【完結】愛してたと告げられて殺された私、今度こそあなたの心を救います

雪井しい

文字の大きさ
上 下
5 / 7

決意

しおりを挟む



「……様……………嬢様!お嬢様っ!」

 強く呼びかける声にオデットはびくりと肩を揺らした。

 なにがなんだか分からず、目をしぱしぱと瞬かせる。

「お嬢様、どうなされたのですか?突然黙ったと思われたら、まるで人形のように固まってしまわれて……」

「………………セーニャ」

「はい? いかがされましたか?」

 目の前には見覚えのある女。癖のある赤毛にそばかすが特徴的なセーニャ・マルシア。
 彼女はオデットの侍女だった。
 辺りを見渡せば、ここは建物の中ではないことが分かる。

 椅子が向かい合わせに並んでおり、ガタガタと揺れていることから馬車に乗っていると予想がついた。

「…………ええっと……今日って何年の何日かしら?」

「丙歴25年、雨月の8日ですけれど……三週間にはまた王都に戻りますもんね! ああ、楽しみです!」

 セーニャは口角を上げ、心底嬉しそうに体を揺らしている。
 今にも歌いそうな雰囲気にオデットは苦笑いをこぼす。

 丙歴25年──オデットの記憶によればそれは去年のはずだ。
 だが、先程いた場所での出来事から考えれば考えられないこともない。
 セーニャの言っていることが嘘でなければだが。



 私、本当に戻ってきたのかしら。
 


 心臓がばくばくと脈を打つ音が耳に届く。
 信じられなかった。

「大丈夫ですか……お嬢様、顔色があまりよろしくないような……」

「それはいつものことよ。それより、今はもしかして街に向かってる?」

 セーニャはコクリと頷いた。彼女は不思議そうに視線を向けてくる。
 オデットはやっぱり、と唾を飲み込んだ。

 去年の雨月の8日と言えば──ジョナを助けた日もそのくらいだった。

 女神様の言うことが真実ならば、ジョナに初めて出会った日である丙歴25年雨月8日に戻るのは至極当然のような気がしてくる。

 オデットは馬車の窓を開け、外を眺めた。
 ライ麦畑が広がっており、まだ街につくまでには時間がかかるだろう。

「これは夢、なのかしら。それとも現実?」

 小さく呟く。
 幸いにも目の前の侍女には聞こえていないようだった。
 オデットのは窓から覗かせていた頭を引っ込め、嘆息する。

 考えなくてはならない。
 ジョナを救う──そのためには一体どうすればいいのか。救うとは具体的にどういうことなのか。

「セーニャ」

「はい、なんでございますかお嬢様」

「私は少し眠るわ。街に着いたら起こして」

 セーニャはオデットの言葉を聞き「わかりました」と大きく頷いた。

 恐らく先程窓から見えた景色から推測すれば、最低でもまだ15分はかかるだろう。
 その間に考えることがたくさんある。

 瞳を閉じだオデットは、今後の方針について黙考した。

 彼を救う。簡単にいうけれど、それは難しいことだ。
 ジョナは憎しみに支配されている。その憎しみを、根元とも言えるオデットが解決することなど到底出来ない。

 やればできることと言えば彼にナイフを手渡し殺してもらうか、はたまた目の前で自害する以外考えられない。

 だが──。



 それでは、だめだ。



 人を殺めた経験のあるオデットは唇を強く噛んだ。
 唇が切れ、口内に鉄の味が広がる。
 血の味だ。


 オデットは自由になれない。

 心はずっと縛り付けられ続けている。三年前、父を手にかけたその日から。

 後悔しているかと聞かれれば、恐らくオデットは「分からない」と答えるだろう。
 あのとき自分の手を汚さなければ、何人の子供が犠牲になっていたか分からない。
 救われた子に「ありがとう」と告げられたとき、手を血で染めたことが報われたような気がした。

 オデットは目の前の罪を見過ごすことよりも、罪を犯してでも負の連鎖を止めることを選んだのだ。けれども。

 罪を犯したという事実は消えないのだ。

 オデットはこの痛みをジョナに背負わせたくない。できれば彼には復讐とは別の場所で生き、幸せになってもらいたかった。

 全ての根源の一族であるオデットがそんなことを考えることこそ、彼からすれば苛立ちや憎しみに繋がるだろう。
 だけれど、そう願わずにはいられない。

 オデット自身、積年の恨みを父親へと晴らしたが、それで心が晴れることはなかった。
 むしろ自責の念と脱力感で生きることにさえ執着を持てなくなってしまった。

 彼を救う方法など、オデットにはわからない。
 けれど今度こそ、手を血で染めさせることは阻止したかった。

 ──ジョナに人殺しはさせない。

 それこそ、オデットの胸にある一つの答えだ。

 女神は言っていた。ジョナはオデットを手にかけたあと、自ら命を絶ったのだと。

 もし仮にジョナがオデットの死を望むのであれば、自ら進んで死を選ぼう。 

 だからそれまでの間、自分はジョナに命の全てをかけて贖罪を果たそう。

 オデットは一人、決意した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...