6 / 16
苦手な男
しおりを挟むフランシス・テプラーという男はその身ひとつで成り上がった男だ。
元々はとある地方貴族の庶子として生を受けたがめきめきと頭角を表す。
そして20代半ばという若さでこの国の宰相職にまで上り詰めていた。
当時、フランシスが宰相になることに反対する勢力は大きかったが、気づけばその勢力の勢いは衰えていった。
ベルシュカはその理由こそ知らないが、おそらくフランシスが何かしら裏で手を回していたに違いない。
彼の仕事の手腕は素晴らしく、ベルシュカが財政を圧迫して民衆の生活を苦しめているはずなのに反乱が起きることは全くなかった。
その才能があったからこそ、皇帝は彼を宰相として立てるに至ったのだろう。
ベルシュカはフランシスという貴族といえど庶子の子がそのような国の重職につくことが気に食わなかった。
なので数々の嫌がらせ等をしたが難なく交わされる。
その嫌がらせに対する恨みなのか、フランシスはベルシュカに対して非常に辛辣であった。
それもあって今度は皇帝である父に訴えるに至るのだが──。
ベルシュカを溺愛する皇帝もフランシスを宰相職から外す事を認めなかった。
彼の能力はこの国にとって必要なのだ。
そして同時にフランシスのようなものを帝国の要職から追い出し、もし仮に他国へといってしまえば損害も計り知れないのだ。
それほどまでの傑物なのである。
……非常に煩わしいほどに。
ベルシュカがこの男が苦手な理由はそれだけでない。
なにか薄寒い気配をごく稀に感じさせることがあるからだ。
ベルシュカはこの男は今まで出会ったどんな人間よりも危険な人物だと考えていた。
幼い頃から命を狙われ続けてきているベルシュカは勉学は出来ずともそのような危機察知能力だけは高いのである。
伊達に16年も生き抜いてきてない。
頭の中で宰相フランシスに対する思いつく限りの罵詈雑言を並べる。
そしてベルシュカは口を開いた。
「もちろん。お偉い宰相様にはわからないでしょうけど」
「ほお…………僕にわからない事があると」
「そうよ、人の心っていうのは貴方が思うほど単純じゃないのよ。頭でっかちな貴方にはわからないでしょうけれど」
ベルシュカが皮肉を交えて答えると、フランシスの切長の瞳がすっと細くなる。
ああ、これはもしかして面倒なことになったかも知れないと思ったベルシュカは少しだけ後悔した。
のちに嫌味をたっぷり言われるかもしれない。
ベルシュカに直接嫌味を向けることが出来るのは、この宰相か兄弟たちだけなのだ。
ベルシュカは内心の焦りを態度に表さないようにしながらも、皇帝になにかしらの助けを求めて顔を向ける。
だが、皇帝の口から出たのはまったくもって頓珍漢なことだった。
「うむ、二人は仲がいいよのお。ベルちゃんがこんなに生き生きと言い合いができるものはフランシスくらいじゃろ」
ベルシュカは顎が外れそうになるほど驚嘆した。
同時に皇帝の目の節穴具合に頭痛が起きそうになる。
「…………父様、それは激しく誤解を受けていらっしゃいますわ。むしろこの無神経男は私の生涯の仇とも言えるくらいなのです」
「ほうほう、生涯の友か。なんと素晴らしい!」
最近、皇帝の耳が遠くなっていないかと心配になる。
ベルシュカは大きく嘆息をし、何も反応がないフランシスに視線を向けた。
フランシスはまったくもって否定も動揺もせず、我知らぬという様子だ。
その態度がまた癪に触る。
舌打ちをしそうになるが、ここは抑えなければと小さく深呼吸をした。
そうしていると少しだけ落ち着いてきた気がするとベルシュカは思った。
だが、そんな気持ちを一瞬でぶち壊すようなことを皇帝は口にした。
「そうじゃ、いいことを考えた。
────ベルちゃんの教師をフランシスに頼むのはどうじゃ」
「…………へ!?」
思わず耳を疑うような発言に思わず大きな声が出そうになる。
ベルシュカは焦りを隠せずに皇帝へと言う。
「……その、それはちょっと……」
「大丈夫じゃ。フランシスはこの国1番の明晰な頭脳を持っておるし、何よりなんでもしっている。むしろ、この者以上に適任なものはいないじゃろ」
「…………と、父様。宰相はただでさえ公務で忙しいでしょう? そんな私の教師になる時間なんて取れませんよ」
このままでは宰相が専属教師に決まってしまう。
慌てるベルシュカを置いて、皇帝は髭をさすりながら答えた。
「ううむ、たしかに此奴は忙しいからの。じゃが1週間のうち1日、それも数時間程度あけることは可能じゃろうて。それ以外のときは別の教師を派遣すればよい。ベルちゃんにもきっと良い経験となるぞ。うむ、良いな────フランシス?」
皇帝は我決めたとばかりにフランシスに問う。
このままでは大の苦手である宰相と週に一度は邂逅し、教師と生徒というなんとも最低な関係になってしまうかも。
そう考えたベルシュカは最終手段として、フランシス自身に目を向ける。
敵に助けを求めるのは最低な気分だが、もうこれしか方法はない。
フランシスもベルシュカのような我儘な小娘を相手するのは勘弁願いたいことだろう。
だがベルシュカの気持ちに相反し、フランシスはにこりと微笑んだ。
「陛下、その業務───受けさせていただきます」
フランシスの瞳の奥になにか空恐ろしいものをみる。
ベルシュカは漠然とした不安に身を震わせた。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!
みなと
恋愛
「思い出した…」
稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。
だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。
そして、殺されてしまったことも。
「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」
冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。
その結果はいかに?!
※小説家になろうでも公開中

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。

気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる