僕の半分ーDye it, mix it, what color will it be?ー

neko-aroma(ねこ)

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僕の半分<あびき>副振動

僕の半分<あびき>副振動 4

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ジユルは週末に部屋に来ると言っていた。それは金曜か?土曜か?一日前に帰宅出来たのだから・・・と、ハソプは部屋の掃除に余念が無かった。
冷蔵庫の中身をチェックして、明日、会社に寄った帰りにスーパーに寄ろう。ジユルの好みは女子学生みたいな感じだったけど、そのチョイスでいいのかな・・・などと、全てをジユルに結び付けて考える事を、ハソプは何より幸せに感じていた。
翌日、会社に仕上げた全脚本を提出し、スタッフ全員で閲読を開始した。全員が赤ペンを手に脚本にチェックを入れていくのだ。ハソプはそれを待つ間を利用し、会社付近のスーパーに立ち寄り、車に荷置きしてまた会社に戻った。
会社に戻ると、なんとスタンディングオベーションで迎えられた。
「10日間でよくここまで仕上げたな。こんなにアイディアに溢れているのは・・・君一人の頭でやった事か?」
「いやあ・・・なんというか・・・」
照れたように頭を掻くハソプなどお構いなしに、全員が赤ペン先生になったスタッフに取り囲まれた。
「もう既に全部を先方の会社に送っています。どの程度の直しが入るか分かりませんが、OKが出た段階でキャストオーディション作業に移りましょう。」
「オファーじゃなく、主役も含めてオーディションですか?」
「ハソプ先生、これは私のミスなんだが・・・」
上司が近付いてきて、ばつの悪そうな顔つきをしてみせた。
「草案でOK出した時に、だいたいのイメージで俳優を限定して、それに見合わせた感じで描いて貰えば良かったんだが・・・私もアノ会社からの仕事という事で浮かれてしまったんだな。ごめん。」
「いいえ、元々、キャストの固定概念無しに書くのが俺のやり方なので。」
「君、希望のキャスト、居るの?」
「ええ・・・居ない事も無いですが・・・今回は全員オーディションと言うのなら、それで進めましょう。通知は、芸能事務所だけでいいのかな?」
「一般募集掛けると、それだけ予算も時間も手間も食います。大作ですから、各芸能事務所に告知だけでいいんじゃないでしょうか。」
「じゃあ、募集要項と開催日、事前テスト用脚本を渡さなきゃな。」
「あの・・・参加資格は、芸能事務所所属の俳優タレントだけですか?」
「そうだろうな。フリーには、こちらからの募集告知が届きようが無いから。」
「じゃあ、劇団とかにも告知が届かない?」
「劇団が持つ事務所に行くだろう?何、そこに食い付いてるの?誰か、ハソプさんの知り合いにでも受けさせたいの?」
「いやぁ、ううん、そういうわけでは・・・」
明確に答えないハソプを置き去りに、スタッフらは”オーディション告知”という新しい作業に取り掛かり、オフィスは急に慌ただしくなった。
「2~3分のテスト用脚本書いて。主要登場人物全部入れて数本、何処切り取っても審査対象になれるようにね。じゃ、よろしく。」
上司はハソプの腕を叩いて、自分の執務室へ行ってしまった。
「オーディションの条件もあるのか・・・」
ハソプは頭を抱えながらも、雑然としたオフィスの中で新たなテスト用脚本を書き始めた。
感情の起伏が激しい方が俳優らは演技しやすいのだろうが、敢えて淡々としたやり取りを設定した。
ある一つのシーンを想定する。
だが・・・万が一、ジユルがこのオーディションを受けられたとして、想像力が無いと聞いているから、見知ったような場面を想定したら、演じる事が・・・もしかしたら・・・
ハソプは初めて、公私混同した執筆をしていた。
朝鮮王朝と宇宙人の無能TOP同士の頓珍漢なやり取りに、主要登場人物が絡んでいく場面を書き始めた。これなら、数年ぶりの演技でも可能かもしれない。日々の会社の出来事だと思えば、簡単に想像出来る筈だ。
ハソプは取りあえず指定より少し長めの、4-5分設定の脚本を一本書き上げた。
「先方の会社からOK出ました!」
「即答だな。余り素直でも心配だな。後から難癖みたいな変更追加して来るんじゃないか?」
「そこは、変幻自在のハソプ先生の腕があるから。」
上司やスタッフらの会話も耳に入らない程、ハソプは頭を悩ませていた。
ジユルを説得して何処かの事務所に所属させるのが先か、それ以前に今までひた隠しにして来た数々の秘密を吐露して、許しを乞うのが先か。
自分の真の望みは何だ?ジユルを失わない事か。ジユルを俳優に復帰させる事か。
ハソプは迷路に迷い込んだのと同然に、終わりの無い輪の中を旋回するばかりだった。
ジユルが部屋で待っていてくれるかもしれないという浮かれ気分はとうに消え去り、何故こんなに食材を買い込んだのか思い出せない程呆然自失の状態で、ハソプは部屋に帰宅した。
玄関のドアを開けた途端部屋の灯りが出迎えて、ハソプは漸くジユルが待っていたのだ、と思い出した。
「お帰りなさい。」
ジユルは笑顔で出迎え、両手に下げているビニール袋を受け取った。
「何を作ってくれるんですか?」
満面の笑みで見上げるジユルに、愛想笑いも上手く作れず、ハソプは固まったように立ち尽くした。
「・・・何か、あったんですね?」
ジユルはハソプの両手を握り、伏せがちなハソプの目を下から覗き込んだ。
「じゃあ、夕飯作ってから・・・」
ハソプはゆっくりとジユルの手を解こうとしたが、ジユルはそれを引き留め首を振った。
「こんな状態じゃ、折角作ってくれてもハソプさんは喉を通らないと思います。僕は定時でお腹が減っているから・・・買い物袋に何かあるかな・・・」
ジユルは袋の中をガサゴソと中身をより分けて、いつだったか好きだとハソプに教えた甘いチョコ菓子を見付けた。
「これ、僕の為に買ってきてくれたんですよね?これを先に頂きます。ハソプさん、シャワーでクールダウンしますか?それとも・・・僕と話をしますか?僕、ちゃんと覚えていますよ。ハソプさんが、僕に話したい事があるって言ってたのを。」
ジユルは笑顔のまま、ハソプを見上げていた。
「じゃあ、シャワー浴びて来る。ジユル君、ごめんね。」
「ルール、厳守します?そんな気に、ならない?」
ハソプは無理に笑顔を作り、片手でジユルを抱き寄せ、ただ重ねるだけの口付けをした。
シャワーから戻ると、ソファーに座ったジユルの脇にはチョコ菓子の空き袋があり、ハソプを見上げながら隣の位置を手でポンポンと叩いた。
ハソプは首を振って冷蔵庫から水を出し、一気に飲み干してからジユルの足元の床に正座した。
「どうしてそんな場所に畏まって座ってるんですか?こっちに・・・」
ハソプは深く溜息を吐き、暫く項垂れては何度も首を捻ったりしていたが、やがて意を決したのかジユルの目を真っ直ぐに見詰めていた。
「君に話さなきゃいけない事と、どうしても聞いて欲しい事がある。俺自身、順序良く話せない。言葉足らずで君に誤解をさせるかもしれない。俺は今、瀬戸際に立ってる。君を・・・失うかもしれない瀬戸際だ。」
「そんなに深刻な話なんですか・・・もしかして、本当は奥さんやお子さんがいらっしゃる・・・とか?」
ハソプは首を振った。
「ごめんなさい。僕の話を聞いてくれる時は、どんな話でも腰を折らず、最後まで静かに聞いてくれましたよね。僕もそうします。ハソプさんの話が終わるまで、黙って、ここでお聞きします。何処にも、途中で逃げ出したりしません。約束します。最後まで、お聞きします。」
「ありがとう。本当に、言葉足らずで・・・誤解されるのが怖い。君に、伝わらないのが怖い。伝わっても、蔑まされても仕方ない事なんだ。話すのが怖い・・・怖いけど、もう、隠し通せない。」
「大丈夫です。全部お聞きして、誤解しないように・・・ハソプさんに質問しますから。」
ジユルの静かな宥めに、ハソプは既に滲んでいた涙を指で拭った。
「先に、俺のしたこと・・・事実だけを伝えるよ。その後、どうしてそうしたかを聞いて欲しい。いい?」
ジユルは微笑みを浮かべ、何度も頷いた。
「君と俺が初めて会った時、俺は君に一目惚れをした。いや、正確に言えば、画面の中のイ・ジン君に一目惚れしたんだ。だから、上司に便乗して何度も君を引き留めた。どんな好条件を出しても、君は首を縦に降らなかった。手を出したくても君は未成年で・・・例え心を掴めないのに身体だけ俺の者になったとしても、そんなの無意味だから思い留まれたけど・・・どうしても諦められなかった。イ・ジン君を引き留めたいのか、ジユル君に惚れたからなのか、だんだん区別が着かなくなって・・・何もしないでただ君を思い続ければ、それは過去の美しい思い出になったかもだけど・・・俺はどうしても諦められなかった。卑怯な手を使ったんだ。会社にあった君の情報を盗み、そこからずっと・・・あのカフェで再会するまでずっと・・・俺は自分の立場を利用して、君を一方的に追い続けて来たんだ。」
一気に話して、そこで深い溜息を吐き、どんどん鼓動が緊張に高鳴るのを感じながら、ハソプは乾いた喉に何度も唾を飲み込んだ。見上げたジユルの顔は、敢えて無表情を貫いていてくれたのだろう。
「6年も7年も手出し出来なかった君に、俺が思い切った行動に出たのは・・・やっぱり、恋人として君を欲しい気持ちと、俳優としてのイ・ジン君を取り戻したくて、と半々だった。」
「・・・・え。」
そこで初めて声を漏らしたジユルは、驚いたように自分の口に手を当てたが、気を取り直すつもりで両頬を掌で挟んで二度打った。
「すみません、続けて下さい。」
「ストーカーみたいな真似ごとの数年間に、俺の仕事には全部君が居た。正確にはイ・ジン君が居た。俺はずっとイ・ジン君と仕事をし続けてた。いざ君と通じ合えて、俺の中で失いたくないのは、ジユル君なのか、イ・ジン君なのか・・・ずっと分からないままだ。俺は確かにジユル君を愛していて、死ぬまで一緒に生きていきたいと願いながら・・・イ・ジン君を諦めきれないでいる。」
「・・・話は、終わった・・・んですか?」
「いいや、ここからもっと酷い話になるんだ。」
「大丈夫。僕は逃げません。ちゃんと聞きます。」
「ありがとう・・・今抱えている大きな仕事でも、俺はイ・ジン君と仕事をしている。更に欲が出てしまって・・・君に、イ・ジン君が演じるだろう役に・・・本当のイ・ジン君である君に・・・演じて欲しいと願ってしまったんだ・・・現実的に言えば、君の今の生活を、仕事を、変えて欲しいと・・・勝手に思ってしまっている。君の人生なのに、ついこの間に恋人に昇格出来たからって俺は・・・でも、この長年の願いを、止められなくて・・・君を失うかもしれないのに、イ・ジン君も諦めきれない・・・・俺は、ジユル君を失いたくないのに!!」
興奮し過ぎたのか過呼吸のような粗い息遣いをするから、ジユルは思わずソファーから飛び降りハソプを抱き締めた。
「僕とこうなっても秘密にし続けて・・・一人で、辛かったですね。」
ジユルの優しい声に驚いて顔を上げたハソプは、ジユルの目が頷いているのを見て破顔して咽び泣いた。
「君に・・・格好つけて、大人ぶった事ばかり言ったのに・・・君の為ならすぐに全部捨てられるって言ったのに・・・ウソ着いてしまった・・・挙句・・・君に捨てろって・・・今、言ってる・・・・」
ジユルは困惑ながら震えるその大きな背を擦り、頭を胸に抱き寄せて何度も髪にキスをした。
「職権乱用までして、長年ストーカーされていたのはちょっとアレですけど・・・」
わざと笑いを含ませた声で言ってみせながら、ジユルはハソプの顔を抱いて目線を引き寄せた。
「僕がハソプさんに落ちなかったら、あらゆる手を駆使して訴えて賠償金をもぎ取るところでしょうけれど・・・僕はもうハソプさんを愛してしまったから、純愛の美談でいいんじゃないでしょうか。後でストーカー行為の全てを聞いてみたいですけども。興味あります。」
ハソプは何度も頷いて、涙と鼻水で汚れた顔を掌で拭っていた。見かねてジユルがティッシュで顔を拭いてやると、子供のように目を閉じて成すがままにされているハソプが愛しくて堪らなくなった。
「ハソプさん、話はそれで全部ですか?言い残した事は?」
「・・・多分、無い。俺が君にした隠し事はそれだけ。」
「では、質疑応答に移っても?」
「うん。ごめん。」
ジユルは苦笑してから、音を発てて短いキスをした。それに驚いて顔を上げ目を見開くハソプに、微笑んでみせた。
「心配しないで。ハソプさんは僕、アン・ジユルを失ったりしません。そんなに長く、想ってくれてありがとう。」
ジユルは自ら唇を寄せ、ハソプが恐る恐る抱き締めて長い接吻けをした。
「じゃあ、質問します。子役の僕の何処に、そんなに拘ったんですか?何の特徴も無かったじゃないですか。」
「君は自己肯定感が低すぎるんだ。作り手から見れば、イ・ジン君は凄く魅力的だった。君も言ってたけど、監督や演技指導が君にハマれば、他のどの俳優よりも役そのものだった。これはマネージメントさえ上手くやれば、どんな風に大きく化けるかって・・・上司も俺も信じてた。それは、今も変わらない。」
「買い被り・・・じゃないでしょうか?」
「俺だけじゃない。現場のプロ達が、皆、同じ意見だった。」
「では、ハソプさんがイ・ジンとずっと仕事を共にしてきた・・・って言うのはどういう意味ですか?」
「・・・・あの本棚にある作品には、全てイ・ジン君が登場している。」
「え・・・?と言う事は・・・ハソプさんが”作家:Qoo”って・・・事、ですか?」
頷いたハソプに、暫くジユルは寡黙を貫いていた。

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