僕の半分ーDye it, mix it, what color will it be?ー

neko-aroma(ねこ)

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僕の半分<あびき>副振動

僕の半分<あびき>副振動 5

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勝手に自分をキャラクター化した事より、愛読して妙な親近感や少しの違和感を感じていた理由全てが解けた気がして、ハソプの豊かな想像力と脚本家・執筆の力に驚愕していたからだ。
目の前で子供のように「嫌われたくない」と泣いているこの大柄な男が、これだけの繊細さと執筆の技術力を持っているだなどと、信じ難い思いだった。
では大好きだったあのドラマも、あの小説も、全部自分が登場していた事になるのか・・・それを考えると自然に笑いが込み上げて来て、ジユルは遂には声を出して笑っていた。
「・・・ごめん。本当に、勝手な事をしてきて、ごめん。」
しきりに謝るハソプに首を振って、暫く思い出し笑いのようにジユルは笑うのを止めなかった。
「僕は子役で俳優を辞めた後の数年・・・誰かが僕を演じていたのかと思うと・・・何だか不思議で、でも、おかしくて。」
「ごめん。」
「もう、謝らないで下さい。僕は・・・イ・ジンはあの後も、生きていたんだ・・・凄い事ですよ。僕が辞めて死なせたのを、ハソプさんが救命しただけじゃなく、引き取って育ててたんだ。お父さんだ。」
「お・・・父さん?」
「はい。勿論、僕がハソプさんを愛していなかったなら、裁判沙汰です。二次利用の名誉棄損でしょうか。」
「あああ・・・」
「冗談ですよ。ハソプさん、今夜時間を掛けてその他の質疑応答をしましょう。夕ご飯を作って下さい。やっぱり、お腹が空きました。」
「許して・・・くれるの?」
「もう、過ぎちゃった事です。結果も出しちゃってます。僕が許そうが許さまいが、何も変わりませんよ?」
「変わるよ。君が俺を嫌なヤツだって・・・捨てるかもしれない。」
「捨てませんよ。もう、心も・・・身体も、ハソプさん無しじゃあ考えられないです。」
「本当に?でも、許す気は無い・・・のか?」
「だから、そこまでの感想は無いです。僕が思うのは、ハソプさんとこの先も一緒に居たいと思う気持ちだけです。ご飯・・・食べましょう。」
ジユルに腕を引っ張られ、二人はキッチンに並んで立った。
他愛無い話をジユルから投げ掛けてハソプが短く返す、いつもと逆のパターンで会話は途切れなかった。ジユルの精一杯の気遣いだった。
ジユルは不慣れながらもハソプに教わりながら野菜を刻み、ちょっと具材が大きめのチャーハンを作って食べた。
食後にジユルがシャワーを済ませ、据え置きの黄色いパジャマに着替えてソファーに座った。
「話の続きをしましょう。ハソプさん、今日だけは持ち帰りの仕事、お休みして下さい。」
「うん。そうする。」
「また叱られた子供みたいになってる・・・僕、怒ってませんよ?はい。抱っこして下さい。」
未だギクシャクした動きで、ハソプはジユルの隣に腰を下ろした。ジユルはすぐに両足をハソプの上に乗せ、首に縋って身体を持ち上げたかと思うとそのまま膝の上に座った。
「あ・・・後ろから抱っこして貰ったら、僕の顔見えませんよね?今は・・・見ない方が話しやすいんじゃないですか?」
言いながらジユルはハソプの足の間に背を向けて座った。強引にハソプの両腕を取り、自分の腹を抱かせた。
「ふふっ。続きを聞きます。”Qoo”の正体ががハソプさんで、僕の事を毎作登場させてくれたんでしたね?その先は?」
「う・・・ん。チュソクの時に君に読んで貰ったコピー誌の・・・脚本を今、俺が書いてる。君のアイディアも盗用した。」
「盗用って!あんなの雑談の域でしょう?それで、出来上がったんですか?」
「うん。第一稿は。これから細かい打ち合わせを入れつつ、書き直しの作業に入る。それが出来上がる前に・・・キャストオーディションがあるんだ。」
「・・・それで?」
「今回は、韓国にある芸能事務所宛に告知が行く事になった。事務所に所属している俳優にしか、オーディション資格が無いという事。」
その後、ハソプは溜息ばかり吐いて寡黙になってしまった。とことん付き合うつもりのジユルは急かそうともせず、ただハソプの両腕に手を重ねて指でトントンとゆっくりリズムを取っていた。
「俺は・・・今回も勿論、イ・ジン君配役で脚本を書いた。書いているうちに・・・もう、君が演じる以外、考えられなくなって・・・ダメかな?イ・ジン君に出演して貰えないかな・・・?」
「ハソプさん、折角ですが僕には資格が無いんですよ。俳優辞めちゃってるし、オーディション資格の事務所にも所属していません。それに・・・俳優に復帰したいとも思っていません。辞めてから、時間が空きすぎてます。ハソプさんが・・・僕を探し続けてくれた年数分、僕は普通の暮らしをしていたんです。今更・・・ですよ。」
ジユルの肩にふわっとハソプの髪が掛かった。がくりと首を項垂れたせいだ。まるで元気付けでもするように、ジユルはその頭を片手でぽんぽんと叩いた。
「本当に・・・ダメなのかな?俺は・・・君を得て、イ・ジン君を・・・諦めなきゃならないのかな・・・・」
これにはジユルも少しだけ憤慨した。重ねていたハソプの手を思い切り抓った。
「ったあっ!!」
「欲張りな事ばっかり言うから、お仕置きですよ。」
ジユルはハソプの抓った箇所を擦ってやった。
「ごめん・・・分かってるんだ・・・本当に、ごめん。君に・・・全部許して貰った上に、これじゃあ余りにも図々し過ぎる事も・・・本当に、ごめん。」
ハソプはジユルを抱き締め、背後からその肩口に顔を埋め消えそうな声で何度も謝っていた。
「もう、寝ましょうか。ハソプさんは土日関係なしに、忙しいでしょう?」
ジユルは立ち上がり、ハソプの手を引いて寝室へ促した。
その夜、ジユルがどう誘ってもハソプは勃たず、何度も寝返りを打っては眠れない様子だった。



翌朝、パンとコーヒーをジユルが準備してハソプはそれを流し込むように食べ、玄関先でハグと重ねるだけのキスをして、会社に向かう丸めた背中をジユルは見送った。
ジユルは表では平静を装っていたが、内心は非常に困惑していた。
自分が業界を離れている数年間、ハソプはずっと第一線で活躍してきたのだ。その実力と共に、そこから落ちないように奮闘し続ける事がどれだけ大変な事だったか。毎日のように常に何かに追われ、何かと闘ってきただろう。その辛さの毎日でスキルを磨き上げ、今に至るのだ。一朝一夕に出来る事では無い。自分のように、そこから”平凡”に逃げて、常に凪の中に揺蕩い生きて来たのとは、分けが違う。
それでも、就活で苦労もせず縁故入社とは言え、社会人になって大勢の見知らぬ他人と意思疎通を交わし、何か一つのものに意識を集め続ける事の困難さ、一つのものが完成し世に放った時の達成感。
想像力が欠如していても、経験値でハソプの仕事の過酷さを感じる事が出来る。
その厳しい世界を生き抜いて来た屈強な筈の男が、あのように落胆して魂が抜けたようになってしまうものなのか。
その数年間ずっと渇望し続け、なおかつそれが糧となり、奮い立たせていたというのか。その支えを、もしかして、自分がへし折ってしまったというのか・・・
ジユルは混乱していた。
ハソプが書き続けてきたイ・ジンは、現実の自分では無い。ハソプの作り上げた想像の産物に過ぎない。
だが、その手掛けたドラマを観て、奇妙な既視感や親近感が湧かなかったか?そのドラマ小説を読んで、自分と酷似していると都度驚かなかったか?ハソプが描く幻想の自分は・・・知る筈の無い自分に、影のようにぴたりと寄り添い、形が同じでは無かったか?
「想像だけで僕の半生を・・・あんな風に作品に投影出来るものなのか・・・僕を見た、あの一瞬だけで・・・?」
ジユルは本棚にある”Qoo”の本を、端から読み耽った。
すぐに見付けられる、もう一人の自分。この物語も、あの物語も、全ての作品で、まるで学生時代の卒業アルバムで自分をすぐに見つけ出せるのと同じ感覚だ。
改めて驚き、ジユルは床に座り込んでしまった。
ハソプの作家としての力量だけでは無いだろう。如何に自分を、自分の内側の奥の奥まで見詰め、見抜いて、それを作品に投影させていたかを思い知った。
これは、単なる観察眼だけでは無い。数年間の彼の強い想いが、もう一人の自分に息を吹き込み、生かし続けたのだと。ハソプが書き続けた事で、イ・ジンとアン・ジユルは同じ時を生き続けて来れたのだと。
7年も、ずっと同じ熱量でハソプが自分を求め続けてくれていたのだと、ジユルは悟った。この人生で、これ程自分を求めてくれる人にはもう出会えない気がする。その自分がイ・ジンなのかアン・ジユルなのかは見分けが着かない。それでも、自分には変わりない。
その深い想いに、どうやって応えていけば良いのだろうか・・・
実は、ジユルは俳優には未練があった。
親に敷かれたレールの上から外れるのが怖くなり、子役を脱皮して新たな汽車に乗り込む事が出来なかっただけだった。
ハソプの言うように、自己肯定感が低い性格は時に正しい判断をし損ねる場合がある。
ジユルは、想像力に乏しい、だから演技にも幅が出ない。それを認めるのが怖くて、作品を、自分の演技を見返してチェックする事が出来ない。
でも本心は、ワンカットごとに上手くなりたい。別人の人生を演技で謳歌してみたい。その願望とのせめぎ合いで、常に敗北してきただけだった。
自分を活かす方法が、分からなかったのだ。
子供の視野や力など限界値は低く、その方法を探す情熱も気力もすぐに失せてしまった。だからこそ、諦めの半生であり、何も無い凪の海原に留まる事を決めたのだ。
何度も何度も自分に嘘を着き、騙し、平凡を歩きさえすれば、渇望のものが手中に収められない代わりに、荒波に揉まれる事も無い。望まないから、裏切られずに済むだろう。
でも、本心はどうなのか?自分で敷くレールなら、もっと安全に進めるというのか。その安全な景色は、素晴らしいものなのか。
ハソプは自分のその幼い葛藤まで見抜いて、7年掛けて自分を諦めず探し続けていたのだろうか。抜け殻になって置き去りにされたイ・ジンに息を吹き込みながら、生かし続けながら、自分に返す為に。
執念にも似たハソプの7年間を愛だとは思わないが、そこまで強い思いをジユルは知らない。
「僕は、何をやりたくて、何になりたかったんだっけ?」
ジユルは大きな衝撃を受けていた。素懐。自分の真の希望だ。
「もう、逃げるのは止めよう。ハソプさんと出逢った事は、僕にやり直すチャンスが来たって事なのかも・・・」
ジユルは一つ一つ丁寧に過去を見詰め直し、整理をつけ、7年間避けてきた自分の本心と真正面から対峙し、冷静に、かつ燻っていた種火を起こす作業に取り掛からなければならなかった。
この気持ちを上手く言葉に言い表せないが、聞いて欲しいと思えるのは、やはりハソプだけだ。
ハソプが求める答えに辿り着けない可能性もあるけれど、一つ一つ熟慮して答えに近付く間、ずっと側に居て欲しい。ジユルは心からそう願っていた。


今日は土曜日だ。週末に会えても会えなくとも部屋に来る。ジユルはそう言っていた。
では、昨日もう会ったのだから、今夜部屋に戻っても居なくなっているだろうか。昨夜酷い話をしてしまった。抱く事も出来ず、気まずい空気の中にジユルが居る筈が無い。
ハソプは自分自身に、ネガティブキャンペーンを打ち続けていた。
オフィスに行っても慌ただしい空気の中で、自分は異端児にしか思えず、腰を落ち着けて臨める環境では無かった。
「今日はもう、帰ってもいいですか?何かあったらWeb会議で呼び出して下さい。」
ハソプは1時間もしないうちに会社を出た。
どうせ部屋に戻っても、誰も居ないだろう。週末の混雑した雑踏に紛れるのも、今日は疲れる。
7年もの強い願いを断ち切るには、どう整理をつけたら良いのだろう。答えは既に昨夜出てしまった。これで終わり、だと。
意気消沈して部屋のドアを開けると、未だパジャマ姿のジユルが出迎えて驚いた。
「どうしたの?帰らなかったの?」
「週末はまだ続いていますよ?帰った方がいいですか?」
「いや、いいや。」
ハソプは気が抜けたかのように、ジユルの肩に両手を回して体重を乗せて抱き締めた。
「ちょ・・・重いですよぅ。帰ったばかりでお疲れでしょうけれど、ランチを食べに行きませんか?この近所、歩いて行ける店に。僕、周辺検索して行ってみたいカフェを見付けました。」
「うん。いいよ。じゃあ、着替えておいで。」
「はい、ありがとうございます。」
ジユルの態度は普段と全く変わりが無かった。
それに安堵半分、落胆半分でハソプは仕事カバンを置きに部屋の中へ入った。ふと目にした本棚が少し乱れているのが気になった。ソファーに目を向ければ、読み掛けなのか”Qoo”の本が開いて逆に置かれていた。
ハソプがあんな事を告白して、ジユルが俳優復帰の件をきっぱりと拒んだのに、これを読む意味は何だろう?単なる暇潰しなら、スマホで十分なのに。ハソプは溜息を吐きながら、ソファーの本を棚に戻そうと手に取った。
「あ、ごめんなさい。それ、読み掛けなので戻さないで下さい。」
寝室で着替えたジユルが駆け寄って、ハソプの手から本を取った。ポケットからクリップを取り出して読み掛けだった箇所にそれを挟み、再びソファーに置いた。
「さあ、出掛けましょう。」
ジユルはハソプの手を取って促した。

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