【完結】悪役令嬢は絶対に婚約なんてしたくない! 〜主要人物ほぼ全員悪人帝国に転生してしまった〜

雪井しい

文字の大きさ
上 下
5 / 16

謁見の間にて

しおりを挟む


 皇帝との謁見はおよそ2週間ぶりだった。
 ベルシュカは皇帝陛下にお金の催促という名のおねだりをするためである。

 つい2週間前も欲しい数多のドレスと宝石類の代金をせしめるために謁見をお願いし、無事お金を手に入れることに成功する。
 そのお金の出処は国家予算とも言うのだが。


 ただここ数年は皇帝との面会に足を運ぶことが億劫だった。
 それは何故か──。


「第三皇女、ベルシュカ・フランベルク、ただいま陛下の仰せにより御前にまかりこしました」
「うむ」

 ベルシュカは豪奢なドレスの裾を持ち、慣れた様子でカーテンシーを披露した。
 皇帝はその様子に神妙に頷く。


「おもてをあげよ」


 その言葉でベルシュカは顔を上げ、ようやく自身の父親である皇帝を視界に捉えた。


 フランベルク帝国皇帝、ヨナーシュ・ド・フランベルク陛下が白い顎髭をさすりながらベルシュカを見ていた。
 こうしてみると厳ついその顔つきと服を着ていてもわかるほどの鍛えられた肉体が分かる。

 若い頃は自身の配下とともに戦場を駆け抜けた経歴を持つらしい。
 そして『フランベルクの鬼人』とまで呼ばれるように至ったそうだ。
 いまでもその異名を聞けば震え出すものがいるほどの剛勇ぶりとのこと。

 聞いてもいないのに父が何度も話してきたことだったため、記憶に残っている。耳にタコができるくらい聞かされた。

 さすがにベルシュカも皇帝である父に苦言を呈すことは躊躇ったらしく────というよりも機嫌を取るためにもあえて何も言わなかったということもあるが────聞き流していた。

 皇帝はその功績もあって、第8皇子であったにも関わらず皇帝に指名されたのだ。
 そしてその後、父は自身の皇太子としての地位を脅かす可能性のある兄弟らを皆殺しにした。

 そのような恐ろしい皇帝なのだ。

 だが。


「…………うむ、もう建前はよいな。………ベルちゃぁぁぁん、大丈夫だったかのう? わし、本当に心配したんだぞ? もう平気なのか? 無理はしておらぬか?」


「…………はい。ベルシュカは元気になりました。陛下が筆頭医師を寄越してくださったおかげです。ありがとうございます」

「そ、そんなことは構わない。というかベルちゃん……わしのことは父様と呼べと何度も言っておるのに……父様は悲しいぞ」


 そう言って皇帝は半べそをかきながら肩を震わせる。
 いい歳の男がすることではない。

 先ほどまでの威厳はどこへ行った。
 この場の様子を見れば、みな口を揃えてそう言うだろう。
 まあ彼は皇帝なのだからそのような指摘をするようなものは誰もいないのだが。

 いや、ベルシュカの兄弟ならばするかもしれないが。

 ベルシュカは顔が引き攣りそうになるのを堪えて微笑みを浮かべた。
 そして笑顔で「父様」と呼びかける。

 それにより皇帝は元気を取り戻したのか、満面の笑みを浮かべた。


「本当にベルちゃんが何もなくてよかった。ところであのときの護衛の始末はきちんとつけたのか?…………おい、そこのベルちゃんの召使い。問いに答えよ」

 皇帝はそう言ってベルシュカの遥か後方の壁際にて待機していたアンナに問いかける。
 ベルシュカの専属の召使いであり右腕でもあるアンナは特別に謁見の間への立ち入りを許可されているのだ。

 アンナはその場で膝をつき、神妙な口調で答える。

「……大変申し訳ございません、始末はしておりません」

 その答えに「なんだと!」と怒声を上げ、眉を釣り上げて怒りをあらわにする。
 そして常に持ち歩いている宝剣を鞘から抜いた。
 


「父様! 申し訳ございません! そう命令したのは私なのです!」



 ベルシュカはこれはまずいと思い、話に割り込んだ。
 本当ならば良くないことであるが、ベルシュカに甘い皇帝はそれでも許してくれる。

 ベルシュカは自身が暗殺者に狙われているためになるべく警護するものを減らしたくないこと、さらにはすべて自分の失態である事を伝えた。
 皇帝はその言葉にあまり納得はしていなかったが「ベルちゃんがそう言うのならば仕方ない」と剣を納めてくれた。



「それでベルちゃん。快気祝いに何か欲しいものはないか?」


 先程の激憤をなんとか鎮めた皇帝は甘い声で問いかけた。


「父様、私このドレスや宝飾品などたくさんいただきましたわ」

「あれは見舞いの品だ。ベルちゃんが元気になるようにと願って贈ったものだから快気祝いの品とは別だぞ? ほれ、なんでも好きなものを言いなさい」


 ベルシュカは思わず頭を抱えそうなった。
 ベルシュカがこんなにもわがままな暴虐娘に育ったのも、もしかすればこの親バカ皇帝のせいかもしれない。


 前世の記憶を思い出したベルシュカはこれがこのような激甘ぶりは普通でないことに気づいた。
 今までは当たり前のように受け入れてきたが、これは異常である。
 

 だが、ベルシュカはあえてこの『快気祝い』を受け入れることにした。


 それもこれもこれから生き抜くためである。

「それでは父様、ひとつお願いがございます」
 
 ベルシュカは落ち着いた声で言う。




「私に教師をつけていただければと」



 ベルシュカはこの世界についてすごく疎い。
 これまでは何も知ろうとしなかった。
 昔は教育担当の者がいたが、ベルシュカは強く拒否をした。
 勉強が大嫌いだったからだ。
 皇族であるのにそれを許されてきたのはすべて皇帝が許してきたからだろう。

 謀略ばかり溢れる宮殿で生き抜いていくためには知識が必要だった。

 ベルシュカは真っ直ぐに皇帝を見つめる。

 だが、皇帝が口を開く前に別の声が耳に届く。




「殿下には一番必要でないものでは?」




 ずっと視界に入らないようにしてきていた黒髪の美丈夫。
 皇帝の側に控えている男。



 ────フランシス・テプラー。


 このフランベルク帝国の若き宰相。



 ベルシュカが皇帝との謁見に対し億劫になった原因そのものだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!

みなと
恋愛
「思い出した…」 稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。 だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。 そして、殺されてしまったことも。 「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」 冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。 その結果はいかに?! ※小説家になろうでも公開中

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...