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僕の半分<あびき>副振動
僕の半分<あびき>副振動 2
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「ハソプさんは・・・もう、いいです。灯り、消して下さい。寝ましょう。」
背を向けたジユルに、ハソプは溜息一つ吐いてからその肩にそっと手を置き振り向かせた。
「ちゃんと言わなきゃダメだ。わだかまりってのは、時間を置くと石みたいに固くなる。俺が・・・君の身体ばっかり欲しがるから、不安になったのか?身体は・・・中身を欲しがってる結果でしかないんだよ。」
「本当・・・ですか?僕を好きになってくれてるのは、中身が先?」
「当然だろ?そりゃあ、見た目で気になり出すのは誰でも同じだから仕方ないとして、俺、男だから女だからで肉欲有りきじゃないよ?」
「肉欲・・・本以外で言葉を聞くの、初めてです。」
ジユルは少し笑って、自ら身体の向きを変え、ハソプの胸に擦り寄った。
「僕、やっぱり不慣れなんです。こんなに好くして貰ってばかりだと・・・」
「何か魂胆があって?かな?」
「ふふっ。そうですね。僕、何の取り柄も無いから。好くして貰える資格が無さそうだから・・・不安になります。」
「資格があるか無いか、人を好きになるのにそんな事考えるものなのか・・・君が言う”資格”が何だか分からないけど、俺は、君を好きで・・・もう一つ理由があるかな。君の全てをそのまんま受け止めたい理由は。」
「何ですか?」
ハソプはジユルを懐深く抱き寄せ、頬に手を添えて目を合わせた。
「君を愛しているから。」
「え!」
「なんで”え!”なの?本気なんだよ?君をずっと手に入れたままに出来るなら、他の事全部捨てたっていい。仕事や人間関係や、君が捨てろと言うならすぐにでも捨てられる。拘っているのは、君が俺のここに住み続けてくれるのかどうか、だけだから。」
ハソプはジユルの手を取り、自分の胸にそれを当て、自分も又ジユルの胸に手を当てた。
「俺は、君のここに住み続けていいの?君が言う”資格”があるの?」
見上げたジユルの瞳にみるみる涙が浮かんで、何度も首を振っていた。その弾みで流れ落ちた涙をハソプはすぐに舐め取った。
「言ったでしょ?君が泣いて居たら俺がこうして全部拭いてあげるって。」
「愛してるだなんて、生まれて初めて・・・言われました。疑って、ごめんなさ・・・」
ハソプはそっと唇を重ね、その言葉を塞いだ。
「君が俺の色に染まっていくのを・・・少し申し訳無いと思いつつ、正直嬉しくて堪らないんだ。俺が君の色に染まっているのは確実だから、どんどん二人で混じり合って、二人だけの色が作り上げられたらいいと願うよ。まだ先の事はあんまり想像出来ないけど、一緒に年を取って、混じる色もその時々で変わって行って・・・俺は君との未来を、楽しい想像しか出来ないんだよ?」
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「よし、2回追加だ。」
ハソプは笑いながら音を発てて2回キスをした。
「相手の色に染まるって事は、今までの自分が変わるって事だからね・・・お互いにどんどん変わって行くんだと思うけど、出来れば、自分でありつつ、相手の望む所に近く変わって行ってもいいんじゃないかと思うんだよ。言いなりじゃないんだよ。川の石が水の流れで、削られて転がって変わるイメージ。」
「うん。イメージ湧きやすいです。流石はドラマ制作してるだけありますね。」
「お、褒められた。」
「僕、変わって行ってもいいんですね?」
「うん。俺に影響されてたら嬉しいけど、俺は悪い、情けない所が多いからなあ。そこは影響されないで。」
ジユルはくすっと笑って頷いた。
「ジユル君、覚えておいてね。何も怖がらなくていい。何かが起きたら、俺が君を守る。君も俺を守ってくれるだろうし。君さえ居てくれたら、それでいいんだ。」
「はい・・・そういう気持ちが・・・それなら・・・ハソプさん?」
「ん?」
「僕も・・・愛しています。」
言った後で照れたのか、ハソプの胸に顔を埋めて何度も頭を摺り寄せる仕草をしていた。
「ジユル君、キス、していい?」
「はい。」
「し過ぎて、またそこで止まらなかったら、ごめん。」
今度はジユルが音を発ててキスをした。
「いつでもハソプさんには、僕の想いをちゃんと伝えますから。今は流れにお任せで。灯り、消して下さい。」
ハソプは手元のベッドライトを消し、ジユルの唇に深くそれを重ね合わせた。
それから二人はチュソク最終日、午前中早い時間にハソプの部屋で落ち合い、そこから夕方までゆっくり抱き合った。
秋の陽射しがカーテンから零れ二人の全てを曝け出したけれど、ジユルの何処を見ても美しいとしかハソプの目には映らなかったし、ジユルも又ハソプの大柄で逞しい身体を目でも堪能した。
「僕、タレントさんの流出騒ぎがいつになっても収まらない理由が、分かる気がしました。」
少し眠った後、指先をハソプの肩から腕の線に滑らせながらジユルが呟いた。
「綺麗だから、愛しくて仕方ないから、離れている時も一緒に居たくて・・・つい、記録を残してしまうんでしょうね。その記録の価値が変わった時に、流出騒ぎが起きるんだろうな・・・復讐のアイテムにもなり得るわけだし。気持ちは分かるけど、怖い。」
「俺はまた見たくなったら、すぐに会いに来る。記録には残さない。安心して?」
ジユルのその滑る指を掴み、それに短くキスをした。ジユルは笑って頷いた。
「僕が、盗撮してるかもしれませんよ?」
「俺をオカズにする為に?それが流出しても、君にしか役立たないじゃないか。」
「・・・大丈夫、そんな事しません。僕も見たくなったら、すぐに会いに来ます。」
二人は見詰め合って笑い合って、何度もキスをした。
「流出で・・・気になったんだけど、君、前の人に何か撮られていないよね?」
「はい。多分。前の・・・その先輩はむしろ、僕とそうなってからは隠そうとばかりしていました。大学の仲間や友達との写真に僕が映っていれば、消していたみたいです。勿論、僕単体の写真は撮られた事は無いです。」
「・・・ごめん、嫌な事を聞いた。」
「いいえ。もう、何処も痛くないんです。ハソプさんがキスしてくれる度に、治っていきました。ありがとうございます。」
「そう。それなら、嬉しいな。」
「少し・・・前の話をしても構いませんか?」
「いいよ?話す事で自分で整理が着く事も多いからね。どんどん、どうぞ?」
ジユルは裸で寝転ぶハソプの胸に顔を付け、手を握った。
「先輩は・・・僕とそうなる前は凄く・・・優しかったんです。そうなってからはだんだん物みたいに・・・僕の話を余り聞いてくれなくなって・・・あの心の移り変わりが、未だ理解出来ません。誰でもそうなるものなんでしょうか?想像力に乏しいから、何度考えても分かりません。僕が・・・何かいけない事ばかりしていたのかな・・・」
「ううん、君らの恋愛は二十歳かそこら辺だろ?その頃って、自分で自分をまだ上手くコントロール出来ない事の方が多いんだと思うよ?君に優しくして、君と抱き合って・・・その人はさ、間違いなく君を好きだったんだよ。男同士だもの、物凄い勇気が要ったと思う。でも、表現がうまく出来なかった。二十歳やそこらで”愛”になんかたどり着けるわけないよ。自分が、自分だけが大事な時だもん。自分の欲求に正直になったから、君を求めたわけでしょ?君は辛い思いを沢山してしまったけど、その人が君を好きだったのは、本当だったと思うよ。あれ?」
ハソプは自分の胸に違和感を感じ、首を持ち上げてジユルを見た。静かに泣いていた。その涙がハソプの胸を濡らしていたのだ。
「うわっ。余計な事言っちゃったか?ごめん、ごめん。また泣かせてしまった・・・こっち向いて。」
両手でそっと顔を起こさせれば、ジユルは泣きながら笑っていた。
「ごめんを三回言いました。」
ジユルから音を発てたキスを短く三度、ハソプにぶつけた。
「前に・・・先輩に対して怒りが湧くって言ってたのに、悪く言わないハソプさんがなんだか・・・嬉しくて。」
「だって、君の過去の人を悪く言ったら、その時の君を否定する事になるじゃないか。いつだって、君の意思で選んだ事だろう?それを俺は尊重したいよ。」
「大人なんですね。大人のハソプさんと出逢えて良かった。」
「君もあっという間に大人になるよ?大人っていうか、オヤジ?」
「ふふっ。オヤジの僕でも、抱いてくれますか?」
「爺さんになっても、勃てば・・・って、君を前にして勃たないわけ無いな。よろしくお願いします。」
二人は抱き合って笑い合って、幸せを噛み締めていた。その夜は二人で外出し、軽く飲んで、ジユルはハソプの部屋に泊まった。
チュソクの間中、ハソプはジユルとの会話を何度も反芻しては、猛スピードで脳内のイメージを文字化する作業に勤しんでいた。
企画書だけでなく、1話45分として3話分まで脚本を書き上げていた。
韓国の連続ドラマは全16話が主流だが、自分の構想と米国資本のその配給会社が求める構想が一致しないであろうことを前提に、書き直しで話を膨らませるつもりで、全8話にまとめるつもりだ。
今までの全ての作品同様に、ストーリーなどどう変えられても対応出来る心づもりがある。ハソプにとって重要なのは、脳内でキャスティングしている「イ・ジン君」を生かす事のみだからだ。
チュソク明けに仕上がった脚本を上司に提出すると、その速さに驚きつつすぐにスタッフ全員に共有し、コンペに提出する企画を練り上げ始めた。スタッフらから様々なアイディアが提議され、それを反映しつつ脚本は全く別の物に仕上がった。だが、ハソプは全く動じない。むしろ積極的に書き直しを自ら進んで行った。ハソプの平素の制作スタイルではあったが、その場に居合わせれば柔軟性と許容の広さに誰もが驚くべき光景だった。
いざコンペの日を迎え、企画・草案だけに留まらないハソプの会社が完全勝利を収めた。配給する米国資本の会社は、脚本の手直しを厭わないスタイルを大いに気に入り、すぐに準備に取り掛かろうと持ち掛けた。
予算が決まり、外注のCG制作や特殊メイクチームや衣装提供会社なども決まり、後はキャストオーディションを迎えるだけになった。
先方の会社から派遣されたキャラクターデザイナーと共にキャラクターデザイン、衣裳、付属小物などを決定し、色彩のバランスを考慮したCG撮影の部分や衣装製作を外注会社に提示しなければならないので、脚本の完成も急ピッチで進めなければならない。
ハソプは会社の許可を得て、10日間ばかり江原道の家に籠る事となった。
脚本家”Qoo”である事をジユルに未だ明かしてはいなかったが、大まかな理由を説明してソウルから離れる事をジユルに告げた。
「会社の公休日に、僕があの家に一人で行ってもお邪魔になりませんか?」
チュソク明けから、ジユルの公休日であっても逢瀬が適わない事が重なっていた。電話かチャットかメッセージかで毎日無事確認は欠かさなかったが、顔を見て触れ合えないのは、恋人となったばかりの二人にはストレスになる。
話を聞いていると、日頃アクティブでは無いジユルが、車で無ければ辿り着けないあの場所に一人で行きたいと言うのは、余程の決心が要っただろう。
「どうやって来るの?君は運転免許を持っていたっけ?あんなに目印が無い場所なのに・・・しかも、長距離運転、俺は心配で仕事が手に着かなくなるよ。いっそ、送迎しようか?」
心配な余り早口で捲し立てるハソプに、ジユルはくすくすと受話器越しに笑っていた。
「僕はハソプさんみたいに料理や家事が沢山出来るわけじゃないので、三日分の食料持って金曜の夜にお邪魔したいです。僕が行っても、空気だと思って貰えたら・・・ただ僕が、動いてる生身のハソプさんを見ていたいだけなので。あ、眠る時だけは添い寝を許可してもらおうかな。」
「車は?保険入ってる?ロードサービスは?ナビは最新?あ、君の部屋の駐車場空いてたな。と言う事はレンタカーか?危なく無いのか?」
「ハソプさん、落ち着いて。」
まだジユルはくすくすと笑い続けていた。
「会えない間に思い付いたんです。免許はペーパーでしたが持っていますから、いっそ車を買っちゃおうかなあって。あんまり興味が無いので、扱い易くて、でも頑丈で、そんなに大きくなくて、国産車がいいなあって。兄に相談して即決でした。最初にスマホに入れていたマップを移しましたし、ハソプさんのソウルの部屋にも何度も試験運転で行っていますよ?」
「なんで言ってくれなかったの?俺のマンションまで来たなら、どうして寄ってくれないの?」
「え~不在だからですよ~お仕事、大変そうで。なので、今度僕の部屋に来てくれる時は、近くのPKに停めて貰わなきゃならなくなりました。」
「うん・・・ああ、心配だ。明るいうちに、ゆっくり運転するんだよ?煽られてもビビらず安全運転。獣は避けずに・・・仕方ないから。」
「はい。ゆっくり行ってみます。出発するときに連絡を入れますから。」
そして週の半ばに、先にハソプが江原道のあの家へ出発した。
そこでも毎日ジユルに連絡を入れ、定型文のような心配を口にし、ジユルを苦笑させた。しかし、週末の楽しみが出来た事で執筆の速度は加速し、日中は会社とWeb会議を重ねながら、夜は脚本を書き上げるというスケジュールを精力的にこなしてした。
金曜のジユルの会社の退勤時間直後、音声電話があった。今からソウルを出発するという。初冬の今、すっかり日が落ちてからの出発なのでハソプは気が気で無かった。休憩の取り方まで指南する過保護振りに、ジユルは笑いながらも頷いて電話を切った。
もう、そこからはハソプは気もそぞろに成らざるを得なくなってしまい、壁掛け時計の針は進まず煙草の吸殻だけが増えて行った。
ハソプが慣れた道の運転で、ソウルからこの家まで約三時間掛かる。途中道を間違えたりスピードを出さず、しかも暗闇の運転なら・・・到着するのは4~5時間掛かってしまうのでは無いか。事故が起きないよう願いながら、こんなに気を揉んで何も手に着かなくなるのなら、送迎をしてあげるべきだった・・・ハソプはもう、居ても立っても居られない状態になり、家の中をぐるぐると歩き回った。
夜9時頃だっただろうか。電話が掛かってきて、ワンコール途中でスマホに飛びついた。
「無事?何処?」
「ハソプさん、落ち着いて下さい。もうすぐ着きますよ。心配してると思って、休憩で電話を掛けました。」
「あああ。」
ハソプは崩れ落ちるようにベッドに座り込み、深い溜息を吐いた。
「心配してくれたんですね。ごめんなさい。仕事の邪魔をしちゃったんでしょう?」
「いいや、むしろ、仕事が邪魔なんだよ。」
「ふふっ。最初のSAで偶然江陵行きの高速バスを見付けたんです。高速降りてからもずっと後を追って、ナビが家に一番近くを指した所でバスと別れました。楽勝でした。」
「はぁ~それは良かった。今、何処?」
「一緒に行った村のスーパーの商店街です。ここから15分位でしたよね?電話を切ったら、向かいます。」
「もう、そんなに近くまで来たんだ。うん。ゆっくりおいで。田んぼの路肩に突っ込まないように気を付けて、対向車なんか居ないからハイビームで運転するんだよ?」
「はい、分かりました。じゃあ、出発しますね。」
電話を切ってすぐに、ハソプはコートを着て家の前の道路まで出て行った。
きっとジユルが嫌がるだろうと煙草を持っては来なかったが、悴む手を擦るのに吹きかけた息が煙草臭いのに気付き、一旦家に引き戻って高速で歯磨きをし、マウスウォッシュで念入りにうがいをした挙句、新たにキャップ一杯を飲み込んだ。胸やけがしたが、構っていられる状況では無い。
すぐにまた家の前の道路まで出て、車のヘッドライトを待ち焦がれた。
それから何分位経ったのか、漸く二つのライトが向かってくるのが見えて、ハソプは暗がりの中大きく両腕を降った。
背を向けたジユルに、ハソプは溜息一つ吐いてからその肩にそっと手を置き振り向かせた。
「ちゃんと言わなきゃダメだ。わだかまりってのは、時間を置くと石みたいに固くなる。俺が・・・君の身体ばっかり欲しがるから、不安になったのか?身体は・・・中身を欲しがってる結果でしかないんだよ。」
「本当・・・ですか?僕を好きになってくれてるのは、中身が先?」
「当然だろ?そりゃあ、見た目で気になり出すのは誰でも同じだから仕方ないとして、俺、男だから女だからで肉欲有りきじゃないよ?」
「肉欲・・・本以外で言葉を聞くの、初めてです。」
ジユルは少し笑って、自ら身体の向きを変え、ハソプの胸に擦り寄った。
「僕、やっぱり不慣れなんです。こんなに好くして貰ってばかりだと・・・」
「何か魂胆があって?かな?」
「ふふっ。そうですね。僕、何の取り柄も無いから。好くして貰える資格が無さそうだから・・・不安になります。」
「資格があるか無いか、人を好きになるのにそんな事考えるものなのか・・・君が言う”資格”が何だか分からないけど、俺は、君を好きで・・・もう一つ理由があるかな。君の全てをそのまんま受け止めたい理由は。」
「何ですか?」
ハソプはジユルを懐深く抱き寄せ、頬に手を添えて目を合わせた。
「君を愛しているから。」
「え!」
「なんで”え!”なの?本気なんだよ?君をずっと手に入れたままに出来るなら、他の事全部捨てたっていい。仕事や人間関係や、君が捨てろと言うならすぐにでも捨てられる。拘っているのは、君が俺のここに住み続けてくれるのかどうか、だけだから。」
ハソプはジユルの手を取り、自分の胸にそれを当て、自分も又ジユルの胸に手を当てた。
「俺は、君のここに住み続けていいの?君が言う”資格”があるの?」
見上げたジユルの瞳にみるみる涙が浮かんで、何度も首を振っていた。その弾みで流れ落ちた涙をハソプはすぐに舐め取った。
「言ったでしょ?君が泣いて居たら俺がこうして全部拭いてあげるって。」
「愛してるだなんて、生まれて初めて・・・言われました。疑って、ごめんなさ・・・」
ハソプはそっと唇を重ね、その言葉を塞いだ。
「君が俺の色に染まっていくのを・・・少し申し訳無いと思いつつ、正直嬉しくて堪らないんだ。俺が君の色に染まっているのは確実だから、どんどん二人で混じり合って、二人だけの色が作り上げられたらいいと願うよ。まだ先の事はあんまり想像出来ないけど、一緒に年を取って、混じる色もその時々で変わって行って・・・俺は君との未来を、楽しい想像しか出来ないんだよ?」
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「よし、2回追加だ。」
ハソプは笑いながら音を発てて2回キスをした。
「相手の色に染まるって事は、今までの自分が変わるって事だからね・・・お互いにどんどん変わって行くんだと思うけど、出来れば、自分でありつつ、相手の望む所に近く変わって行ってもいいんじゃないかと思うんだよ。言いなりじゃないんだよ。川の石が水の流れで、削られて転がって変わるイメージ。」
「うん。イメージ湧きやすいです。流石はドラマ制作してるだけありますね。」
「お、褒められた。」
「僕、変わって行ってもいいんですね?」
「うん。俺に影響されてたら嬉しいけど、俺は悪い、情けない所が多いからなあ。そこは影響されないで。」
ジユルはくすっと笑って頷いた。
「ジユル君、覚えておいてね。何も怖がらなくていい。何かが起きたら、俺が君を守る。君も俺を守ってくれるだろうし。君さえ居てくれたら、それでいいんだ。」
「はい・・・そういう気持ちが・・・それなら・・・ハソプさん?」
「ん?」
「僕も・・・愛しています。」
言った後で照れたのか、ハソプの胸に顔を埋めて何度も頭を摺り寄せる仕草をしていた。
「ジユル君、キス、していい?」
「はい。」
「し過ぎて、またそこで止まらなかったら、ごめん。」
今度はジユルが音を発ててキスをした。
「いつでもハソプさんには、僕の想いをちゃんと伝えますから。今は流れにお任せで。灯り、消して下さい。」
ハソプは手元のベッドライトを消し、ジユルの唇に深くそれを重ね合わせた。
それから二人はチュソク最終日、午前中早い時間にハソプの部屋で落ち合い、そこから夕方までゆっくり抱き合った。
秋の陽射しがカーテンから零れ二人の全てを曝け出したけれど、ジユルの何処を見ても美しいとしかハソプの目には映らなかったし、ジユルも又ハソプの大柄で逞しい身体を目でも堪能した。
「僕、タレントさんの流出騒ぎがいつになっても収まらない理由が、分かる気がしました。」
少し眠った後、指先をハソプの肩から腕の線に滑らせながらジユルが呟いた。
「綺麗だから、愛しくて仕方ないから、離れている時も一緒に居たくて・・・つい、記録を残してしまうんでしょうね。その記録の価値が変わった時に、流出騒ぎが起きるんだろうな・・・復讐のアイテムにもなり得るわけだし。気持ちは分かるけど、怖い。」
「俺はまた見たくなったら、すぐに会いに来る。記録には残さない。安心して?」
ジユルのその滑る指を掴み、それに短くキスをした。ジユルは笑って頷いた。
「僕が、盗撮してるかもしれませんよ?」
「俺をオカズにする為に?それが流出しても、君にしか役立たないじゃないか。」
「・・・大丈夫、そんな事しません。僕も見たくなったら、すぐに会いに来ます。」
二人は見詰め合って笑い合って、何度もキスをした。
「流出で・・・気になったんだけど、君、前の人に何か撮られていないよね?」
「はい。多分。前の・・・その先輩はむしろ、僕とそうなってからは隠そうとばかりしていました。大学の仲間や友達との写真に僕が映っていれば、消していたみたいです。勿論、僕単体の写真は撮られた事は無いです。」
「・・・ごめん、嫌な事を聞いた。」
「いいえ。もう、何処も痛くないんです。ハソプさんがキスしてくれる度に、治っていきました。ありがとうございます。」
「そう。それなら、嬉しいな。」
「少し・・・前の話をしても構いませんか?」
「いいよ?話す事で自分で整理が着く事も多いからね。どんどん、どうぞ?」
ジユルは裸で寝転ぶハソプの胸に顔を付け、手を握った。
「先輩は・・・僕とそうなる前は凄く・・・優しかったんです。そうなってからはだんだん物みたいに・・・僕の話を余り聞いてくれなくなって・・・あの心の移り変わりが、未だ理解出来ません。誰でもそうなるものなんでしょうか?想像力に乏しいから、何度考えても分かりません。僕が・・・何かいけない事ばかりしていたのかな・・・」
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ハソプは自分の胸に違和感を感じ、首を持ち上げてジユルを見た。静かに泣いていた。その涙がハソプの胸を濡らしていたのだ。
「うわっ。余計な事言っちゃったか?ごめん、ごめん。また泣かせてしまった・・・こっち向いて。」
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「ごめんを三回言いました。」
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「爺さんになっても、勃てば・・・って、君を前にして勃たないわけ無いな。よろしくお願いします。」
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予算が決まり、外注のCG制作や特殊メイクチームや衣装提供会社なども決まり、後はキャストオーディションを迎えるだけになった。
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脚本家”Qoo”である事をジユルに未だ明かしてはいなかったが、大まかな理由を説明してソウルから離れる事をジユルに告げた。
「会社の公休日に、僕があの家に一人で行ってもお邪魔になりませんか?」
チュソク明けから、ジユルの公休日であっても逢瀬が適わない事が重なっていた。電話かチャットかメッセージかで毎日無事確認は欠かさなかったが、顔を見て触れ合えないのは、恋人となったばかりの二人にはストレスになる。
話を聞いていると、日頃アクティブでは無いジユルが、車で無ければ辿り着けないあの場所に一人で行きたいと言うのは、余程の決心が要っただろう。
「どうやって来るの?君は運転免許を持っていたっけ?あんなに目印が無い場所なのに・・・しかも、長距離運転、俺は心配で仕事が手に着かなくなるよ。いっそ、送迎しようか?」
心配な余り早口で捲し立てるハソプに、ジユルはくすくすと受話器越しに笑っていた。
「僕はハソプさんみたいに料理や家事が沢山出来るわけじゃないので、三日分の食料持って金曜の夜にお邪魔したいです。僕が行っても、空気だと思って貰えたら・・・ただ僕が、動いてる生身のハソプさんを見ていたいだけなので。あ、眠る時だけは添い寝を許可してもらおうかな。」
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「なんで言ってくれなかったの?俺のマンションまで来たなら、どうして寄ってくれないの?」
「え~不在だからですよ~お仕事、大変そうで。なので、今度僕の部屋に来てくれる時は、近くのPKに停めて貰わなきゃならなくなりました。」
「うん・・・ああ、心配だ。明るいうちに、ゆっくり運転するんだよ?煽られてもビビらず安全運転。獣は避けずに・・・仕方ないから。」
「はい。ゆっくり行ってみます。出発するときに連絡を入れますから。」
そして週の半ばに、先にハソプが江原道のあの家へ出発した。
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もう、そこからはハソプは気もそぞろに成らざるを得なくなってしまい、壁掛け時計の針は進まず煙草の吸殻だけが増えて行った。
ハソプが慣れた道の運転で、ソウルからこの家まで約三時間掛かる。途中道を間違えたりスピードを出さず、しかも暗闇の運転なら・・・到着するのは4~5時間掛かってしまうのでは無いか。事故が起きないよう願いながら、こんなに気を揉んで何も手に着かなくなるのなら、送迎をしてあげるべきだった・・・ハソプはもう、居ても立っても居られない状態になり、家の中をぐるぐると歩き回った。
夜9時頃だっただろうか。電話が掛かってきて、ワンコール途中でスマホに飛びついた。
「無事?何処?」
「ハソプさん、落ち着いて下さい。もうすぐ着きますよ。心配してると思って、休憩で電話を掛けました。」
「あああ。」
ハソプは崩れ落ちるようにベッドに座り込み、深い溜息を吐いた。
「心配してくれたんですね。ごめんなさい。仕事の邪魔をしちゃったんでしょう?」
「いいや、むしろ、仕事が邪魔なんだよ。」
「ふふっ。最初のSAで偶然江陵行きの高速バスを見付けたんです。高速降りてからもずっと後を追って、ナビが家に一番近くを指した所でバスと別れました。楽勝でした。」
「はぁ~それは良かった。今、何処?」
「一緒に行った村のスーパーの商店街です。ここから15分位でしたよね?電話を切ったら、向かいます。」
「もう、そんなに近くまで来たんだ。うん。ゆっくりおいで。田んぼの路肩に突っ込まないように気を付けて、対向車なんか居ないからハイビームで運転するんだよ?」
「はい、分かりました。じゃあ、出発しますね。」
電話を切ってすぐに、ハソプはコートを着て家の前の道路まで出て行った。
きっとジユルが嫌がるだろうと煙草を持っては来なかったが、悴む手を擦るのに吹きかけた息が煙草臭いのに気付き、一旦家に引き戻って高速で歯磨きをし、マウスウォッシュで念入りにうがいをした挙句、新たにキャップ一杯を飲み込んだ。胸やけがしたが、構っていられる状況では無い。
すぐにまた家の前の道路まで出て、車のヘッドライトを待ち焦がれた。
それから何分位経ったのか、漸く二つのライトが向かってくるのが見えて、ハソプは暗がりの中大きく両腕を降った。
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※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
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エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
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寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
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