僕の半分ーDye it, mix it, what color will it be?ー

neko-aroma(ねこ)

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僕の半分<sound of WAVES>

僕の半分<sound of WAVES> 7

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幸いにもジユルの部屋にも盗聴盗撮器は設置されてはいなかった。
その調査員にストーカー対策術を幾つか聞いて、帰った後にハソプはジユル事務所社長に連絡を入れた。
そこで協議した結果、ジユルの送迎は日替わりで降りる階と階段使用をランダムに変化させ、ストーカーをかく乱すると言うものだ。行先がジユルの部屋でもハソプの部屋でも同様にだ。マンションビルの出入りの際に顔を隠すよう心掛け、暫くはそれでしのいでみようと結論が着いた。
ジユルの”先輩”の勤め先は大手金融会社だ。
土日公休なので平日の朝は来ない筈・・・しかし、ストーカーに常識など当てはまる分けが無い。性善説や思い込みは払拭して常に最悪のケースを想定して動け、とは例の調査員からのアドバイスだった。
撮影も後半戦に差し掛かり、演技や現場に慣れてきたジユルは、自分でも波に乗ってきた感があり毎日の出勤が楽しみで仕方なくなっていた。
しかしスケジュールがタイトになれば、それに反比例してハソプとの時間が短くなる。最後に抱き合ったのがいつだったのか、それさえも曖昧になる程多忙な日が続いていた。
撮影所近くの銀杏並木が黄金の葉を着けた頃、送迎の車窓からそれを眺めるごとにジユルはその歩道を歩いてみたい願望を募らせていた。ハソプの好きな黄色の道を、手を繋いで歩く事が出来たならどんなに素敵だろうか、と。しかし、こうなってしまっては現実には到底無理だ。
この頃のジユルは、撮影所の出待ちの中から声高な歓声を受ける事が度々あった。
アイドルでも有名でも無い駆け出しの俳優にそのような事が起きるなど、ジユルは戸惑った。すぐに社長のガードが入る為、そのファンらしき人々と直接のやり取りをする事は皆無だったが、毎日のように同じ顔ぶれがあるのをジユルでさえ覚えてしまった。
ある日、そこに見慣れない人影を見た。”先輩”だったが、ジユルは社長に背を押されて目も合わせずに撮影所を出た。
「社長、今、出待ちの中に”先輩”が居ました・・・」
「え?話を、着けてくるか?」
「怖い・・・です。」
「車、中から鍵を閉めてここで待ってろ。俺が話して来る。」
社長は車から出て行ったので、ジユルは言う通りに内側からロックを掛けた。
社長は出待ちの人混みの中をぐいぐいと進んで行ったが、ジユルのマネージャーだとファンなら誰もが知っていたから、プレゼントやファンレターを渡したいと何本も手が伸びて来て動きを阻んだ。社長に気付いて逃げようとした”先輩”を、寸でのところで手首を掴んだ。
「君、パク・スンヒョン君だよね?」
”先輩”は目を見開いて社長の腕を振りほどき、駆け出した。
「待てっ!!!」
逃げようとしたものの、人混みと縺れる足で先に進めず”先輩”は転んで呆気なく社長に捕まった。
「ちょっと、話をしようか。」
社長は逃げられないよう”先輩”の肩を抱き、引きずるように建物の陰に連れ込んだ。
「な、なんですか。」
「ふうん、しらばっくれて”ただのファンです~出待ちしてただけです~”って?逃がさないぞ?」
「・・・俺が何をしたって言うんですか?」
「君、今日は平日だけど、〇〇ファンドはどうした?有給取ってまでストーカーか?」
「なっ!!そんな事していないっ!」
「へえ、そうか。」
「なんで俺の名前や勤務先を?」
「そんなの決まってるだろ?君が、掲示板にプライベート写真を貼り付けたりするからだよ。幸い、良心があって助かった。すぐに削除してくれたからな。だが、一度ネットに上げたら地球が滅ぶまでネットの中に生き続けるんだよ!売り出す前から傷物にして、どうしてくれる!?お前は、何が望みなんだ?」
「・・・ただ、会いたかっただけです。」
「卒業してから一度も連絡寄越さなかった奴が?」
「随分と調べ上げてるんですね・・・」
「当然だろ?何かあってからじゃ遅いんだ。もう済んだ事だろ?終わらせたのは君の方なのに、何故今頃になって蒸し返してんだよ?ジユルがどれだけ怖い思いをしているのか・・・そうやって恐怖でジユルを支配しているつもりなのか?ええっ?」
「ふふっ。ジユルは俺を忘れられないんだ?」
薄ら笑いを浮かべるパク・スンヒョンに、社長は思わず振り上げてしまった腕を所在なくゆっくりと下ろした。
「何が望みだ?」
「叶えてくれるんですか?」
「内容によりけりだろう?じゃなければ、弁護士か警察の世話になるだけだ。100歩も200歩もこちらが譲歩していると、何故分からない?」
「一度、会わせて下さい。」
「それが叶えば、二度と目の前に現れないのか?ジユルに関する名誉棄損行為を止めるって事か?」
「多分・・・でも、そちらの出方次第では分かりません。」
「どうして犯罪予備軍の真似事をしている奴に、条件出されるんだよ?偉そうに。」
「会わせてくれるんですか?」
「二人きりはダメだ。君があんな事をしたんだから当然だろ?俺が同席する。それが飲めないなら、君の実家と会社に内容証明を送付するだけだよ。」
「じゃあ、俺らの会話に口だししないで下さい。」
「こっちは譲歩して君の無理な願いを聞いてやろうって言うのに、条件だせる神経はどうなってるんだ?」
「ええ、狂ってるんでしょうね、ジユルに。」
社長は呆れた顔で溜息を吐いた。
「平日に有給取れるんだ、こちらが指定する日に休みを取るなんて簡単だろ?撮影のスケジュールがあるから、余裕のある時に連絡する。」
「分かりました。携帯番号も知ってるんでしょ?そこに電話掛けて下さい。ムンチャ(SMS)でもいいですよ。」
「君の無理な条件を飲んでやるんだ。今からジユルの後を着けたりネット暴露したり、一切の迷惑行為をするな。」
「分かりました。そちらも約束を反故にしないで下さいよ。」
パク・スンヒョンは腕を掴んでいた社長の手を振りほどいて、又薄笑みを浮かべて背を向け歩いて行ってしまった。
社長は急いでジユルの待つ車へと駆け出した。車窓をコンコンと叩き、身振りで内鍵を開けるように指示した。
「こんなに時間が掛かると言う事は、話をしたんですね。」
「一度会わせろと言ってきたよ。想定内ではあるが、君は大丈夫か?勿論二人きりじゃなく俺も同席する。」
「・・・それで終わってくれるんでしょうか。」
「君次第だとも言ってた。日程はこちらから連絡するとだけ言ったよ。スケジュールと君の心の準備があるからね、即答は避けた。」
「ありがとうございます・・・余計な仕事を増やしてごめんなさい。」
「仕方ないよ。あんまり気に病むな。ハソプにもこの件を伝えるだろう?俺から連絡入れておくか?」
「今夜、自分で伝えます。」
「気が休まらないだろうけど、本当に、周囲に気を付けろよ?」


その日帰宅してからジユルはハソプの部屋では無く、自室に籠っていた。
体中の震えが止まらない。今まで、先の見えない恐怖を経験した事が皆無だったからだ。相手が何を考え、何を起こそうとしているのかが分からない。撮影も中盤を超えている。編集作業も着々と進んでいて、今月中にはティーザー第二弾が公開されると社長から聞いていた。万が一、ジユルが表舞台から去らないといけない事態に追い込まれてしまえば、ジユルの出演部分を他の俳優で撮り直しに加えて編集、印刷物などの名前差し替え、Web記事での訂正など修正に掛かる費用がどれだけ巨額になるのか、想像も付かない。その違約金、損害賠償を一生掛かっても払える訳が無い。
何より、愛するハソプが7年掛けて探し続けてくれた俳優としての自分を、不可抗力的にここで頓挫した形で死なせなければならない現実に怯えていた。
俳優としてでは無い自分を、この先もハソプが愛し続けてくれる確証が持てない不安は、どうにも払拭出来なかった。
どうしたら・・・ジユルはバスタブに張ったお湯の中でも震え続けていた。
冷めたお湯に気付いてジユルは漸くバスルームから出た。身体をよく拭く事さえ出来ずぽたぽたと全身から滴を垂らしながらドアを開けたそこに、ハソプが立っていた。
「う・・・うわーん。」
ジユルは濡れた身体のままハソプに抱き着き、声を出して泣いていた。
「濡れたままだと風邪を引くから。」
ハソプの静かな言葉に、ジユルは抱き着いた腕に一層の力を込めていた。
「こらっ。健康管理が出来るのも仕事のうちなんだぞ?まだまだ続く撮影に穴を開けたらどうする?ちゃんと拭いて、着替えなきゃダメだ。」
そう言って、ハソプはジユルが腰に巻き付けていたタオルをはらりと外して、全身くまなく拭き取ってやった。濡れた髪を拭き上げながら、ちゅっと短くキスをして微笑んだ。
「髪は後でドライヤー掛けるとして、ちゃんとパジャマを着ておいで。」
そう言って寝室へ押し込んだ。その間に持参した食事のセットを済ませた。しかし、いつまで経ってもジユルは寝室から出て来ない。濡れた髪のまま眠ってしまったのだろうか・・・と寝室に入ってみると、全裸のままで布団に包まり泣いているジユルがいた。
「髪、ドライヤー掛けるから。ご飯もちゃんと食べてさ。自分から具合悪くするような事しちゃいけないよ?」
「ハソプさん、抱いてくれませんか?」
「うん?いいよ。君が髪を乾かして、ご飯を食べてくれたらね。」
「今すぐ、抱いて下さい。」
「ううん、今は、君の言う事を聞けないなあ。ほら、起きて。」
「じゃあ、いいです。お帰り下さい。」
ジユルは頭まで布団を被って小さく丸まった。その布団が震えていた。
「ジユル君、社長から連絡貰って今日何があったか知ってるんだよ。君がいつも通りに連絡を寄こさないから、心配してる。一緒に考えたいのに、どうして君はそれを拒むの?俺ら、いずれは一緒になるんだろ?こういう予想外な問題は、これから幾つも俺らに降り懸って来る。その度に君はそうやって現実をボイコットするのかい?何の為に二人が居るの?次に問題・・・俺に問題が起きても君は逃げるつもり?」
「ハソプさんの一大事なら、逃げるわけないじゃないですか!」
布団を跳ね除けて怒るジユルに、ハソプは笑顔を浮かべた。
「な?俺も今、同じなんだよ。」
ジユルはばつが悪そうな顔をして、すぐにベッドから降り着替えを済ませた。
それからジユルはハソプの言うがまま従い、ハソプも寝る支度をしてベッドに横たわった。
「少し、話をしよう。」
ハソプはジユルを抱き締めず、間近に横たわって目を見詰めた。
「君が心配している事も分かるつもり。悪い結果を想定して対策を練るのも一つの方法だよ。だけどね、起きても居ない想像の世界に飲み込まれるのはよくない。君は、想像力が余り無いから・・・って口癖だったでしょ?どうしてこんな時ばかり、想像力逞しいの?ん?」
「・・・俳優を辞めなきゃいけないかもって。大きな違約金と大きなご迷惑を掛けた挙句、俳優じゃない僕に・・・ハソプさんはいつまで興味を持ってくれるのかなって・・・そしたら・・・怖くなって・・・」
横向きになっているジユルの目から、シーツに滴の跡が次々に生まれていた。
「君は、俳優に復帰してから、毎日向上しているんだね。細かく想像出来てるじゃない。演技もきっと、日に日に”写し”の回数が減ってるんじゃない?自覚はまだ無いかな?鍛えられている想像力でさ、今は、目の前の事に集中してごらん?君は”先輩”と会う事になってしまっただろう?その時、どんな会話でどんな表情で”先輩”に対峙したら・・・先輩が引き下がってくれるのか、想像してごらんよ。幾通りもあるだろう?全部だよ?それは、君の大事な舞台のリハーサルだ。」
「僕の・・・舞台?」
「全てに素直で誠意を持つのは人の理想だけど、そうしたからって上手く行ったり幸せにしたり出来ない事の方が多いんだよ。目指す所は何処?君の本音を伝える事?”先輩”の意を酌んで言いなりになってあげる事?双方の幸せ?目標を決めないと、全てがその場凌ぎなら結局は最後に自己顕示の押し付け合いで・・・破綻の結果しか生まれない。」
「僕は僕の、”先輩”は先輩の道を、このまま歩んで行ける事が目標です。」
「じゃあ、そこをゴールにして、君の中でセリフと演技を決めないとね。演出は難しいかもしれない。”先輩”の性格や話をよく観察しながら、アドリブも沢山入れなきゃいけないかもしれない。インプロ劇と同じかな。」
「何ですか?」
「台本無し、打ち合わせ無し、舞台に出てから相手役もしくは観客の反応を見ながら即興を重ねて物語を作っていく舞台だよ。これは想像力に長けて、打たれ強くて、物語を構築出来る力が無い役者には出来ない。社長が舞台の人だからね、君もいずれはこれを経験するかもしれない。それを”先輩”と会った時にしてみればいい。普通に考えたら胸糞悪い正念場の一つかもしれないけど、君は役者なんだ。一つの舞台、ワンシーンだと思えばいい。君が決めた結末に向けて、演じればいいんだ。嘘を吐けって言ってるんじゃないよ。分かる?」
「舞台・・・」
「俺さ、いつも思うの。苦境に追いやられた時こそ、コメディー要素が必要だって。蔑んで揶揄ってる訳じゃないよ。困った時ほど面白がっちゃえばさ、辛くても笑ってても時間は同じく流れていくからね・・・君の、泣いてる顔をあんまり見たくない。ここがドカドカ言って、具合悪くなる。」
ハソプはジユルの手を取って、自分の左胸に押し当て笑顔を浮かべてみせた。
「一人きりで泣かないで。今日だって一緒に考えたかったのに、君は引き籠りになっちゃうしさ。」
「ごめんなさい。」
ジユルが言った途端、ハソプはジユルをぐいと抱き寄せキスをした。温かくて優しいキスだった。
「君が君で居る限り、どんな結末になっても一緒に居るから。大丈夫。俺が着いてるよ。」
ジユルは何度も頷いて、抱き寄せられた腕の中でハソプの背を抱き締めた。

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