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Irregular 8
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「だってそれはさ・・・僕が野球を知らないってのもあるけど・・・ネットにさ、スポーツ選手のインタビューとかで”家内が試合の事を何も聞かない言わないので、助かっています”とかよく見るから。そりゃあそうだよね。近い存在でも、その分野じゃない人らにとやかく言われたく無いもんね。」
「もしかして、気を使ってくれてたのか。ごめん・・・ありがとう。」
「うん。僕こそ、ごめんなさい。」
その時、炊飯器から炊き上がりを知らせるメロディーが鳴った。
「ご飯に呼ばれたよ?お風呂先にする?」
「おまえを抱きたい・・・じゃなけりゃ、一緒に風呂入りたい・・・でも、おまえはもうシャワー済ませたんだな?」
「どうして分かるの?」
「なんとなく・・・匂い、かな。」
「ふふっ。Nさんには何も隠し事なんか出来ないね。じゃあ、ご飯食べて、ゆっくりお風呂に入ろう?」
Sは笑ってNの顔を包んでいた手を引き寄せた。唇が重なる瞬間にNの鼻先にキスをして、にっこりと笑った。
「美味しいものは、後に取っておく主義なんだ。」
Sは静かにNの身体の下からすり抜け、先にキッチンへと向かった。
意識していなかっただけで、今までどれだけの事をNに見抜かれていたのだろうか・・・SはKの事は暫く伏せておくべきだと改めて思った。疚しい思いからでは無い。要らぬ憶測で神経を逆撫でするような真似をしたく無かったからだ。この時は。
「一昨日の痕、まだ残ってた。」
浴室のバスタブで一緒に湯船に浸かっていた時、背後から首筋にキスをされてSは驚いてそこに手を当てた。
「どの辺?」
「ここ。」
NがSの手を持ってその場所を指で押さえた。
「あ~~~。シャツ着て、後ろから見える場所かな・・・」
「わざわざ襟口引っ張って覗き込まない限り、大丈夫だと思う。そんな事、気にした事無いじゃん。どうしたの?」
「陶芸ってさ、首曲げて作業してるでしょ?他の生徒さんらにドン引きされたら嫌なの!」
「まあ・・・そりゃそうだな。こんな可愛い顔して、ヤルことヤッてます。だもんな。」
「誰が着けてるんだよっ!」
振り向いてNの肩を叩こうとしたSの手をNが掴み、暫く無言で間近に見詰め合って、先に唇を寄せたのはSだった。
「・・・全身に俺の痕跡付けて・・・俺の者だって見せ付けたい・・・こういうのが、ウザいの始まりなんだろうな・・・・」
キスの合間に呟いたNは、とても寂しそうに見えた。Sは両手でNを抱き締めて耳元に何度もキスをした。
「誰にも見られない場所に・・・痕着けてるでしょ・・・・僕にだけ見える場所じゃ、ダメなの?」
Sの顔に不似合いな低い声を聞くだけで、Nははち切れそうな程に一点に血が向かって行くのを感じた。
「一昨日、あんなにシテさ・・・・平気か?」
息も絶え絶えに呟いたNの指は、受け入れるSのその場所をさわさわと撫でていた。湯舟に波紋が広がって、小さな波が起きるまでそう時間は掛からない。Nの身体の上に跨っているSの双丘を両手で掴んで揉みしだいていた。
「軟膏、塗ってくれたでしょう?多分、平気。それより、こっちが平気じゃないみたい。」
Sの足の狭間で窮屈そうにしているNの猛りを、Sは身体を前後に揺すって緩々と擦っていた。
「ねえ、明日は休息日だっけ?」
「試合翌日はそう。」
「また、アレやるの?」
「なんだ、気に入らなかったのか?」
「今日はね・・・静かな気分ではない・・・かな。」
「俺は何でもいいんだ。おまえのいいようで。」
すぐにベッドに移動して、その夜はSの求めるままにいつもより多少乱暴にNはSを抱いた。
同じシャンプーやボディシャワーを使っているのに、体温が上がって肌にじんわりと汗を纏うと、自分だけが知る本来の肌の匂いが全身を包んで来て、Sは身体を突き上げられてもNの首に縋り付いてずっと項の匂いを嗅いでいた。
この先もずっと、この匂いに包まれていたい。行き着く未来が何処か分からなくても、Sは初めて強くそう願った。
「ねえ、いつか、何かの理由で・・・僕をこうして抱けなくなったら・・・Nさんは僕を好きじゃなくなるの?」
激しい一時が過ぎて呼吸も平常が戻ってきた頃、Nの腕枕でまどろみ掛かりながらも口を突いて出た言葉は、S本人が思い掛けないものだった。
Nは少し悲しそうな顔をして、Sの乱れた髪をそっと撫でた。
「どうした?」
「・・・わかんない。初めて、Nさんとの先を考えたら・・・・怖くなって・・・・」
涙まで出て来て、Sは戸惑った。
「わかんない・・・わかんないよ・・・・」
Nは親指でSの頬を拭ってやりながら、そっと胸に抱き寄せた。
「・・・今の積み重ねが未来だから。俺は、Sが幸せでいてくれる事が一番大事。その為に・・・いつか俺が邪魔になるようだったら・・・引き下がる覚悟はあるよ。全部、おまえ次第。俺の気持ちより、おまえ自身の気持ちをよく見詰めたら・・・怖いものなんか何も無いだろ。だから、自分に嘘は吐くな。俺に嘘吐いたとしても、自分には吐くな。」
優しい声に顔を上げれば、やはり少し悲しそうに見えた。何故、そんな顔をするのかも分からなかった。
「ごめんなさい・・・僕、なんだか、おかしいんだね・・・」
「そんな時もあるさ。俺で間に合うなら、頼ってほしいよ。いつでも。」
Sはただ頷くだけで、Nの懐に顔を埋めて目を閉じた。
ただ好きで、それが嬉しくて、浮かれていた時期の終わりが近付いている事を、薄っすらと何処かに感じながら。
Nは久しぶりに、あの頃の夢を見ていた。
リアルタイムで全国区生放送されたドラフト会議当日。
指名された際に映るからと大学側が気を利かせて、会議室の一室を空けて机やマイク、席の背後には大学チームが今まで受賞してきたトロフィーの数々が飾られた。
待機しているテレビ局のカメラが一台、スポーツ新聞社のカメラマンも一人居た。チームメイトがそれを見守る構図で中継を見守った。
人の身体は、そう長く緊張感を保てないように出来ている。5巡目でTV中継が終わりネット中継のみになった。
ここまで来て呼ばれないのだ。部屋に居る者全員が疲労の色を濃くし、中にはこっそりと帰り支度を始める者も居た。
部屋全体を見渡せる高台に一人座っていたNは、中継が終わる前に立ち上がり、その場に集まった関係者やマスコミに長時間の労を労い、感謝し、そして期待外れの結果を謝罪した。
何の確信も自信も無かったのに、その年の有力候補だと新聞やネット掲示板で持てはやされてその気になったが、下馬評と噂話に踊らされただけだった。
Nはプライドがへし折られたとか、騒がれていたのに悲惨だったとか、陰で嘲笑されていたとか、夢と現実の差の見極めが出来なかったとか、大学側が当てにしていた”箔をつける”事が適わなかったとか、様々な負の感情が一気に押し寄せてきて、その反動で虚無に満ちた顔付き、態度になっていた。
それでも最低限の挨拶を欠かさないのは、スポーツマンシップと、僅かに残るプライドでもあっただろう。
その日足を運んでくれた関係者全てに頭を下げて回り、それが済んでユニフォームを着替えてから、灯りが落ち人気の無い構内を当ても無く歩いていた。
寮住まいだったせいで、逃げ場所が無かったのだ。
自分の学部でも無い構内をさ迷っていると、一つの灯りが点いた部屋を通り掛かった。
立ち止まってドアのガラスから見詰めると、女の子と見間違えそうな程華奢な男子学生が、一人黙々と縫物をしていた。
Nは、自分を知らない誰かと気晴らしに話でもしたかった。
ドアをコンコンと叩くと、驚いてその生徒は作業していた布を胸元に立ち上がった。
「消灯のお知らせですか?今、撤収します。ごめんなさい。」
「もしかして、気を使ってくれてたのか。ごめん・・・ありがとう。」
「うん。僕こそ、ごめんなさい。」
その時、炊飯器から炊き上がりを知らせるメロディーが鳴った。
「ご飯に呼ばれたよ?お風呂先にする?」
「おまえを抱きたい・・・じゃなけりゃ、一緒に風呂入りたい・・・でも、おまえはもうシャワー済ませたんだな?」
「どうして分かるの?」
「なんとなく・・・匂い、かな。」
「ふふっ。Nさんには何も隠し事なんか出来ないね。じゃあ、ご飯食べて、ゆっくりお風呂に入ろう?」
Sは笑ってNの顔を包んでいた手を引き寄せた。唇が重なる瞬間にNの鼻先にキスをして、にっこりと笑った。
「美味しいものは、後に取っておく主義なんだ。」
Sは静かにNの身体の下からすり抜け、先にキッチンへと向かった。
意識していなかっただけで、今までどれだけの事をNに見抜かれていたのだろうか・・・SはKの事は暫く伏せておくべきだと改めて思った。疚しい思いからでは無い。要らぬ憶測で神経を逆撫でするような真似をしたく無かったからだ。この時は。
「一昨日の痕、まだ残ってた。」
浴室のバスタブで一緒に湯船に浸かっていた時、背後から首筋にキスをされてSは驚いてそこに手を当てた。
「どの辺?」
「ここ。」
NがSの手を持ってその場所を指で押さえた。
「あ~~~。シャツ着て、後ろから見える場所かな・・・」
「わざわざ襟口引っ張って覗き込まない限り、大丈夫だと思う。そんな事、気にした事無いじゃん。どうしたの?」
「陶芸ってさ、首曲げて作業してるでしょ?他の生徒さんらにドン引きされたら嫌なの!」
「まあ・・・そりゃそうだな。こんな可愛い顔して、ヤルことヤッてます。だもんな。」
「誰が着けてるんだよっ!」
振り向いてNの肩を叩こうとしたSの手をNが掴み、暫く無言で間近に見詰め合って、先に唇を寄せたのはSだった。
「・・・全身に俺の痕跡付けて・・・俺の者だって見せ付けたい・・・こういうのが、ウザいの始まりなんだろうな・・・・」
キスの合間に呟いたNは、とても寂しそうに見えた。Sは両手でNを抱き締めて耳元に何度もキスをした。
「誰にも見られない場所に・・・痕着けてるでしょ・・・・僕にだけ見える場所じゃ、ダメなの?」
Sの顔に不似合いな低い声を聞くだけで、Nははち切れそうな程に一点に血が向かって行くのを感じた。
「一昨日、あんなにシテさ・・・・平気か?」
息も絶え絶えに呟いたNの指は、受け入れるSのその場所をさわさわと撫でていた。湯舟に波紋が広がって、小さな波が起きるまでそう時間は掛からない。Nの身体の上に跨っているSの双丘を両手で掴んで揉みしだいていた。
「軟膏、塗ってくれたでしょう?多分、平気。それより、こっちが平気じゃないみたい。」
Sの足の狭間で窮屈そうにしているNの猛りを、Sは身体を前後に揺すって緩々と擦っていた。
「ねえ、明日は休息日だっけ?」
「試合翌日はそう。」
「また、アレやるの?」
「なんだ、気に入らなかったのか?」
「今日はね・・・静かな気分ではない・・・かな。」
「俺は何でもいいんだ。おまえのいいようで。」
すぐにベッドに移動して、その夜はSの求めるままにいつもより多少乱暴にNはSを抱いた。
同じシャンプーやボディシャワーを使っているのに、体温が上がって肌にじんわりと汗を纏うと、自分だけが知る本来の肌の匂いが全身を包んで来て、Sは身体を突き上げられてもNの首に縋り付いてずっと項の匂いを嗅いでいた。
この先もずっと、この匂いに包まれていたい。行き着く未来が何処か分からなくても、Sは初めて強くそう願った。
「ねえ、いつか、何かの理由で・・・僕をこうして抱けなくなったら・・・Nさんは僕を好きじゃなくなるの?」
激しい一時が過ぎて呼吸も平常が戻ってきた頃、Nの腕枕でまどろみ掛かりながらも口を突いて出た言葉は、S本人が思い掛けないものだった。
Nは少し悲しそうな顔をして、Sの乱れた髪をそっと撫でた。
「どうした?」
「・・・わかんない。初めて、Nさんとの先を考えたら・・・・怖くなって・・・・」
涙まで出て来て、Sは戸惑った。
「わかんない・・・わかんないよ・・・・」
Nは親指でSの頬を拭ってやりながら、そっと胸に抱き寄せた。
「・・・今の積み重ねが未来だから。俺は、Sが幸せでいてくれる事が一番大事。その為に・・・いつか俺が邪魔になるようだったら・・・引き下がる覚悟はあるよ。全部、おまえ次第。俺の気持ちより、おまえ自身の気持ちをよく見詰めたら・・・怖いものなんか何も無いだろ。だから、自分に嘘は吐くな。俺に嘘吐いたとしても、自分には吐くな。」
優しい声に顔を上げれば、やはり少し悲しそうに見えた。何故、そんな顔をするのかも分からなかった。
「ごめんなさい・・・僕、なんだか、おかしいんだね・・・」
「そんな時もあるさ。俺で間に合うなら、頼ってほしいよ。いつでも。」
Sはただ頷くだけで、Nの懐に顔を埋めて目を閉じた。
ただ好きで、それが嬉しくて、浮かれていた時期の終わりが近付いている事を、薄っすらと何処かに感じながら。
Nは久しぶりに、あの頃の夢を見ていた。
リアルタイムで全国区生放送されたドラフト会議当日。
指名された際に映るからと大学側が気を利かせて、会議室の一室を空けて机やマイク、席の背後には大学チームが今まで受賞してきたトロフィーの数々が飾られた。
待機しているテレビ局のカメラが一台、スポーツ新聞社のカメラマンも一人居た。チームメイトがそれを見守る構図で中継を見守った。
人の身体は、そう長く緊張感を保てないように出来ている。5巡目でTV中継が終わりネット中継のみになった。
ここまで来て呼ばれないのだ。部屋に居る者全員が疲労の色を濃くし、中にはこっそりと帰り支度を始める者も居た。
部屋全体を見渡せる高台に一人座っていたNは、中継が終わる前に立ち上がり、その場に集まった関係者やマスコミに長時間の労を労い、感謝し、そして期待外れの結果を謝罪した。
何の確信も自信も無かったのに、その年の有力候補だと新聞やネット掲示板で持てはやされてその気になったが、下馬評と噂話に踊らされただけだった。
Nはプライドがへし折られたとか、騒がれていたのに悲惨だったとか、陰で嘲笑されていたとか、夢と現実の差の見極めが出来なかったとか、大学側が当てにしていた”箔をつける”事が適わなかったとか、様々な負の感情が一気に押し寄せてきて、その反動で虚無に満ちた顔付き、態度になっていた。
それでも最低限の挨拶を欠かさないのは、スポーツマンシップと、僅かに残るプライドでもあっただろう。
その日足を運んでくれた関係者全てに頭を下げて回り、それが済んでユニフォームを着替えてから、灯りが落ち人気の無い構内を当ても無く歩いていた。
寮住まいだったせいで、逃げ場所が無かったのだ。
自分の学部でも無い構内をさ迷っていると、一つの灯りが点いた部屋を通り掛かった。
立ち止まってドアのガラスから見詰めると、女の子と見間違えそうな程華奢な男子学生が、一人黙々と縫物をしていた。
Nは、自分を知らない誰かと気晴らしに話でもしたかった。
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