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決意
しおりを挟む「……様……………嬢様!お嬢様っ!」
強く呼びかける声にオデットはびくりと肩を揺らした。
なにがなんだか分からず、目をしぱしぱと瞬かせる。
「お嬢様、どうなされたのですか?突然黙ったと思われたら、まるで人形のように固まってしまわれて……」
「………………セーニャ」
「はい? いかがされましたか?」
目の前には見覚えのある女。癖のある赤毛にそばかすが特徴的なセーニャ・マルシア。
彼女はオデットの侍女だった。
辺りを見渡せば、ここは建物の中ではないことが分かる。
椅子が向かい合わせに並んでおり、ガタガタと揺れていることから馬車に乗っていると予想がついた。
「…………ええっと……今日って何年の何日かしら?」
「丙歴25年、雨月の8日ですけれど……三週間にはまた王都に戻りますもんね! ああ、楽しみです!」
セーニャは口角を上げ、心底嬉しそうに体を揺らしている。
今にも歌いそうな雰囲気にオデットは苦笑いをこぼす。
丙歴25年──オデットの記憶によればそれは去年のはずだ。
だが、先程いた場所での出来事から考えれば考えられないこともない。
セーニャの言っていることが嘘でなければだが。
私、本当に戻ってきたのかしら。
心臓がばくばくと脈を打つ音が耳に届く。
信じられなかった。
「大丈夫ですか……お嬢様、顔色があまりよろしくないような……」
「それはいつものことよ。それより、今はもしかして街に向かってる?」
セーニャはコクリと頷いた。彼女は不思議そうに視線を向けてくる。
オデットはやっぱり、と唾を飲み込んだ。
去年の雨月の8日と言えば──ジョナを助けた日もそのくらいだった。
女神様の言うことが真実ならば、ジョナに初めて出会った日である丙歴25年雨月8日に戻るのは至極当然のような気がしてくる。
オデットは馬車の窓を開け、外を眺めた。
ライ麦畑が広がっており、まだ街につくまでには時間がかかるだろう。
「これは夢、なのかしら。それとも現実?」
小さく呟く。
幸いにも目の前の侍女には聞こえていないようだった。
オデットのは窓から覗かせていた頭を引っ込め、嘆息する。
考えなくてはならない。
ジョナを救う──そのためには一体どうすればいいのか。救うとは具体的にどういうことなのか。
「セーニャ」
「はい、なんでございますかお嬢様」
「私は少し眠るわ。街に着いたら起こして」
セーニャはオデットの言葉を聞き「わかりました」と大きく頷いた。
恐らく先程窓から見えた景色から推測すれば、最低でもまだ15分はかかるだろう。
その間に考えることがたくさんある。
瞳を閉じだオデットは、今後の方針について黙考した。
彼を救う。簡単にいうけれど、それは難しいことだ。
ジョナは憎しみに支配されている。その憎しみを、根元とも言えるオデットが解決することなど到底出来ない。
やればできることと言えば彼にナイフを手渡し殺してもらうか、はたまた目の前で自害する以外考えられない。
だが──。
それでは、だめだ。
人を殺めた経験のあるオデットは唇を強く噛んだ。
唇が切れ、口内に鉄の味が広がる。
血の味だ。
オデットは自由になれない。
心はずっと縛り付けられ続けている。三年前、父を手にかけたその日から。
後悔しているかと聞かれれば、恐らくオデットは「分からない」と答えるだろう。
あのとき自分の手を汚さなければ、何人の子供が犠牲になっていたか分からない。
救われた子に「ありがとう」と告げられたとき、手を血で染めたことが報われたような気がした。
オデットは目の前の罪を見過ごすことよりも、罪を犯してでも負の連鎖を止めることを選んだのだ。けれども。
罪を犯したという事実は消えないのだ。
オデットはこの痛みをジョナに背負わせたくない。できれば彼には復讐とは別の場所で生き、幸せになってもらいたかった。
全ての根源の一族であるオデットがそんなことを考えることこそ、彼からすれば苛立ちや憎しみに繋がるだろう。
だけれど、そう願わずにはいられない。
オデット自身、積年の恨みを父親へと晴らしたが、それで心が晴れることはなかった。
むしろ自責の念と脱力感で生きることにさえ執着を持てなくなってしまった。
彼を救う方法など、オデットにはわからない。
けれど今度こそ、手を血で染めさせることは阻止したかった。
──ジョナに人殺しはさせない。
それこそ、オデットの胸にある一つの答えだ。
女神は言っていた。ジョナはオデットを手にかけたあと、自ら命を絶ったのだと。
もし仮にジョナがオデットの死を望むのであれば、自ら進んで死を選ぼう。
だからそれまでの間、自分はジョナに命の全てをかけて贖罪を果たそう。
オデットは一人、決意した。
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