Irregular

neko-aroma(ねこ)

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Irregular 20

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「ああ、ちょっとスマホ開いて。ハズイから全部消すわ。」
「やだっ。見たい。でも・・・無視した事になって、ごめんなさい。」
「いいよ、もう。無事確保出来たから。」
「確保って・・・」
Sは笑った。
「ついでだからさ、幾つか荷物を車に乗せて行こうか?」
Nの言葉にSは笑顔を固まらせたまま、黙ってしまった。
「Nさん、話があるんだ。今、聞いて欲しいんだけど・・・車は?」
「コインPKに停めてあるから、大丈夫。どうした?」
「さっきね・・・教室の先生から、就活がまだならアルバイトしないかって誘われたんだ。講師の助手だって。」
「それは、何をするの?」
「生徒さんが来てすぐに始められるように土を捏ねたり、後片付けもそうなんだけど・・・初心者コースの講師代行もしてみたら?って。それ位なら僕にも出来る仕事ではあるんだけど・・・教室開催の日全部通う事になるでしょ。これがスタッフ大勢が働く場所なら僕も短期で引き受けたと思うんだけど・・・先生と二人きりだから・・・Nさんから提案されてた仕事もあったじゃない?それでね・・・」
「Sの好きなようにしたらいいんだよ?なんで俺に気を遣うみたいな事、言うの?」
「Nさん、本当は・・・ちょっと、面白くないよね?」
「え?何が?」
二人は見詰め合ったが、先に目を逸らしたのがNだったのでSは確信した。
先程改めてNの心中を想像した瞬間に自分の愚行に気付いて気が狂いそうになったのは、多分、現実的に当たっていたからなのだと。
「Nさん、今までごめんなさい。僕に聞きたくて、でも言えなかった事、沢山あるでしょ?」
「それは・・・でも・・・SはSの考えがあるだろ?俺がそうして欲しいって押し付けてちゃさ・・・俺の言いなりになって欲しく無いんだよ。」
「ふふっ。じゃあ、僕にあれは?これは?って色々提案してくれるのは?」
「それは・・・お節介が過ぎたか?」
Sは首を振った。
「いつだって、Nさんは僕の為に言ってくれてるって分かってる。それを僕の選択に任せてくれてるのも、知ってる。僕は・・・今までずるかったんだ。Nさんが凄く良くしてくれるから・・・甘えすぎてた。」
「え・・・もしかして、同居、止めたいとかいう話か?」
Nは途端に顔を曇らせて、唇を噛みしめた。
「普段リップも塗らないのに、そんなに強く噛んだら唇が可哀想・・・」
Sは親指でNの唇をなぞり、固さを解した。
「僕は世間知らず過ぎて・・・人の気持ちにも鈍感で・・・Nさんが大切なのは本当なのに、ちゃんと示して無かったよね。ごめんなさい。」
「どうしたんだ。」
Nは唇に当てられたSの指を掴み、両手を握った。
「ちゃんと話すね。聞いてくれる?」
「勿論だよ。」
「Nさんの会社の部活動講師のお誘い、受けたいと思います。」
「え!だって、今、陶芸教室の話・・・」
「うん。それもちゃんと話すね。僕ね・・・意地悪い事を考えてたの。Nさんが自分の会社の仕事を僕に回すのは、Nさんが知らない場所に僕を行かせたく無いからじゃないかって。」
「・・・・」
「恋人になれて、同居までしようって言うのに、僕はNさんに全然話をしていなかったって・・・さっき気付いたんだ。僕は自分の傲慢さと馬鹿さ加減を初めて知って、恥ずかしくて一人で暴れちゃったの。髪に着いてる土は、捏ねてる最中に頭抱えたから。バカだよね。」
そう言って笑うSをNは泣きそうな顔で胸に引き寄せた。
「おまえの言う通りだよ。俺は・・・Sを何処にも行かせたくなかった・・・ごめん。みっともないな・・・」
「ううん。僕がちゃんと話をしなかったから、色んな悪い事ばかり考えたでしょ?ごめんなさい。僕のせいなんだよ。こんなにあ・・・いして貰っているのに。」
Sが愛と口にしたのが初めてだっただろうか。Nは引き寄せた腕を突っ撥ねて、Sの顔をまじまじと見詰めた。
それが、次第に崩れていき今にも泣き出しそうに変わって行くのを見て、Sの方からNを抱き寄せた。後頭部を優しく撫で、触れた顔に頬ずりをし、力いっぱい抱き締めた。
「本当にごめんなさい。Nさん、僕、愛しています。」
Nは抱き合ったままSの頭に手を添えて、勢いよく床に押し倒した。
「はじめて・・・言われた・・・」
「うん。意味が・・・やっと分かったから。」
「今まで、分からなかったのか!?」
「うん。」
NはSの額をピンッと指で弾いた。
「いってぇ・・・お返しだ!」
Nが弱いと知っている耳に指を躍らせて擽った。
「ああっ!やめっ!」
身を捩って抵抗するのをしつこく止めないSの手首を掴んで、NはSを見下ろした。
「止めさせる方法、知ってるくせに。」
Sが目を閉じるより早く、Nの唇がSの唇を塞いだ。
激しく水音を発てていたが、SがNの胸を押して唇は離れた。
「まだ、話の途中だった・・・」
そのままNの身体ごと身を起こしたSは、Nの両手を握った。
「Nさん、最近陶芸教室の先生と僕と頻繁に会ったりお酒飲んだり・・・この前は心配で迎えに来てくれたんだよね?」
「ああ・・・まあ・・・うん・・・」
「僕、今まで自覚出来る程人を好きになったのって、Nさんが初めてなんだ。その前の彼女とか、子供の頃の初恋とか、好きなんだけど・・・だからどうしたいってのが無くて。」
「うん。」
「Nさんみたいに、こんなに真剣に好きになってくれる人も居なくて。」
「・・・うん。」
「僕はもしかしたら、他の人より感情のポイントが遅いというかズレてるんじゃないかと・・・さっき思って・・・でね、先生・・・Kさんって言うんだけど、凄く親切にしてくれて・・・お礼に僕は先生のモデルをやる事になったんだ。」
「モデル!?あの、全裸でポーズ取るやつか!?」
「んふふ、僕もそれ聞いた時そう思って断ったんだけど、違うんだって。でも、僕の内面・・・の表情が気に入ったから、モデルになって欲しいって。資料用に撮影したりするらしいんだけど、データは全部返してくれるって。細かい規約の書類作るって。先生が約束違反したら、それを盾に訴えろって。」
「・・・何だか妙に用意周到だな。」
「うん。そこら辺は僕も違和感を感じたんだけど・・・黙っててごめんなさい。僕、初めて先生と飲んだ日、潰れちゃって・・・覚えて無いんだけど、先生の家に泊めて貰ったんだ。」
「え!?」
「その時に・・・僕はNさんの事を・・・ちょっと言っちゃったらしくて・・・ごめんなさい!」
「俺の事はいいけど、泊ったって・・・眠っただけだよな?」
「勿論そうだよ。朝起こしてくれて、慌てて先生の家飛び出しちゃって・・・」
「その・・・俺らもさ・・・相手が男とか女とか・・・その・・・全部、浮気疑惑対象になっちゃうからさ・・・」
Nが言葉を選んでいるのがよく伝わった。それでも該当する言葉が見当たらない事も。
「うん。もう、そういうミスしないよ。今度からはちゃんと報告するから。」
「事後じゃないぞ。事前報告にして欲しい。俺もそうするし。」
「うん。Nさんはいつもスケジュール教えててくれるのに、ごめんなさい。」
「これから気をつけよう。な?これで話は終わりか?」
「はい。」
「じゃあ、箱、積めるだけ積んで帰ろう。」
「はい。お願いします。」
帰る途中の車内で、Sはふと思い出した。
講師Kも又かつては、自分達と同じケースで同性の恋人が居たのだ。それをNに言うべきか否か・・・
しかし、個人情報になるし、心配の種を増やす事にもなるから・・・とSはそれに関しては口を噤んだ。
この判断が後々、話を拗らせる原因の一つになるとは想像も付かなかった。


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