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恋心

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 翌日。
 ココは寝不足で赤らんだ目を軽く擦りなら、ドレッサーの前で金色の髪に櫛を入れていた。
 手に持った櫛で丁寧に髪をとかすと、心が落ち着いてくるような気がする。

「髪は大切にしなさい。魂が宿っているのだから」

 それは亡くなった母の口癖で、ココもそれに影響されたのか長く腰まで伸ばした金髪を大切にしていた。
 その甲斐あってか、ココの髪は枝毛の一本なく、まるで絹糸のようだとよく言われる。
 それが自分の中で、唯一誇れる所であった。

「ココ! 私、研究発表の準備があるから先に学校行くね」

 同室であり、さらに友人でもあるマライアが言った。
 ショートカットのブラウンヘアーを触りながら、美しい顔をこちらに向けている。

「うん、また学校で」

 ココが小さく答えると、マライアは黒いスカートを翻しドアの向こうへと消えていった。

 彼女は、寄宿学校のとあるグループに属しており、なにか研究をしているらしい。
 ココにはその内容はさっぱりだが、彼女は学者を排出している家系で、将来研究職に就くのだと語っていた。

 彼女がいるおかげで、場違いなこの寄宿学校で生きていけると言っても過言ではない。

 周囲には、生まれたときから恵まれている良家出身の学生ばかりで、正直ココは馴染めずにいた。

 ココは、元々庶民だった。
 母の再婚相手が偶然にもデイリー家と呼ばれるそこそこの名門家の一族だっただけだ。
 その母も亡くなってしまい、唯一頼りにしていた義兄が、この寄宿学校へと入学してしまった事で実家では一人になってしまった。
 義父はココに興味関心がなく、語り合うことはほとんどない。
 それに耐えかねて、義兄を追いかけるようにして寄宿学校へと入学することを決意したのだ。

 だが現実は厳しかった。
 庶民のココは幼い頃から淑女としての教育も受けておらず、学もない。おまけに生まれつき不器用で人見知り。
 なんとか馴染もうと努力したのだが、やはり四年経った今でも難しい。来年には最終学年になり、卒業であるのに。
 おまけに、学校の人気者であるエドモンドのからかい対象になっているため、周囲からは憐憫を含んだ目で見られていた。

 エドモンドと初めて会ったのは、魔法学の講義だった。

 偶然にも隣の席になったのだが、彼に掛けられた一言目は、

「おい、ブス」

 だった。
 それにはココも目を白黒させたものだ。
 ここまで当たりの強い人と対面はしたことはなく、初対面の人相手に「ブス」と言えるなんて、逆にすごいと思ったくらいだった。

 今ではその悪口が当たり前で、顔を合わせるたびに「ブス」はもちろん、「バカ」「アホ」などとバリエーションを増やしていっている。
 ……どれも顔に似合わず子供っぽい悪口のような気がしないでもないが。

 ココはそんな彼を、当たり前のように苦手に思っていた。
 男性というものは元々苦手ではあるが、それ以上にエドモンドという存在はなるべく関わりたくない人種だった。
 人気者でキラキラしていて、側にいると自分の受動的で消極的な性格をより一層自覚してしまうから。

 それなのに、彼は度々こちらをからかってくる。
 周囲の人から見れば、それは軽いイジメのようなものに見えるそうだ。
 だがココにとって、それは最悪なだけではなかった。
 一つだけ、喜びを感じることが出来ることがあるのだ。

 ────ロイ兄様が守ってくれる。

 元々過保護な兄は、よくココの様子を見にやってくる。
 昼食を共に食べたり、寮まで送ってもらったりと共にいる時間はそこそこ多い。
 しかしそのなかでも、ロイの背中に庇われるときが、一番胸を高鳴らせる瞬間だった。

 兄の背中のぬくもりを感じつつ、ココを虐めるエドモンドに怒りを向けている兄。
 その事実は、『自分のために、ここまで怒ってくれる』──そう実感させてくれるのだ。
 守ってくれた後に「ロイ兄様、ありがとう」と言えば、照れ臭そうにはにかんでくれるのも嬉しかった。

 デイリー家に連れられてきたときから、ロイはとても優しくしてくれた。
 寂しくなれば本を読んでくれて、嬉しいことがあれば微笑みを浮かべてココの話を聞いてくれた。

 ──そして、そんなロイを男性として好きになるのには時間はかからなかった。

 だがその恋情に気づいたとき、ココはもう子供ではなかった。
 年齢的に言えば子供ではあるのだが、『この恋は心の中に仕舞わねばならない』と自覚するほどには大人だったのだ。

 非常に優しく、勤勉で、頭のいいロイにこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかなかった。
 ただでさえ、ココという『お荷物』を抱えてしまった彼には負担をかけているのに、その『お荷物』がより心理的な負担をかけるだなんて、許されたことではない。
 ロイはココに対して、妹のようにしか思っていないのに。

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