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2度目は間違えない【完】
しおりを挟む部屋にはオデットと護衛一人の他に、寝ているジョナだけで沈黙が跨った。
「……ん」
ふと、顔色の悪いジョナが身じろぎをしたあと、薄っすらと瞼を持ち上げる。そして──。
「腹が…………減った…………ご飯を…………」
大きな腹の音が、静まり返った部屋の中に響き渡る。
またこれだ。
オデットは嘆息した。
一度目のときは驚愕で瞬きを繰り返したが、二度目となればそうもいかない。確か以前は──。
「あなた、なにか食べるものを持っていないかしら?」
「へ、ああ、はい。保存用の干し肉ならいくつか」
「干し肉……空っぽのお腹に入れるにはあまりいいものではなさそうね。申し訳ないけれど、お金は渡すからシスターに頼んでお腹に優しいものをお願いしていただけない?」
「お嬢様の護衛は──」
オデットの護衛役の男がいう。
「大丈夫よ」
オデットがそう告げると、護衛の男は部屋の外へと小走りで出て行った。
それを傍目で見ていたオデットは懐に隠していたお菓子を取り出す。
オデットが好きな空きっ腹にも大丈夫なお菓子だった。
「起きて。これ、食べれる?」
朦朧としていたジョナの目の前にお菓子を出すと、彼はそれを奪い取るようにして食べ出した。
お菓子を持っていることは侍女のセーニャ以外秘密だった。
年頃の淑女がそのようなものを持ち歩いていては食いしん坊のレッテルが貼られ、外聞的にもよくない。
そのため、護衛がそばを離れた後でなければ彼にお菓子を食べさせることができなかったのだ。
ジョナを見ると、比較的多く渡したお菓子は既に腹の中へと入っていたようだ。本当にお腹が空いていたのだろう。
一心不乱に食べ終えた彼は、ベッドの側にあるチェアに腰掛けていたオデットの存在に気がついたようだった。
それだけ食べることに夢中だったのだろう。
「少しはお腹の足しになった?」
オデットが口を開くと、彼は顔を上げる。
「………………ええ。助けていただき、どうもありがとうございます」
驚いた様子は見せなかったものの、彼は穴が空くほどじっとオデットを見つめたあと礼を告げた。
その瞳からは感情が読み取れない。
このときから、彼の中には根深い殺意と憎悪が渦巻いていたのだろう。
だが、その相手を目の前におくびにも見せないとは大した精神力だ。
弱いオデットには真似することなど出来ない。
「いいえ…………助けるのは当然よ。道端に倒れていたもの。今、医者を呼んでいるから安静にしていてちょうだい。あなたはまだ、一応病人なのだから」
「いえ、あなたのお陰で随分楽になりました。腹が減っていただけなんですから。本当に何から何まで、ご迷惑をおかけしました。このご恩は忘れません」
すべて、一度目と同じ道を辿っている。
オデットの言葉は一字一句同じかといえばそうではないが、大体は同様の会話をしていただろう。
「あなた、どうしてあんなところに倒れてたの? …………って見るからに空腹なのは分かるけれど」
オデットが尋ねれば、彼はやはり一度目と同じ理由を語った。
田舎から出てきたが職がなく、ふらふらと彷徨っているうちに金が尽きてしまったと。
それを聞きながら、小さくため息をついた。
今思えばおかしな話だ。
なぜ自分は彼の話を信じていたのだろう。
この時の自分がいかに世間知らずで、人助けをすることで罪の意識から逃れたいと考えていたのかが十分に分かる。
このあと一年、ジョナはオデットの近くで働くことになるが、彼は真面目で勤勉な男だった。
そのような人物であれば、どこかで雇い先など一つは見つかるはずだろう。
田舎から出てきたという言葉一つで納得してしまった自分を恥じるほかない。
「……そうなの。それは大変、だったわね。それなら…………もしあなたが良ければ、次の職場が決まるまでうちで雇いましょうか?」
「いいのですか! それは大変光栄です。助けもらった上に、お菓子をいただき、さらには雇ってくださるだなんて。ご無礼を承知ですが、お願いしたいです!」
「分かったわ。でも一つお願い…………お菓子を持ち歩いている事は、周りに秘密にしておいて」
全てが筋書き通りに進んでいく。
端整な顔立ちをした彼のヘーゼル色の瞳がオデットに向けられる。
柔和な微笑みの下には黒々とした悪感情が抑え付けられているのだろう。
けれどもオデットはそれを心からの笑顔で受け取るつもりだ。
それを真っ直ぐぶつけてきてくることを待ち望んでいるのだから。
「そういえばまだ自己紹介、していなかったわね。私の名前は……オデット・クレイモア。あなた……名前はなんて言うの?」
「ああ、僕はジョナ・オースティンです。よろしくお願い致します。クレイモア殿」
真っ直ぐな視線に耐えきれずオデットは思わず目線を外す。
仮面を被った彼を見るのは何故だか心が痛んだ。
ここから彼を救う物語が始まる。
オデットは気づいている。
意味ありげに微笑む口元。
そしえ泥土のようにまとわりつくような憎しみを帯びた彼の視線に。
それでも今回は。
オデットは心新たに2度目の人生を歩み始めるのだった。
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