【完結】愛してたと告げられて殺された私、今度こそあなたの心を救います

雪井しい

文字の大きさ
上 下
2 / 7

告白

しおりを挟む




 その瞬間、心臓が跳ね上がった。



 ──『この親殺しがっ!』



 自身の奥に眠るなにかが囁く。


「急に顔を蒼褪めさせてどうかしたんですか?」

「どうして……そんなこと」



 知ってるの。

 そう言葉を口にする前に、憎しみを宿らせながらも淡々とした様子だったジョナの口調が変わる。
 それは急激な変化だった。
 

「あなたが…………あなたがあいつを殺したせいで、僕の復讐は遂げることが出来なかった…………僕がっ…………あいつを殺してやる予定だったのに!」


 オデットは憤りを隠さない男の様子に目を見開く。

「くそっ」

 ジョナは舌打ちをした。
 そして雨に濡れた漆黒の髪をかきあげ、荒々しくバルコニーの手すりを蹴った。
 騒音は雨と雷の音でそう響かない。

 怒りをぶつけたジョナの激情は急激に鎮火したようで、また先程までのように冷酷な瞳でオデットを見つめるだけだった。


 彼はそのあと語り始めた。


 目的の人物を自らの手で殺すことが出来ないのであれば、その愛娘であるオデットを手にかけることで復讐を完遂しようと思っていると。

 元々はクレイモア伯爵家をめちゃくちゃにするため、この家で息を殺し続けていたのだと。



 ──害虫は駆除しなければならない。



 そう言ったジョナの瞳の中にオデットは憎しみ以外の感情を見つけ出していた。
 それはあまりにも深い絶望だった。

 なにせすべてを賭けて殺そうと考えていた相手を、横から掠め取られたのだから。

 ジョナは長きにわたる憎しみと心の痛みをぶつける場所を無くしたのだ。
 そのやりきれなさは計り知れないだろう。

「なんとか言ったらどうなんですか、お嬢様」

 オデットはほんの少し口角を上げ、見下ろすジョナを見つめる。
 その表情はまったくもって場に沿わない。
 オデットの心は冷たく凍っていた。




「どうか私を────許さないで」




 それは彼の復讐相手を奪ったことなのか、それとも人を一人殺めた罪についてなのか。  
 それとも両方か。
 曖昧に笑う。

 オデットは死んでもよかった。
 死を希っていた。

 相手にそれを望まれるのであれば、いくらでも死んでやろうと思っていたのだ。

 そのとき、また遠くで雷が光った。
 雨もさらに強く地面を叩きつけている。

 ジョナは眉間に皺を寄せ、激情的に彼女の胸倉を掴んだ。
 そして手すりに女の腰を押し付けた。

 少し押せば、オデットは真っ逆さまに転落するだろう。

 ここは3階だ。
 落ちればはほぼ確実に命を落とすであろう。
 それはは互いに分かることだった。


「ええ、あなたを許す日など来るはずありませんよ。なにせお嬢様は、僕の憎くて憎くて仕方ない男の愛娘なのですから」


 こんな状況なのに、オデットの心は不思議と凪いでいた。
 父が未だ亡くなっていなければ彼は迷わず手を汚していたのかもしれない。
 その事実が何故かオデットの心に痛みを感じさせるのだ。



 私が殺しておいて────よかった。

 

 オデットは不謹慎ながらもそう思った。

 自分だけが汚れを引き受けていれば、周りは綺麗なままでいられるのだ。
 オデットは周囲の者には穢れを知ってほしくなかった。

 オデットは彼に殺されるわけではない。
 自殺を手伝ってもらうだけなのだ。
 だから彼の手は綺麗なままであり続けることができるだろう。

 きっと神様も許してくださるはずだ。

 ジョナの根っこは心優しい青年であるはずだ。
 オデットは庭に植えた花が咲いたと報告するジョナの顔を思い出す。
  
 恐らく普段の姿が彼本来の姿なのだろう。
 そんなジョナにはなるばく手を汚して欲しくない。


 オデットは優しく微笑みながら、顔前に佇む青年を見据えた。

 ジョナは、冷えたオデットの右頬を手で包む。
 雨に打たれてひんやりしていたが、何故かそれがやけに温かく感じられた。



「お嬢様…………さようなら」



 そう告げたジョナの表情は周囲も暗いせいではっきりと見えない。
  

 そして彼はその瞬間オデットの頭を引き寄せ、ゆっくり────その冷え切った唇を重ねた。


 なぜ唇同士が繋がっているのか。
 オデットにはさっぱりと分からなかった。

 ジョナはオデットの両肩を軽く押し、突き飛ばす。
 彼女の軽い体はいとも簡単にふわりと宙へと投げ出された。


 重力で──落ちていく。


 オデットの脳内に走馬灯が駆け抜けた。
 残してしまう唯一の家族である弟、温かなクレイモア家の使用人たち。そしてジョナ。
 彼らとの思い出が脳裏によぎる。

 周りが急に遅くなったように感じるのは、死の直前だからだろうか。
 そしてオデットはふと先程のキスを思い出す。



 初めてのキスだった。



 また雷鳴が轟き、周囲を一瞬明るい光が照らす。
 そのとき、ちょうどジョナの顔が照らされた。

 バルコニーから見下ろすジョナの口が動いているのが分かる。




『愛していました』




 普段ならば分かるはずないのに、そのときだけははっきりと伝わった。


 彼の瞳に宿る憎悪と絶望、そしてそれ以外の感情も。


 分からなかった。
 なぜ彼が今更そんなことを伝えてくるのか。
 次の瞬間にはオデットの命の灯火は消え逝くのに。
 

 分からなかった。
 なぜ彼は、仇の娘であるはずのオデットに好意を寄せているのか。
 憎しみさえ覚えているはずの人間を好きになる心理なんて。

 オデットは己の人生に一切の後悔はないと思っていた。
 だが、最期の瞬間。

 ジョナの告白。
 それが小さくとも胸中に残るしこりとなった。

 オデットの身体はなんの抗いも出来ず、地面に強く打ちつけられる。

 そしてその瞬間、視界が真っ暗となった。

 
 オデット・クレイモアは、齢18でその生涯を閉じた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

処理中です...