから・・・嫌ならきっぱりと断ってさ。」
「追加の講師の話ですか?」
「それだけじゃない。多分、嘱託社員の打診をされる筈。」
「ええっ?棚ボタじゃないですか!就活もしていないのに、僕が社員に?部署違いでも、Nさんの同僚に?うわぁ~凄い~」
Nはベッドに寝転んだままなのに、Sは上体を起こして一人で拍手までしていた。
「あのさ、俺とすれ違いが多くなるんだよ?」
片肘で首だけ持ち上げて抗議のように言うNに、Sは笑みを崩さなかった。
「僕らの先を長いスパンで見たら、そういう時期もありますって。試されているんですよ。試練を乗り越えましょう。」
浮き立った声のSにNは鼻で溜息を吐いた。
「試されてるんじゃなくて、試されに行ってるんだろっ。」
NはまるでタックルするようにSの細腰に抱き着いて、その弾みでSは仰向けにひっくり返った。
「陶芸の方もまだあるんだろ?先生のモデルも・・・」
「うん。出品するまではそっち優先でやらないと、また中途半端になっちゃうから・・・」
「だったら、うちの会社の講師スケジュール、担当者と相談して決めたらいいよ。」
「うん。Nさん、色々、ありがとう。僕に道を着けてくれて。」
「・・・出過ぎた真似にならなくて、良かった。明日だっけ、教室は。」
「うん。先生にもこの話をして、日程を組みなおして貰う。なるべく早くNさんの会社の仕事、始めたいから。」
「Nさんの、じゃないよ。契約したら、おまえの会社でもあるんだから。」
「うん。嬉しいな。契約したら、食費位は入れられるだろうし。」
「そんなこと・・・」
と言いかけてNは言葉を飲んだ。
S一人を養う位、今のNには難しい事では無い。心底では、なるべく家に居て自分を待って欲しいと願い続ける事だけは秘密にしようと決めていた。そんな利己的な考えは”昭和脳”でしかない。伴侶に自分の為だけに生きろなど、何故そんな考えが世に浸透しまかり通っていたのか不思議で仕方なかった。恋をすれば幾つかの理不尽な考えが理解出来た。独占欲である。自分以外の目に触れさせたくは無い。自分だけに依存や執着をして欲しい。そんな馬鹿げた願いも、恋をしなければ知り得なかった。
「Nさん、本当にありがとう。こんな僕にもチャレンジ出来る事があったんだって、嬉しいんだ。もしまた・・・中途半端にする癖が顔を出したら、叱って欲しいな。」
灯りを薄くした部屋でも分かる程にSの目が輝いていた。
「叱ってやりたいけど、無理かもよ?だって・・・」
Nはまた言い掛けて言葉を飲んだ。
Sは音を発ててNの額にキスをして、Nの顔を胸に押し付けた。
「稼げる時に稼いで、それが出来なくなった時に専業主夫になってもいい?」
意外な言葉にNはSの胸から顔を上げた。
「僕、そんなにアクティブな方じゃないから、Nさんの身の回りの世話が完璧に出来るように・・・家に居て在宅の内職でもしながら家事してる。本当はそういうのが性に合ってる気がするんだ。甘えだって分かってるけど。」
自分の望みも何処かで届いては居るんだな・・・とNは無性に嬉しくなってSを強く抱き締めた。
「俺の元に帰ってきてくれるなら、Sの好きなようにしていいんだ。誰でも、人生は自分だけのものだから。」
「はい。でも、Nさんが居てくれなかったら、僕の人生じゃなかった気がします。」
「ありがとう。寝よっか。また一週間、頑張らなきゃだから。」
「ふう~ん。寝るんですね?」
「・・・言ってる事が滅茶苦茶じゃないか!いいのか?寝不足の月曜日でも!」
「僕は何でもいいですよ?Nさん次第。全部、Nさん次第。」
Sのその言葉に二人の抱き合って密着した身体に違和感が生まれた。
「え?今ので?」
Sは瞬きを数回して、Nを見上げた。
「・・・寝よう。明日は週明けだ。」
Sは声を出すのを堪えて肩で笑っていた。
笑いが収まった所で、SがNの耳元にキスをした。そして低い声で囁いたのだ。
「週明けのチャージに、早起きしましょうか?」
Nは片手でSを抱いたまま、枕元のスマホのアラームをいつもの一時間前にひとつ設定を加えた。




出勤前の情事は背徳感に僅かな倦怠感を伴って、玄関先で見送るSは普段と変わらない筈なのに、Nにはまるで別人のように見えて目が合わせられなかった。眩しい、と言えばよいだろうか。
「どうしたの?僕の顔、見てよ?」
至近距離で向き合っているのに、明後日の方向へ視線を向けているNの顔を執拗に左右から回り込んで覗くSにNは呻き声を上げた。
「止めろって!会社に行けなくなちゃうだろっ!」
「ええ~?どうして?」
「・・・ヤリたくなっちゃう・・・っつーか、抱きたくてたまんないんだよっ、今もっ!」
「なにそれ?さっきシタばっかじゃん?遅れちゃうから、さあ、行って?」
SはNの両肩に手を置いて力づくで回れ右をさせた。
「もし飲み会になっちゃったら、夕方位にメッセ入れるからね。チェックお願いします。」
「先生と、飲んで来るのか?」
振りむこうとしたNの背を強引に押してから、Sはレバーハンドルに手を掛け隙間を開けた。
「かもしれないから。ちゃんと帰ってきます。じゃあね、行ってらっしゃい。」
ドアがロックする音を耳にした途端、Sはすぐに家事に取り掛かった。しかし、始終鼻の下を伸ばしては唇を噛むのを止められない。Sも、Nと気持ちは同じだったのだ。あの甘やかな朝をそのままずっと続けられたのなら・・・願う気持ちは一緒だった。




自分一人だけが生徒であるクラスには余裕で間に合い、Sは準備に取り掛かった。
熱心に土を捏ねていると、すぐに邪念は雑音と共に消え去り、まるで無音の空間で瞑想でもしている気分になった。
いつからか背後にKが佇んで覗き込んでいるのにも気付かず、Sは顔から汗を滴らせて土を捏ねていた。
やがて、教室開始のアラームに手を止め顔を上げると、すぐ間近に微笑んでいるKの顔があって声を出して驚いた。
「ほらっ、S君!危ないじゃないか~君はびっくりするとひっくり返る癖でもあるの?」
椅子ごとSの背を支えながらKは笑っていた。
「す、すみません。」
Sは会釈をして姿勢を正した。
「今日は展示会用の作品、本番だね?」
「はい。」
「そばで見てるからね。納得行くように作ってみて。」
「先生、今後の日程の事でお話があります。」
「そう?じゃあ、終了後にご飯でも行く?」
「あ・・・はい。」
「なに?なんか予定ある?日を改めようか?」
Sは口元だけ横に引いた笑顔を作って首を振った。
「じゃあ、集中して。どうしてもイメージ通りにいかなかったら、俺に聞いてね。ずっと側で見てるから。」
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