Irregular

neko-aroma(ねこ)

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Irregular 7

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「じゃあ、あれは?やっぱり、セクハラ?こっちはいちいちドキドキして・・・やってることが意味不明。」
そうボヤキながら小さなテーブルに顔を突っ伏してしまった。
「あ~こりゃあダメだ。お泊りコースだな。俺が即食いしなくて済む程年取ってて良かった。」
苦笑しながら席で勘定を済ませ、潰れてしまったSの肩を担ぎ上げた。
工房が入るビルの最上階にKの部屋がある。来た道を引き返しながら、背負った方が早いと思い一旦道端の店の壁にSの身体を押し付けた。
「S君、明日、何時に起こせばいいの?予定、あるんでしょ?」
「ええっとお~買い出ししてぇ~Nさんにご飯作らなきゃだからぁ~8時には起きないと間に合わない~お母さん、8時に起こして~」
「お母さんて・・・」
Kは笑いながらSの両手を掴んで翻した自分の両肩に置いた。
「ほら、お母さんがおんぶしたんだから、しっかり掴まりなさい。」
「はぁあい。」
来た道を引き返すだけの僅か数分の間、Kは何とも言えない懐かしさを味わっていた。


翌朝、Kに起こされたが二日酔いの頭では正常な判断も怪しく、それでも水で顔だけ洗って慌てて部屋を飛び出した。
自室に直行してしまいそうになったのを寸での所で気が付いて乗り換えをし、Nの住む町の大きなスーパーで適当に肉や野菜などを買い込んでNの部屋に向かった。
合鍵も自分のキーホルダーに着いたままだし、勿論暗証番号も知っている。
Nの部屋に入り、簡単に掃除をして自分はシャワーを浴びた。髪に湯気が当たると、普段は嗅ぐ事の無い様々な匂いが立ち昇って来て二度シャンプーをした。
陶芸教室に通うまでは、普段の生活で匂いに敏感では無かった。
それが土の匂いを知り、やたらと接近する講師Kの匂いを記憶させられ、香水などでカバー出来ない肌本来の匂いが人それぞれにあるのだと知った。
身体も丹念に洗いながら、Kも含めた昨日の出来事の匂いをリセット出来たのか何度も確認した。知らない匂いを付けてNと会う事に気が憚れた。
何の変哲もない一日の出来事を雑談として話す事もあるが、昨日の出来事だけは何となく黙っていた方が良い気がしていた。
Sは料理が得意では無いが、Nが遠征や合宿から戻って来る日は簡単でも家庭料理を作る事を心掛けた。
同居しているわけでも無いし、女性のような細やかな気遣いも出来ないが、Nと恋人になってからはスポーツ選手のケアあれこれをネットで一通り調べる位はした。役に立つ事よりも、邪魔をしたく無かったからだ。
夕方近くになり準備もひと段落したところで、スマホの通知が鳴った。
Nが帰宅時刻を知らせて来たからだ。Sは「待っている」意味合いのスタンプだけ返し、そこで講師Kにお礼と謝罪の連絡を入れて居なかった事に漸く気付いた。
と言っても、連絡手段には教室として公表している携帯電話番号しか知らない。もし講義中なら、迷惑になってしまう。Sはその番号に短いSMSだけを入れた。すぐに別の携帯番号が記された返信があり、その番号からSMSを受信した。
『これ、俺の個人携帯番号。チャットアプリ何か入れてる?〇〇〇か△△△は使ってる?』
SはNとやり取りに使用している〇〇〇アプリでは無い方を選び、招待メッセージを送った。すぐに二人は繋がって専用のチャットルームが出来上がった。
「酔っぱらってご迷惑掛けたのに、ちゃんとお詫びと泊めて頂いたお礼が出来ませんでした。すみませんでした。」
『気にしないで。少しは飲めるって分ったから、今度又行こうね。』
「ありがとうございます。お酒は最初の一杯だけって決めました。」
『ふふ。そうやって鍛えられていくもんなんだよ。Nさんのご飯は間に合った?』
Sは心臓が止まってしまうかと思う程驚いて、スマホを持ったまま暫く固まってしまった。レスを打つ指が震えていた。
「僕は何か余計な事を喋ったんでしょうか?」
『Nさんのご飯の準備があるから、お母さん、明日8時に起こして、って言ってた(笑)』
「・・・・すみませんでした。」
『今度から俺の事、お母さんて呼んでくれていいよ。』
「次の教室に伺います。ご馳走様でした。ありがとうございました。」
Sはスマホをテーブルに伏せて溜息を吐き、ソファーに力無く倒れ込んだ。
酔った勢いで、秘密を喋ってしまったのでは無いか。それをKに問うのも気が重い。一度口外したら、どんな言い訳をしても聞かなかった事にはならない。
自分の軽率な行動で、Nの選手生命に被害が及んだり関係にヒビが入るのが怖かった。
暗い気持ちが二日酔いのように頭にのしかかって来そうな気がした時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~お、いい匂い。煮物?」
「おかえりなさい。」
笑顔で出迎えたSに微笑み返して、Nは洗面所へ直行し念入りにうがい手洗いをした。世界的に感染症が大流行してからは、お互いに悪影響が及ばないようにと欠かさずのルーティンだ。
「ご飯、時間計算してスイッチ入れたから炊き立てが食べられるよ。」
「色々ありがとう。」
Nはソファーに座っていたSを軽々と抱き上げ、立ったまま懐に抱き入れた。
「ちょっと充電させて?」
そのまま寝室へ直行してベッドの上でSを抱き締め、首筋に顔を埋めた。
「試合の結果、聞く?」
「うん。」
「大勝利。俺は2ラン打った。」
「おめでとう!」
Nの下敷きになっていたSはNを強く抱き締め、背を何度も叩いた。
「これで、開幕戦に弾みがついたね。絶好調?」
「ああ。おまえが側に居てくれたら、不調でもすぐに上向く。なあ、S。一緒に住みたいんだ。検討してくれないかな。」
「・・・僕は多分、Nさんの為にしてあげられる事は、少ない。役に立たないのに、一緒に住んでも・・・」
「俺の為にだけ生きろなんて、言ってないだろ?何処に居て何をしても自由だ。ただし、お互いが帰る場所は一つにしたい・・・それだけだよ。」
「Nさん、僕らの事・・・誰か他に知ってる人は居るの?」
「・・・居るって言ったら、ガッカリするのか?居ないって言ったら、安心するのか?」
Nにしては珍しく、曖昧な質問返しで逃げようとしていた。
Nは普段、Sとは駆け引きなどを好まない。付き合い始めの頃、四六時中試合の中で駆け引きだらけだから俺とはそういうのは無しにしてほしい、と先に釘を刺して来たのはNの方だ。
Sは苦笑を浮かべてNの頬に手を添えた。
「今まで、ただ会える事が嬉しくて・・・何も考えた事が無かったんだ。ちょっとだけ、そういうのを考える機会があって。まだ、僕はどうしたいってのが正直分からない。外で手を繋ぎたいとか、知り合いに認めて欲しいとか、家族に受け入れて欲しいとか・・・考えた事も無かったから。」
「なにか・・・あったか?」
「うん・・・まあ・・・大した事じゃないんだろうけど・・・聞いてくれるの?」
「当たり前だろ?俺はおまえの何でも・・・全部知りたいって思ってるけど・・・そういう詮索みたいなのはほら、嫌われる元だから・・・」
「え!そうなの?なんだ、いつも何も聞かないから、興味が無いのかと思ってた~」
「恋人の事なのに興味が無いわけ、あるか。」
「ごめん、気付かなかった。下らない話しか無いけど、今度から言うね。」
「うん・・・おまえは?Sも俺にあんまり聞いて来ないよな。」

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