Irregular

neko-aroma(ねこ)

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Irregular 15

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「冷めないうちに食べて。これ、簡単に真似出来るよ。ヘルシーだし、いい人にご飯作る時のレパートリーに足したらいいよ?」
「ああ、あっさりしていて美味しいです。」
「繁忙期にこれ、何度も作らされてさ。メモ取る?レシピ教えるよ。」
「はい。」
Kが選んで運ばれた料理の全てのレシピを聞いて、Sはまだ作ってもいないのにNが口にした姿を想像して笑顔を浮かべていた。
「君をそんな顔にさせるいい人が羨ましいね。隣の芝生だけど。」
「どんな顔なんですか・・・先生、いちいち僕を観察し過ぎじゃないですか?」
「そこはモデルになって貰うんだから、当然でしょう?モデル代にそれも含ませるから、心配しないで。」
「そういう問題じゃないです。」
「なんで君にモデルを依頼したか、聞きたい?」
「はい。」
Sが離れた距離を詰めるようにして、Kは肩が触れ合うまでに席を移動した。
「教室でさ、君にマンツーマンレッスンした時・・・後ろから抱くみたいなスタイルになった時、君、凄く怯えた後・・・なんというか・・・エロティックだったんだ。」
間近で囁くように言われて、Sは俯いた。耳まで赤面していた。
「普段は可愛いだけの男の子が、一瞬にして表情が変わったのが、俺の職人魂を触発した。いや、男としてかな。」
「な・・・なんでそんなこと・・・」
「後ろから抱かれて色っぽくなるなんて・・・君を包み込める位の体格の持ち主でしょ・・・・Nさん。」
呼ばれた名前に反応してSは顔を上げた。
見詰め返す目は睨みつけているようであり、潤んでもいた。
「君がその名前を自分で言ったんだよ?どう間違っても女性の名前じゃないよね。」
「・・・・脅しか何か・・・ですか・・・」
「何言ってるの!」
そこでKはSの背を叩き、座る距離を離した。
「アウティングして、誰に得がある話?」
Sは赤面したままKを見返して涙を零していた。
「ああ、意地悪するつもりじゃないよ?泣かないで。」
その涙を拭おうとしたKの手を静かに振り払い、Sは顔を両手で覆った。
「君が大切にしている人に何か迷惑が掛かるんじゃないかって心配してるんだろうけど、そんな事しないから。それが弱みだって言うなら、俺の方が先に君に晒してたんだから、違うって分かるでしょ?」
「・・・調香師。」
「そう、元彼。」
「分かりました。先生を信じます。実は今日・・・先生の元彼の話も聞いてみたくて・・・来たんです。」
「そっか。人の体験談を聞きたい時は、興味津々か、悩み事が生じたかのどっちかだね。君は?」
「どっちもです。」
「じゃあ、参考にならないかもだけど。教えてあげる。」
元々恋愛に性別の拘りが無かったが、大学卒業した後、偶然調香師の彼と出会った事が同性と関係を持った最初だった。
影響を受けすぎる程に彼にのめり込み、将来を共に・・・と夢見ていた。
だが、彼がフランスに調香師留学したのを切っ掛けに、離れている事に耐え切れなくなった彼から別れを切り出され、自然消滅した。
自分は彼との将来を夢見ながらも何かと理由を付けては追い掛けて行くのを躊躇い、結果別れてしまった。
3年程の関係だったが、一生分の恋をした気分だった。
その後は特定の恋人を作らず、時々ワンナイトの相手を求める程度で年ばかり取って行っている。運命の人はもう現れない気がしている。とKは自嘲した。
「でもねえ、運命ってのは自分でどうこう出来るものじゃないから・・・どんな悪足掻きしたとしても、その時が来たら別れてる、同じ結果だったんじゃないかと思っているよ。もう二度と会えない人だけど、俺の中には生きてる。」
「・・・ごめんなさい。辛い話のリプレイさせちゃった・・・」
「いいや?誰かに話せる時が来るなんて、思ってもみなかった。君が聞いてくれた初めての人。ありがとう。そうだ。将来を夢見てた頃に一緒に入れたTATOOがあってさ。若気の至りだよなあ。彼はもう、新しい人の為に消しちゃったかもね。」
「・・・何処に、なんて、入れたんですか?」
Kはスマホのメモ帳に文字を打った。
「文字はこれ。Éternité(エテルニテ)場所はね・・・彼しか見えない場所。」
そう言ってKは寂しく笑った。
Kは泣いていないのに、Sはもらい泣きなのかしきりに目を擦っていた。
「やだなあ~今の話、君らに重ねちゃったの?よくある話だし、さっきも言ったけど、運命は当事者にもどうにも出来ないからね?君達の運命は、どっちに転がるかな・・・ちょっと興味あるな。君の未来に。」
Sは何とも言えない顔でグラスを煽った。
「あれ・・・君、何杯飲んでる?」
「前のやつ片付けて行ってるから、分かりません。気持ち悪くもないし、酔ってもいません。大丈夫です。」
「おっと、肝心な話がまだだった。モデルを依頼するときにね、俺が要求するポーズや表情を撮ると思う。見ながらスケッチは時間が掛かるから。その撮影データは、コピーもしないし、制作が終わったら全部君に渡す。君の知らない所で流布や拡散もしない。俺の手元にも残さない。だから、安心して欲しい。後でしっかり規約条項の書類作るから。」
「必要ありません。先生を信じます。今仰った事、もう一回チャットにでも残して下さればそれで結構ですので。」
「そっか。ありがとう。」
「僕・・・今の恋人の事、バレたっていうか他言したのは先生が初めてです。」
「うん。誰にも言わない。秘密にしておくね。」
「ありがとうございます。」
「こんなちゃらんぽらんな俺でも、多分、生涯で一度の恋と呼べる相手に出逢えたんだ。君の今のいい人が、そうだといいね。そして、ハッピーエンドなら尚更ね。」
「どうなればハッピーエンドになるんですかね?僕は・・・将来のビジョンが全く浮かんで来なくて。でも好・・・きだし、好かれてると思うし・・・」
「あはは、君をあんな顔にさせる人に”好かれていると思う”って・・・しっかり愛されてる証拠でしょ?」
「どんな顔だか、自分じゃ分からないし・・・」
「モデルになってくれた時、撮影するから見ればいいじゃない?」
「いえっ!そんな恥ずかしい事!それに・・・なんで先生の前で・・・シテもいないのにそんな顔になるんですか。」
「俺と話しててもそんな顔するのに、何言ってるんだか・・・どんな話を聞いても彼に置き換えて想像するからでしょ?あんな顔は。」
Sは一気に羞恥心が込み上げてきて、穴があったら入りたいとはこういう心境だったのか・・・といつまでも冷める気配の無い赤面を両手で挟んで何度も叩いた。見かねたKがSの両手首を強く掴んで止めさせた。
「こらっ。そんなに強く叩いたら腫れるでしょうが。どうやっていい人に説明するの?自分で自分を叩きましたって?理由を聞かれたら、上手く答えられる?きっと、余計な心配掛けるだけだと思うよ?」
掴まれた手首は痛く、Kは思ったより力が強いんだと今更ながらSは思った。
Kに掴まれた時に意図せず、思考がゲイでも無いのに、SはKに男性を感じてしまっていた。
「先生・・・もしかして・・・」
その言葉の後が続くわけが無かった。
力が強く身体が大きい方が”抱く方”だと、そんな短絡的な考えは不相応だ。
Nと恋人になると決めた時、同性同士の行為のあれこれを調べた。挿入だけが行為では無いと知ったのも、その時だ。カップルの数だけ、様々なスタイルがあるだろう。
「ふふっ。君が言い掛けた事、当ててみようか?」
まるで心の奥底まで見透かされているかのような眼差しにSには見えた。


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