【完結】悪役令嬢は絶対に婚約なんてしたくない! 〜主要人物ほぼ全員悪人帝国に転生してしまった〜

雪井しい

文字の大きさ
上 下
15 / 16

皇帝の企み

しおりを挟む

 ベルシュカはおそるおそる尋ねる。

「どうして私に暗殺者を差し向けたのですか?」

 ついに一番聞きたかったことを口にし、心臓が早鐘を打った。
 陛下が答えるまでの間の数秒が異様に長く感じる。
 たった数秒程度であったのに、体感時間では何分も経ったかのようだった。

 そしてとうとう、陛下が口を開く。


「全ては試練だったのだ」

「試練、ですか?」

 陛下は「ああ」と鷹揚に頷き、不敵な笑みをこぼした。
 目を丸くしながら見つめる私に言う。


「お前が次期皇帝の器に足りうる存在が確かめるためのな」



 時間が止まった気がした。
 聞き間違えかと一瞬思った。

 次期皇帝?
 器?

 様々な単語が頭の中を飛び交い、唐突な言葉にうまく事情を飲み込むことができなかった。
 背中を冷や汗が伝い、無意識に顔が強張るのを感じた。

「次期皇帝、ですか……」

「そうだ。私はベルちゃんをこのフランベルクの皇帝に据えようと考えておる。この暗殺未遂はそのための試練だったのだ」

「ちょ、意味が分かりません……ど、どうして私が次期皇帝の試練を受けなければならないのですか。優秀な皇帝の器は足りうる兄たちもいますし、しかも私は女です」

 一息に質問攻めにしてしまうのは恐ろしいほど頭の中がごちゃごちゃしていたからだ。
 この瞬間、ベルシュカが生まれた中で一番と言っても過言ではないほど混乱していた。

 陛下は立派な髭をさすり、どこか考え込みながら答える。

「そうだな。第一皇子も第二皇子も皆、王足りうる器の持ち主ではある。だがな、このフランベルクを支配するには足りぬのだ」

「な、何故……」

「あやつらは悪人ではあるが、所詮環境の生み出した悪人。本当の悪人というものは、生まれながらにしてその素質を持っているもの。あやつらにはそれが不足している」

 つまり、陛下の言いたいことというのはこういうことだ。

 世の中には2種類の悪が存在しており、環境の生み出した悪人というのは付け焼き刃のようなもの。本当の悪たり得ない。

 そしてもう一種類の悪というものが、生まれ落ちたその瞬間に持って生まれたもの。誰にも左右されない、天性のものだという。

「ベルちゃんの悪の素質というものは、このフランベルク帝国歴代をたどっても突出したもの。悪を悪とも思わない。ただ人が呼吸をするように悪行を成す。ーーそんな存在がいるのに他の人間に皇帝の座を譲るはずないだろう」
 
「……っ、」

 思わず「違うんです」と答えたかった。
 私は前世の記憶を思い出したことにより、人並みの善悪の感情を持つにあたったのだ。
 けれど目の前の陛下の瞳をみて、その訴えをしたところで後の祭りなのだとわかる。

 その双眸には盲目的に悪を信仰する狂気的な感情を宿していた。
 今までのベルシュカの悪行のインパクトのせいもあり、すでに自分への認識を変えることは不可能だと悟る。

 今までのベルシュカは陛下の言った通り、悪を悪とも思わない悪逆非道な女だった。

 生まれ落ちたその瞬間から人としてのなにかしらの感情が欠落していたとしか思えない人間性。
 それが当たり前のように許される環境。

 すべてが噛み合ったことによって悪の種は芽吹き、悪の花として大輪の花を咲かせた。

「私がお前を殺せるはずがない。だが、皇帝へと据えるためにはこの試練が必要だった。ベルちゃんに暗殺者を差し向けるだなんて胸が痛んで仕方がなかった」

「……」

「私はな、長年自分という存在は悪人の中の悪人だと思っていたのだ。だが、お前が生まれてそれは錯覚なのだと気付いた。ベルちゃんのような悪を体現するーーーー悪の権化ともいえる人間が存在したと分かった時、自分の矮小さに気付いたのだ」

 もう何も言うことができなかった。
 目の前の玉座に座るのは周辺諸国にも恐れられている鬼人でもなく、家臣からも尊敬されている陛下でもない。
 そしてベルシュカに優しかった父親でもなくーーーーただ盲目に悪を愛する一人の男だった。


 ベルシュカはそのとき悟ったのだ。


 陛下がこれまで自分に甘かったのは、愛娘だからというわけではない。
 ただベルシュカという存在が己の悪を超える存在であると思い知ったからだった。

 身体がぶるりと震える。
 全身の鳥肌が立ち、目眩すら覚えた。

 だが、ベルシュカは奥歯を噛み締めて陛下にまっすぐな視線を送る。

「私は皇帝の座には興味がありません。なので、辞退させていただきたいです」

「…………そう言うと思っていた。ベルちゃんが王座には興味がないのは知っておった。お前はただ悪を振り撒く存在。権利にも興味がなく、王というものはしがらみにしか過ぎない。……それが悪の権化という存在なのだからな。ーーだが」

 陛下は口元を緩ませて狂気的な笑みを見せる。
 そして信仰に酔いしれながら続けた。

「周りはそうは考えない。ベルちゃんが望もうと望まないとも、勝手に王へと祭り立てられるだろう」

「……それは」

「まあよい。たしかにお前は悪の権化とは言えど、まだ芽吹いたばかりの蕾。ひよっこだ。長年王を務めてきた私にはまだ勝てぬよ」

 ベルシュカは息を詰めた。
 権力の上でも陛下に勝てるわけもなく、今は言われたままにする他なかった。

 そんな悔しさを胸に宿すベルシュカを尻目に、陛下はまたも仰天することを言い出し始めた。


「ベルちゃん、ひとまずお前を結婚させることに決めた。相手はーーーー



 ーーーーフランシス・テプラーだ」


 目の前が真っ暗になった気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!

みなと
恋愛
「思い出した…」 稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。 だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。 そして、殺されてしまったことも。 「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」 冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。 その結果はいかに?! ※小説家になろうでも公開中

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...