僕の半分ーDye it, mix it, what color will it be?ー

neko-aroma(ねこ)

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僕の半分<あびき>副振動

僕の半分<あびき>副振動 7

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オフィスのビルに到着し、荒れた息を整えながらジユルは非常階段をゆっくりと上がった。オフィスに行ってから人気の無い場所を探すより、この間に話が出来る。コールすればすぐにハソプの声に出迎えられた。
「ん?息が粗い?もしかして、走った?」
「はい。今は階段上がってます。僕もジョギング位しないとダメですね。」
「そんなに急ぎの用事だったの?」
「はい。お忙しいのは重々承知なんですが、今日、お時間取れますか?」
「なんだい?よそよそしいなあ。君は滅多にお願い事しないんだもの。君の為ならどうにでもするよ?君の退勤後でいいのかな?君の部屋?」
「いいえ。ハソプさんの部屋に行きたいです。ハソプさんも会社ですよね?」
「うん。連日打ち合わせばっかり。これから出る所だよ。」
「朝の忙しい時にごめんなさい。僕、今から申請してみるので分かりませんが・・・半休取ってお部屋に向かいます。」
「え?じゃあ、俺も出勤しないで待ってるよ。何かあればWeb会議に切り替えて貰えるから。何せ嘱託社員だから、俺。」
「ありがとうございます!じゃあ、半休OKかどうか、また後でメッセージ送りますね。」
午後12時半頃、手にはオフィスビル一階のカフェのテイクアウト用の袋を手に、ジユルはハソプの部屋に居た。
「どうしたの?早すぎない?」
「部屋に戻る時間が勿体なくて・・・タクシー使っちゃいました。これ、良かったらどうぞ?」
キッチンテーブルにはサンドイッチやらケーキやら、二人で食べるには多すぎる量の品物が並んでいた。ハソプは訝し気な顔付だったが愛想笑いを浮かべ、テーブルの上とジユルとを何度も見比べていた。
「なんだか・・・怖いなあ。君がこんなに何かを急いでるのを見た事が無いし・・・」
「ええ。僕もした事がありません。僕、先に食べちゃっていいですか?」
「うん、いいよ。俺も食べたい時に頂くからね。俺、今日は何処にも行かないから、ゆっくりお食べよ。消化に良くないから。ほらぁ。」
まるで丸飲みのようにして食べるジユルも初めて見る姿で、口端にマヨネーズソースを付けたままサンドイッチにかぶり付くジユルに手を伸ばし、口端のソースを指で拭ってやって、それをハソプはぺろりと舐めた。
「新作?美味しいね。」
ジユルに笑顔を向けると、子供のように目を細めてハソプに笑顔を返すジユルが愛しくて堪らなくなった。
「この甘いのは後で食べます。歯磨きしてきますね。」
バスルームには既にジユルの歯ブラシが据え置きされていて、半同棲状態だ。それを毎日目視する度に、ハソプは幸せな気分になっている。
「じゃあ、早速、話を聞いて頂いていいですか?ハソプさんはランチ、どうぞ?」
「うん。ありがとう。」
「ここからは・・・僕じゃなくて”イ・ジン”がお話します。」
「降霊術みたいだな。あ・・・茶化してないからね?」
「はい。毎日沢山送って下さったイ・ジンの出演作の数々ですが、俳優として最後のドラマ出演した作品を、配信で全話観ました。このドラマをちゃんと観るのも、ドラマに出演しているイ・ジンを見るのも、実は初めてでした。」
「”空を仰げば”だったね。あの当時、ヒット作だったんだよ。全部観たんだよね?ドラマとしても面白かったでしょう?」
「はい。次回が待ち遠しくなるような、そんな作りでした。僕は配信で見たから、ほぼ一気見でした。」
「イ・ジン君の最後の作品。素晴らしかったんだ・・・ごめんね、茶々入れて。黙って聞くよ。」
「はい。あの当時の事も、思い出す事が殆ど無かったので・・・観ながら少しずつ記憶が戻って来て、撮影時に監督さんやスタッフさんによく褒めて頂いたのを思い出しました。僕はその時、撮影を早く終わらせたい常套句かとばかり・・・でも、本音でそう言って下さっていたのかもしれません。あの当時、僕は作品や自分の演技を見返す事が出来なくて・・・怖かったんです。実力が無いのに、そこに、作品に、僕が居る事が。でも、配信で初めて作品として観たら、僕は、イ・ジンは、浮いてなかった・・・ちゃんと登場人物の一人でした。」
「そう、そうなんだよ!分かってくれて、ありがとう!」
ハソプは我が事のように、満面の笑みでジユルを強く抱き締めた。
「君・・・イ・ジン君だけが知らなかったんだよ?現場は皆、君を待ってたんだ。次も、また、見せて欲しくて・・・だから何度も引き留めたんだよ。それを、分かってくれたんだよね?」
「おこがましいですが、多分、はい・・・それで、僕に毎日資料を送ってくれたと言う事は、ハソプさんがそれらを持っているって事じゃないですか。ちゃんと見たいっていうのと・・・僕より僕を、イ・ジンをご存じだから、解説を頂きたくて今日来ました。」
「それなら、任せて欲しいよ。伊達に7年以上ストーカーやってないから!」
「以上?カフェで初めてお会いした日以前も?」
「うん、まあ、それは置いといて、何でも聞いて?イ・ジン君の出演作の事なら、全部答えられると思う。ストーカー以前に、ヲタクだな。」
ジユルは困惑の笑みを浮かべ、ハソプの腕をそっと解いた。
「僕の演技がその時どうだったのか、もっとよくするためにハソプさんならどんな演技指導をするのか、お聞きしたいです。」
「うん。俺は脚本家であって演出家では無いけど、俺がそのドラマを書いた作者なら、で仮定して話すね。何から観る?」
「本当に、全部、持っているんですね。」
ジユルは感嘆と困惑の狭間の顔付をしていた。
「俺を気持ち悪い・・・わけじゃないよね?」
「え?あ、はい。大丈夫です。頼りにして、今日、来ました。」
「じゃあ、特別に、見せてあげましょう。俺のコレクションを。」
自慢げにそう言って、ハソプはジユルの手を引いて、まだジユルが開けた事の無い部屋の前に立たされた。以前、物置代わりに使用している狭い部屋だから、とだけ説明を受けて額面通りに受け取り、開けた事の無かった部屋だ。
「絶対に引かない、俺を嫌いにならないって、約束してくれる?じゃないと、開けられない。」
「はい。お約束します。ストーカーだったと聞かされた時に、僕のびっくりは置いてきました。」
「ううん、それは・・・どうだろうか。」
ハソプは小首を傾げ、ジユルを見下ろした。
「じゃあ、開けますよ。」
ドアを開けて中を見渡したジユルの第一声は
「うっわ・・・・・」
だった。
「うっわ・・・は、無いわぁ~引かないって約束したじゃないの?」
「すみません、びっくりの限界値がここにありました。」
「取りあえず、説明するから」
壁にはクリアボードが設えてあり、そこに年代別にイ・ジンの資料が貼り付けられていた。マジックで説明書きがあり、ちらりと見ただけでも自分でも覚えのない情報がびっしりと書き込まれていた。当時の作品、制作会社、監督、脚本などの詳細事項が書き込まれており、別な色のペンで感想や問題点、修正すべきなら・・・などと書き込まれていた。
「これ、ヲタクの域を超えていますよね・・・ドラマによく見る犯人を追う刑事とか、サイコパ・・・いいえ、何でも無いです。」
口元だけ作り笑いを浮かべたジユルの目が泳いでいた。
「どの作品の解説が欲しい?そこの一覧表から言ってくれたら、こっちに本体があるから。」
「本体?」
「パソコンに全部入ってて年代別・作品別ファイルに整理されているんだよ。すぐに取り出せる。あくまで資料だからね。データ化させとかないとさ・・・」
「・・・なんだか、凄まじいですね。」
「そう?会社でも資料はデータ化されてるでしょう?同じだよ。」
「じゃあ、さっきの”空を仰げば”の資料をお願いします。」
「はいよ。あ、そこのソファーにどうぞ?」
ソファーの目前には白い壁があるだけで、何処で資料を見せてくれるのかと辺りを見回していると、パソコンからミニプロジェクターに繋がれた映像が壁に映し出された。
最初に資料として制作時期、制作会社、撮影期間、撮影スタジオ、ロケ先など詳細な記事が映し出され、制作や出演者たちのプロフィールがずらりと出て来た。放送日、視聴率、スポンサー等々それら詳細を5分位見せられた後、漸くドラマが始まった・・・と思いきや、イ・ジン出演部分だけが編集されている映像が流れた。シーンごとの終わりに、箇条書きの感想・問題点・修正案などがテロップ表示されていた。
「ハソプさん、これって・・・」
「うん・・・分析用と観賞用と兼ねてるかな。ドラマ全話を見直さずに済むから、短時間でチェック出来るよ。君が気になった所を言ってくれたら、解説するから。」
イ・ジンを目に掛けてくれて、7年間も探し続けてくれた情熱は嘘では無かった・・・ただ、ボーダーラインすれすれのような気もする。ジユルは困惑の表情のまま、壁を見詰めていた。
「あ、ここです。ドラマを観ていて、僕のこの表情が気になって。ドラマと合っていないような気がして。」
「何気ないシーンなのに、よく気付いたね。ここはね、監督が敢えてそうしてくれって君に”写し”をし直したんだよ。」
「何故、でしょうか?」
「この後、ラストに近いシーンでストーリーの流れの転換があるだろ?そこに繋げる為、この役は全てを知っているけど言えない苦しみを抱えた設定だからね。そして、君は監督の”写し”を寸分違わず100%演じ切ったんだ。この後、カットが掛かって拍手が起きたんだけど、君は覚えて居ないのかな。」
「ハソプさんが何故、それを?」
「スタッフとして、現場に居たから。君は覚えて居ないんだよね?俺も駆け出しで使いっ走りみたいなもんで、君と話した事も無かったから、覚えて無くて当然なんだけど。」
「だって、僕が辞める挨拶に行った時、最初の出会いだって言ってましたよね?」
「面と向かってはね。この最後のドラマの撮影時、ずっと居たんだ。一回も顔合わせて喋った事は無いけど。俺は君を見てた。」
「・・・そんな事って。」
「現場で君の演技や、監督指示への対応を見てたからこそ、引き留めたんだよ。」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「だって、君・・・ジユル君は”イ・ジン君”を忘れたがってただろ?どうして傷口に塩を塗るような真似、愛している人に出来るって言うんだよ?」
「それは・・・そうかもしれませんが・・・」
「隠してた訳じゃないよ。言う必要が、ジユル君には無いと俺が思っただけ。今の君に引き合わせてくれたのは”イ・ジン君”だけど、俺が好きになって愛しているのは、目の前の君だと言ったじゃないか。」
「・・・そうでした。ハソプさんはいつでも、僕を尊重してくれて・・・」
「混乱しちゃった?だったら、ごめん。俺が、悪い。」
「いいえ。僕が・・・鈍いから。頭が悪いから。」
「そうじゃないだろ?俺がイ・ジン君を諦めきれないのは、俳優としてって事、忘れないで。それだけ、俺にとっては原石・・・じゃないな、半分だけ磨かれた宝石みたいな感じなんだ。誰もが溜息を吐くような、きらきらの宝石に仕上げたい願望がずっと・・・だから、最後のチャンスだと思って口説いてるんだ。でも、世の中は自分の思い通りになんかいかないのも分かってる。俺は最後のチャンスを掴みたいだけ。」
ジユルは唇を噛みしめて俯き、挙句、顔を両手で覆って項垂れてしまった。
「独りに・・・する?」
そっと背に手を掛け、顔を覗き込むようにしてハソプが呟いた。
「いいえ・・・いいえ・・・今後も・・・僕の正念場には、いつも、あなたに側に居て欲しいです。」
顔を覆ったままくぐもったまま言ったジユルに、ハソプは眉間に皺を寄せて苦い顔をした。
「僕が、ずっと無かった事にしていた”イ・ジン”は、生きていました。中途半端に置き去りにした、その責任を取る時が来ただけだと思います。このまま過去にだけ生かすのか、未来を与えてやるのか。」
「ジユル君、俺が君を苦しめている・・・んだよね?ごめん。」
ジユルは顔を上げ首を振った。作り笑いを口元に浮かべ、また、首を振った。
「ハソプさんを手放したくないです。となれば、いつかは対峙しなきゃならない。だって、イ・ジンはこんなに愛されていたんだから。」
ジユルはその資料や映像を指差して、ハソプを見上げた。
「使い方を教えて下さい。やっぱり、このお忙しい時にハソプさんの時間を奪いたくない。一人で観ます。」
「ううん。俺はどっちでも構わないんだよ?君に関わる事だから。時間は惜しくない。」
「ありがとうございます。でも、僕に時間を使ってくれるなら・・・ベッドでの方が嬉しいので・・・」
背けた顔の耳元が赤くなっていた。ハソプは文字通り鼻の下を伸ばし、半開きの口で何度も頷いていた。
「じゃあ、教える。削除だけは絶対ナシ。いい?」
パソコンの画面を見ながらファイルの分別や取り出し方などを教え、リビングのデスクで作業しているから気軽に声を掛けるよう言い残し、ハソプは資料部屋を出た。やはり気になって仕方が無いので時折部屋を覗きに行ったが、身を乗り出してスクリーンに釘付けのジユルに声を掛ける分けにも行かず、あと10分経ったらコーヒーを入れてあげようと薄く開けたドアを閉めた。
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