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悪逆令嬢ベルシュカ・フランベルク
しおりを挟むここは宮殿。
今宵も舞踏会が開かれ、パーティー会場には多くの貴族が集っていた。
「あーら、ごめんなさい。影が薄すぎて全く気が付かなかったわ」
金の髪を持つ美しい少女は口元に弧を浮かべ、型の落ちた古臭いドレスに身を纏う令嬢に対し小馬鹿にした視線を向けた。
シャンデリアの光にきらきらと髪が輝かんばかりの少女はいかにも高級感あふれる真紅のドレスを身に纏っている。
装飾品の類も一目で最高品質と分かるものばかりだ。
それに対し、影が薄いと言われた令嬢は古ぼけたドレスにワインの染みを作っていた。
金の髪を持つ令嬢がグラスに入っていたワインをわざとかけたのは口調からも明らかだった。
陰湿な嫌がらせであるにも関わらず、周囲で様子を窺っていた貴族たちは仲裁に入る様子はない。
彼女たちの周囲はしん、とした空気を漂わせている。
一張羅であるドレスを汚され、さらには周囲の空気に耐えきれなくなった令嬢は泣きながら会場をあとにした。
「場違いなのよ」
その後ろ姿を目に鼻を鳴らすのは帝国の第三皇女、ベルシュカ・フランベルク。
美の神が手によりをかけて作り出したかのようなその美貌は齢16にもかかかわらず帝国一ともてはやされている。
「ワイン」
ベルシュカは空のワイングラスを傾けて言った。
「……っ! ただいまお持ちいたしますわ殿下。──殿下がワインをご所望よ。はやくお持ちしなさい!」
「は、はいっ。かしこまりました」
取り巻きの令嬢の一人がベルシュカの声に応え、近くの給仕にワインを持って来させる。
みなその表情には緊張が見られた。
ワイン騒動から周囲の貴族たちも興味を失い、パーティーは賑わいを取り戻していた。
「それにしてもあの子、あのようなドレスでよく人前に出られますわよね」
取り巻きの一人がそういうと、他の令嬢たちも口々に「目障り」「小汚い」と罵りだす。
ベルシュカは周りの令嬢たちに同意することもなく、ワインを口にした。
ベルシュカはすでに先程のワイン騒動などどうでもよくなっていた。
古臭い匂いのするドレスの羽虫女は自身の視界に入るのに相応しくないと思ったからこそ追い出したのだ。
ここは全てが最高級で溢れかえる王宮のパーティー会場。
虫が侵入したら誰だって不快になる。
わざわざ退治してあげたことを周囲には感謝してもらいたいほどだ。
周囲の取り巻きたちはご機嫌取りとばかりに今日のベルシュカのドレスや宝飾類らを褒め称える。
いつも通りの光景に飽き飽きした彼女は持っていたワイングラスを手から離した。
パリンと音が会場中に響き渡り、取り巻き令嬢たちは皆揃って顔を青ざめさせた。──ベルシュカの機嫌を損ねてしまったことを恐れて。
「ほんと退屈」
美しい顔は恐ろしいほど無表情だった。
ベルシュカ・フランベルクはその美貌とは裏腹に恐ろしい少女だった。
彼女は自身の欲しいもののためならば金に糸目をつけず、必ず手に入れる。
そのため国庫の予算を生まれてからの16年で3割をも消費し続けて、民衆の生活を圧迫している。
そのせいで人々から恨まれ、陰口を叩かれることもあった。
だがそんな人間はいずれも見せしめとばかりに痛めつけられ、貴族たちの中には没落にまで追い込まれるものもいた。
帝国一とも目される彼女の美貌を欲し、手を出そうと計画した男は3日後、自宅で死んでいた。
自殺であると帝国からの発表があったが、本当かどうか定かではない。
ただ、その後のパーティーでベルシュカに死んだ男のことを話題に振ったものはことごとく何かしらの災いが訪れた。
ベルシュカのその暴虐を尽くさんばかりの行動を諌めるものはいない。
なぜなら彼女の父である皇帝は、ベルシュカを溺愛しているためだ。
ベルシュカの母は幼い頃に他界しており、彼女の暴虐を止めるものは今や誰一人としていなかった。
兄弟たちの中には国庫の予算を貪り尽くさんとばかりの彼女を最初は止めようとしていたが、ことごとく失敗に終わる。
次第に彼女は周囲の人々からこう呼ばれ始めた。──悪逆令嬢と。
「帰る。アンナ、来なさい」
「はい、殿下」
忠実なる下僕であるアンナに声をかけ、ベルシュカはパーティー会場を後にした。
ベルシュカは今日、今朝から苛立つことばかりだった。
新しく来たメイドは行動が遅い役立たずであるし、買ったばかりの奴隷は反抗的であるし、欲しかった結局宝石は手に入らなかった。
まあもちろん宝石は手に入れるまで絶対に諦めないが。
そんな苛立ちを抱え、周囲をかえりみることなく彼女はパーティー会場を後にした。
そしてそんな悪逆令嬢ベルシュカは数日後、酔っ払って階段から落ちた。
即死には至らなかったものの、ベルシュカは強く頭を打ったせいか、意識不明で今もなお眠っていた。
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