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日常

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 ロイとココは血が繋がっていないのだから、どうとでもなる。
 だがそのためには、二人の間にある兄妹という絆を断ち切らなければならない。
 ココにはそこまでの勇気は持ち合わせていなかった。

 コンコンッ。

「おーい! ココ!」

 扉の向こうからノックと声が聞こえる。ロイの声だ。
 彼は毎朝、男子寮から女子寮まで迎えにきてくれる。
 ココはそれをいつも楽しみに待っていた。
 だが今日は、違う意味で心臓が跳ねる。
 何故か、ロイを裏切ってしまったような罪悪感が心を蝕んだ。

 ────きっと、昨日のせい、だ。

 ココは昨日の痴態を思い出し、頰を熱くさせる。
 そして同時に、心の中をモヤモヤとくすぶっている罪悪感を強く感じた。
 このような破廉恥なことを知られてはいけない。
 そしてもちろん、『秘密』も知られてはいけない。

 昨日の出来事のせいで昨夜は眠ることが出来ず、寝不足に陥っている。
 初めての体験は快楽と興奮も味あわせてくれたが、終わった後は悔恨と後悔とばかりが残っていた。
 


『あれは夢だった』


 そう思って全て忘れてしまおうと、ココは何度もその言葉を繰り返したが不安はぬぐいきれない。

 エドモンドはきっと、いや、絶対にこれから先もココを脅してくるだろう。  
 今度こそ純潔を奪われるかもしれない。
 その可能性は十分にある。
 なにせ、傲慢で意地悪な彼のことだ。

 エドモンドは、自分に出来ないことは何もないと思っており、自分こそが世界の中心だとら思っているような男だ。
 以前は軽い意地悪をする程度だったため嫌悪感を覚えるほどではなかったが、今は違う。

 嫌悪感よりも、恐怖心が勝っていた。

 今日、彼に会えば、きっと不自然な対応をしてしまうだろう。
 そうすれば向こうも自然と不機嫌になり、余計ひどいことをしてくるだろう。

 自分には知られてはいけないことだらけだ。      
 いつの間にか、エドモンドとこんなにも爛れた関係を持っていたなどと、ロイに知られることになれば……。

 そう思うだけで、元々暗く落ち込んでいた表情を、ますます暗くした。

「ロイ兄様、今行きます」

 声だけでも元気でいよう。ココは密かにそう思い、気合いを入れる。
 壁に掛けられている時計は、いつもと寮を出る時と同じ針をさしていた。
 手にはカバンを持ち、黒いローブを肩からかけ、金色の髪を背中へと促してやる。
 そして靴を履き、扉を開けた。

「おはようございます、ロイ兄様」

「おはよう、ココ」

 二人の兄妹は、お互いに優しく微笑みあった。
 ロイは金色のウェーブがかかった髪を風に揺らし、茶色の瞳を細めてココを見つめている。
 その瞳に深い愛情が含まれているのを感じ、ココはさらに罪悪感を募らせた。

 ────ロイ兄様は何も知らない。

 元々隠し事は苦手だ。
 義兄に対する『秘密』でさえ、数年もの間隠し通すのに必死だったのだ。
 この『秘密』は、絶対に知られてはならないことだと分かっていたために、背水の陣の覚悟で隠し通すことが出来ていたのだ。

 ──昨日までは。

 そんなことを思い乱れていると、ロイが心配を含む声をかけてきた。

「大丈夫か?なんか顔色悪くないか?」

「……う、ううん。大丈夫」

 無理に笑顔を貼り付け、空笑いしていると、訝しげな目をしたロイは「嘘だろ」という目でココを注視してきた。

「ほ、本当に大丈夫……だよ」

 ココの言葉には納得はしていないものの、『本人が大丈夫と言い張るなら』という面持ちで、渋々納得したようだった。
 ココは話題を切り替えるように、ロイへと話しかける。

「今日は、マライアが研究かなにかで先に行っちゃったの。マライアは本当勉強熱心だよね」

「ココだっていつも頑張ってるじゃないか。俺は知ってるぞ」

「……っ」

 小さなことでも柔和な笑顔で褒めてくれる兄に、顔を赤く染めた。

 ココは勉学は得意ではないため、人以上に努力しなければならない。
 ただでさえスタートラインが出遅れているのだから、誰よりも努力をしなければと毎日のように思っていた。

 この寄宿学校は、十五歳から二十歳までの金持ちの男女が通う教育機関だ。
 学べる科目は選択制で、科学的な事から魔法的な事まで幅広い。
 さらに学校自体のレベルも高いため、何かしらに秀でていなければどんなに金を持っていても入学することさえできないのだ。
 不器用で学のないココが何故そのようなところに入学出来たのか。理由はただ一つ。

『魔力量』

 それだけだった。
 先天的なものであり自ら開花させた才能ではない。
 そのために、寄宿学舎へ入学出来るとわかったときは、実を言うと及び腰になった。

 だがそんな生まれつきの持ち物でも才能は才能だ。ココの魔力量は、恐らく学校で一番多い。
 その上、世界の中でもトップクラスといっても過言ではないほどらしい。
 それ故なのか、ココは魔法というものに親近感を覚えていた。
 不思議で魅惑的な魔法を上手く使いこなせるようになって、将来は立派な魔術師になる。
 それが密かな夢であった。

「来週は、『運動競技大会』だね?」

「……うん」

「今年も応援?」

 ココは小さく頷く。

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