【完結】悪役令嬢は絶対に婚約なんてしたくない! 〜主要人物ほぼ全員悪人帝国に転生してしまった〜

雪井しい

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婚約なんてしたくない!【完】

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「…………っ、なっ!」

 衝撃的な言葉に開いた口が塞がらなかった。
 いったい何故、こんな状況に陥っているのか見当もつかない。

 ただ、暗殺者を差し向けた人間の正体を暴きにきただけなのに。

 そんな呆然とただすむベルシュカを置いて、陛下は言葉を続けた。

「宰相フランシスには先日、その知らせを伝えておいた。あいつはこの婚約を当然のように受け入れてくれたよ。言っておくが、これはすでに確定事項だ。明日には全国民に知れ渡るように手配してある」

「そ、んな……」

 手際の良さになす術なく項垂れる。
 
 ベルシュカはただ平凡に行きたいだけなのに。

 次々と問題が浮上し続けて、頭が痛くて仕方がない。
 苦悶の表情で佇んでいると、謁見の間の扉が開かれる。
 思わず振り向けば、そこには見覚えのある顔ーーベルシュカの婚約者となったフランシスが当然のように入ってきた。
 そして陛下の眼前まで移動し、臣下の礼を垂れる。

「遅くなって申し訳ございません。フランシス・テプラー罷り越しました」

「頭を上げよ。……いやいや、仕事があったのだから仕方がない。今しがた、ベルちゃんにお前との婚約のことを伝えたばかりだ」

 陛下がそう告げると頭を上げたフランシスはずっと私に視線を送る。
 その瞳の奥に宿る感情は一体何なのか、全く見当もつかなかった。

 けれどその双眸に反して、口元は緩いカーブを描いていた。
 まるで何も知らなかったベルシュカを嘲笑う笑みのようで。

 腹の奥からムカムカとした激情が込み上げてくる。

 陛下もフランシスもベルシュカを抜きして話を進めすぎだ。
 どうして当人であるベルシュカが何も知らされていなかったのだろう。
 
  腹を立てるベルシュカを尻目に二人は会話を続ける。

「婚約発表は今夜行う。そして婚約披露宴は1週間後。これ以降の行事は追って決めていくことにする」

「かしこまりました。……陛下、殿下の披露宴用のドレスや装飾品のご用意はいかがされますか?」

「うむ、全てお前たちに任せる。金はこちら持ちでいい。いくら使ってもいいので、ベルちゃんに似合うような素晴らしいものを用意しろ。ーーーーお前を信用しているぞ、フランシス」

 陛下の言葉に深々と頭を下げ、「承知いたしました」と言葉を紡ぐ。
 ぽんぽんと勝手に予定が決められていくのをベルシュカはただ眺めていくだけだった。

 が。

 はっと我に返り、いまだに話し込む二人の間に割り込む。
 ベルシュカは額に青筋を立てながら大声で叫んだ。

「勝手に決めないでください! なんで本人を置いて勝手に決めるのですか」

「殿下、陛下の御前です。そのような大声を出しては失礼に当たります」

 しらっと殿下と呼ぶフランシスに余計に腹が立って仕方がない。 
 二人だけの時は『小娘様』という馬鹿にした呼び方であるのに、陛下の目前となると畏まる。
 なんて腹黒なんだろうと怒りの感情を全て注ぎ込み睨みつけるが、フランシスは平然と微笑みを浮かべていた。

「まあまあ、婚約前でも仲がいいのは良いことだが、イチャイチャするのは二人だけのときにしてくれ。独り身の私にはちと刺激が強すぎる」

「へ、陛下、そんなんではございません!」

「そうなのか? ……そうだ、ベルちゃん……もう建前はよいのだ。私のことは『父様』と呼びなさい」
 
 陛下の頓珍漢な答えに顔を引き攣らせるものの、これ以上なにをいっても無駄そうだと悟ったベルシュカは口を噤む。

 そして謁見自体は終わった。

 謁見の間を出ると、共に歩いていたフランシスがベルシュカに向き直った。
 ベルシュカは思わず身構えてしまい、体を強張らせる。
 その様子を目にしたフランシスは鼻で笑いながら口を開いた。

「そういうこととなりましたので、これからはよろしくお願いいたします。ーーーーベルシュカ様?」

「……っ、!」

 初めて名前で呼ばれ、不覚にも心臓が跳ね上がる。
 このフランシスという男は腹の中は真っ黒で性格も捻くれてはいるが、顔面だけは国宝級に整っているのだ。
 正直、何故このような最低な男にこんなにも端正な顔を与えたのか神様に問いたいくらいだ。

 ぎりりと奥歯を噛み締めていると、フランシスは続ける。

「あの教師としてあなたに勉強を教えることも陛下の企みの一種だったのですよ。のんきなあなたは何も知らないようでしたが」

「あ、あなたは知ってたの? 私と婚約することになるって……」

「ええ、もちろん。僕が知らずにいったい誰が知るのでしょう。仮にも僕はこの国の宰相ですから」

「まあ、そうなるわよねー……でも、本当に私と結婚することになるなんて……あなたは納得してるの?」

 思い浮かんだことが口から漏れ出る。
 この男が納得しているかどうかなんて気にする必要もないのだが、何故か聞いてしまっていた。

 フランシスは一瞬真顔になり、ベルシュカに濁りのない視線を送る。
 その視線の鋭さ内心動揺するが、表には出さないように堪えた。

「さあ、どうでしょうか?」

 フランシスは鼻で笑ったあと、なんとーー。

 あろうことか、ベルシュカの唇に己のそれを重ねてきたのだ。

 リップ音が響き、唇同士が離れたその瞬間、ようやくベルシュカは我に帰ることができた。
 フランシスは「これが答えですよ」と言い残し、去っていく。

 その後ろ姿を見送りつつ、ベルシュカは顔を真っ赤に染め上げた。

 そして今までに出したことのないほど大きな声で叫び声をあげる。


「……っ、この最低男!」


 フランシスは後ろ手に手を振る。
 そしてベルシュカの声を気にする素振りもなく、歩いて行った。

 一人廊下に取り残されたベルシュカは顔を俯けながらぽつりと溢す。


「私、婚約なんてしたくない……この婚約、どうにかして潰してやる」


 ベルシュカは決意を込めて、握った拳を振るわせるのだった。

 
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