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死んでください
しおりを挟む「お嬢様…………いえ、オデット・クレイモア。死んでください」
こんなはずではなかった。
こんな運命など、信じられない。
その日は雷鳴が轟き、雨が強く地面を叩いていた。
大きくそびえる豪奢な屋敷の一室で、オデットは呆然と立ち尽くす。
彼女はグレーがかった青い瞳を大きく開き、目の前の青年を見つめた。
腰まである金髪は少しばかり乱れ、化粧もしていないあどけない顔は蒼白に染まっている。
あの瞳、憎悪に溺れた瞳は見覚えのあるものだ。
多くの人間がオデットやその家族に向けたものだった。
クレイモア家は多くのものから恨みを買っているのだから。
かと言って、信用していた青年の口から出たものだとは思えないのもまた事実。
数年前にオデットが助けた青年──ジョナは憎憎しげな視線を寄越す。
オデットは何も返答することなどできなかった。
そんな言葉が詰まった彼女に向かってジョナは淡々とした様子で口を開く。
「その顔……裏切られたことに気がつくその顔を見るために、僕はこの3年間を必死に耐えて過ごしてきたんですよ。この害虫どもの住処に」
────害虫。
そんな言葉が目の前の青年から出るものだとは信じ難かった。
ジョナは勤倹誠実でいつも優しく微笑んでいる男だったはずだ。
雑用の仕事も真面目に行い、周囲のものからも信用されている。
柔和で落ち着いた雰囲気を持つ彼は老若男女問わず、不思議と心を許してしまうともっぱらの評判だった。
端正な顔立ちをしていたが、焦げ茶の髪に同色を薄めたヘーゼル色の瞳のおかげで親しみやすさを感じさせる。
そんな彼を雇うと決めたのは他でもない、オデット自身だった。
一年前、街中に出かけた際、偶然行き倒れていたジョナを助けたことがきっかけだ。
仕事を探しに地方から出てきたが中々雇い先が見つからず、五日も食事を取っていなかったことが原因だとジョナ自身が言っていた。
オデットは明日の朝よりこの屋敷を、クレイモア家を出て修道院に身を寄せる手筈になっている。
そして修道女として生きていく予定だった。
よりにもよってそんな日に、なぜこの青年はそんな事をいうのだろうか。
「……ジョナ。あなた…………一体……」
「はははっ」
オデットは声が震えぬように必死に言葉を紡ぐ。
だが動揺は悟られていたらしい。
ジョナは小さく鼻で笑う。
いつも話していると落ち着くはずの青年が違う生き物のように思えてくる。
本能的に恐怖が湧き上がってくるのだ。
「僕はあなたの父に全てを奪われた、哀れな男ですよ」
そう言って絶望の影を滲ませた瞳をしたジョナはからからと笑った。
そのとき、雷鳴が今までで一番大きく響き渡る。
恐らく近くに落ちたのだろう。
オデットの指先から感覚が失われていく。
それは全身をまで侵食し、次第に溶けてなくなってしまうかもしれない。
なぜだかそんな事を思った。
やっぱり。
ジョナの言葉を聞き、オデットは納得を覚えた。
父が亡くなって三年が経ち、弟が伯爵家の肩書きを受け継いだ。
姉弟仲が悪いわけではなかったが、オデットは意図的に避け続けている。
オデットはこの一年、ずっと別宅で過ごしてきた。
そのため彼女を囲む使用人らは少数で、皆関わりが強い。
そしてジョナもオデットにとって優しく穏やかな兄のような存在だった。
オデットも密かに憧れていたのだ。
何も言わずにオデットはただ目の前の憎しみに支配されている青年を見据える。
幾度も幾度もこの視線に晒されてきた。
それは己とほとんど関わりのない人間からのものばかりだった。
父が多方向から大層恨まれているということは、齢5つの頃から分かっていたのだから。
視線が合うと、彼はバルコニーへの扉へと彼女を突き飛ばす。
「……っ」
オデットのこもった悲鳴が小さく響く。
細い彼女の体は扉に叩きつけられ、簡単にバルコニーへと投げ出された。
強く叩きつけるような雨がオデットの身体の熱を奪っていく。
雨に打たれたせいで金色の美しい髪が頰に張り付く。
同様にバルコニーへと出たジョナも雨にさらされていたが、気にした様子もなかった。
見下ろすジョナへと顔を上げるオデット。
「いい気味だ。そうだ、僕は知っているんですよ………………」
そう言ってジョナは笑みを深めた。
なぜか、オデットは背筋が凍る。
聞いてはいけない──直感的にそう思ったがそんなオデットに構わず、口を開く。
「あなたが父親を殺したんだということ」
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