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謁見の間にて
しおりを挟む皇帝との謁見はおよそ2週間ぶりだった。
ベルシュカは皇帝陛下にお金の催促という名のおねだりをするためである。
つい2週間前も欲しい数多のドレスと宝石類の代金をせしめるために謁見をお願いし、無事お金を手に入れることに成功する。
そのお金の出処は国家予算とも言うのだが。
ただここ数年は皇帝との面会に足を運ぶことが億劫だった。
それは何故か──。
「第三皇女、ベルシュカ・フランベルク、ただいま陛下の仰せにより御前にまかりこしました」
「うむ」
ベルシュカは豪奢なドレスの裾を持ち、慣れた様子でカーテンシーを披露した。
皇帝はその様子に神妙に頷く。
「おもてをあげよ」
その言葉でベルシュカは顔を上げ、ようやく自身の父親である皇帝を視界に捉えた。
フランベルク帝国皇帝、ヨナーシュ・ド・フランベルク陛下が白い顎髭をさすりながらベルシュカを見ていた。
こうしてみると厳ついその顔つきと服を着ていてもわかるほどの鍛えられた肉体が分かる。
若い頃は自身の配下とともに戦場を駆け抜けた経歴を持つらしい。
そして『フランベルクの鬼人』とまで呼ばれるように至ったそうだ。
いまでもその異名を聞けば震え出すものがいるほどの剛勇ぶりとのこと。
聞いてもいないのに父が何度も話してきたことだったため、記憶に残っている。耳にタコができるくらい聞かされた。
さすがにベルシュカも皇帝である父に苦言を呈すことは躊躇ったらしく────というよりも機嫌を取るためにもあえて何も言わなかったということもあるが────聞き流していた。
皇帝はその功績もあって、第8皇子であったにも関わらず皇帝に指名されたのだ。
そしてその後、父は自身の皇太子としての地位を脅かす可能性のある兄弟らを皆殺しにした。
そのような恐ろしい皇帝なのだ。
だが。
「…………うむ、もう建前はよいな。………ベルちゃぁぁぁん、大丈夫だったかのう? わし、本当に心配したんだぞ? もう平気なのか? 無理はしておらぬか?」
「…………はい。ベルシュカは元気になりました。陛下が筆頭医師を寄越してくださったおかげです。ありがとうございます」
「そ、そんなことは構わない。というかベルちゃん……わしのことは父様と呼べと何度も言っておるのに……父様は悲しいぞ」
そう言って皇帝は半べそをかきながら肩を震わせる。
いい歳の男がすることではない。
先ほどまでの威厳はどこへ行った。
この場の様子を見れば、みな口を揃えてそう言うだろう。
まあ彼は皇帝なのだからそのような指摘をするようなものは誰もいないのだが。
いや、ベルシュカの兄弟ならばするかもしれないが。
ベルシュカは顔が引き攣りそうになるのを堪えて微笑みを浮かべた。
そして笑顔で「父様」と呼びかける。
それにより皇帝は元気を取り戻したのか、満面の笑みを浮かべた。
「本当にベルちゃんが何もなくてよかった。ところであのときの護衛の始末はきちんとつけたのか?…………おい、そこのベルちゃんの召使い。問いに答えよ」
皇帝はそう言ってベルシュカの遥か後方の壁際にて待機していたアンナに問いかける。
ベルシュカの専属の召使いであり右腕でもあるアンナは特別に謁見の間への立ち入りを許可されているのだ。
アンナはその場で膝をつき、神妙な口調で答える。
「……大変申し訳ございません、始末はしておりません」
その答えに「なんだと!」と怒声を上げ、眉を釣り上げて怒りをあらわにする。
そして常に持ち歩いている宝剣を鞘から抜いた。
「父様! 申し訳ございません! そう命令したのは私なのです!」
ベルシュカはこれはまずいと思い、話に割り込んだ。
本当ならば良くないことであるが、ベルシュカに甘い皇帝はそれでも許してくれる。
ベルシュカは自身が暗殺者に狙われているためになるべく警護するものを減らしたくないこと、さらにはすべて自分の失態である事を伝えた。
皇帝はその言葉にあまり納得はしていなかったが「ベルちゃんがそう言うのならば仕方ない」と剣を納めてくれた。
「それでベルちゃん。快気祝いに何か欲しいものはないか?」
先程の激憤をなんとか鎮めた皇帝は甘い声で問いかけた。
「父様、私このドレスや宝飾品などたくさんいただきましたわ」
「あれは見舞いの品だ。ベルちゃんが元気になるようにと願って贈ったものだから快気祝いの品とは別だぞ? ほれ、なんでも好きなものを言いなさい」
ベルシュカは思わず頭を抱えそうなった。
ベルシュカがこんなにもわがままな暴虐娘に育ったのも、もしかすればこの親バカ皇帝のせいかもしれない。
前世の記憶を思い出したベルシュカはこれがこのような激甘ぶりは普通でないことに気づいた。
今までは当たり前のように受け入れてきたが、これは異常である。
だが、ベルシュカはあえてこの『快気祝い』を受け入れることにした。
それもこれもこれから生き抜くためである。
「それでは父様、ひとつお願いがございます」
ベルシュカは落ち着いた声で言う。
「私に教師をつけていただければと」
ベルシュカはこの世界についてすごく疎い。
これまでは何も知ろうとしなかった。
昔は教育担当の者がいたが、ベルシュカは強く拒否をした。
勉強が大嫌いだったからだ。
皇族であるのにそれを許されてきたのはすべて皇帝が許してきたからだろう。
謀略ばかり溢れる宮殿で生き抜いていくためには知識が必要だった。
ベルシュカは真っ直ぐに皇帝を見つめる。
だが、皇帝が口を開く前に別の声が耳に届く。
「殿下には一番必要でないものでは?」
ずっと視界に入らないようにしてきていた黒髪の美丈夫。
皇帝の側に控えている男。
────フランシス・テプラー。
このフランベルク帝国の若き宰相。
ベルシュカが皇帝との謁見に対し億劫になった原因そのものだった。
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