【完結】悪役令嬢は絶対に婚約なんてしたくない! 〜主要人物ほぼ全員悪人帝国に転生してしまった〜

雪井しい

文字の大きさ
上 下
1 / 16

悪逆令嬢ベルシュカ・フランベルク

しおりを挟む


 ここは宮殿。
 今宵も舞踏会が開かれ、パーティー会場には多くの貴族が集っていた。

「あーら、ごめんなさい。影が薄すぎて全く気が付かなかったわ」

 金の髪を持つ美しい少女は口元に弧を浮かべ、型の落ちた古臭いドレスに身を纏う令嬢に対し小馬鹿にした視線を向けた。

 シャンデリアの光にきらきらと髪が輝かんばかりの少女はいかにも高級感あふれる真紅のドレスを身に纏っている。
 装飾品の類も一目で最高品質と分かるものばかりだ。
 それに対し、影が薄いと言われた令嬢は古ぼけたドレスにワインの染みを作っていた。

 金の髪を持つ令嬢がグラスに入っていたワインをわざとかけたのは口調からも明らかだった。
 陰湿な嫌がらせであるにも関わらず、周囲で様子を窺っていた貴族たちは仲裁に入る様子はない。
 彼女たちの周囲はしん、とした空気を漂わせている。

 一張羅であるドレスを汚され、さらには周囲の空気に耐えきれなくなった令嬢は泣きながら会場をあとにした。

「場違いなのよ」

 その後ろ姿を目に鼻を鳴らすのは帝国の第三皇女、ベルシュカ・フランベルク。
 美の神が手によりをかけて作り出したかのようなその美貌は齢16にもかかかわらず帝国一ともてはやされている。

「ワイン」

 ベルシュカは空のワイングラスを傾けて言った。

「……っ! ただいまお持ちいたしますわ殿下。──殿下がワインをご所望よ。はやくお持ちしなさい!」
「は、はいっ。かしこまりました」

 取り巻きの令嬢の一人がベルシュカの声に応え、近くの給仕にワインを持って来させる。
 みなその表情には緊張が見られた。

 ワイン騒動から周囲の貴族たちも興味を失い、パーティーは賑わいを取り戻していた。

「それにしてもあの子、あのようなドレスでよく人前に出られますわよね」

 取り巻きの一人がそういうと、他の令嬢たちも口々に「目障り」「小汚い」と罵りだす。
 ベルシュカは周りの令嬢たちに同意することもなく、ワインを口にした。

 ベルシュカはすでに先程のワイン騒動などどうでもよくなっていた。
 古臭い匂いのするドレスの羽虫女は自身の視界に入るのに相応しくないと思ったからこそ追い出したのだ。

 ここは全てが最高級で溢れかえる王宮のパーティー会場。
 虫が侵入したら誰だって不快になる。
 わざわざ退治してあげたことを周囲には感謝してもらいたいほどだ。

 周囲の取り巻きたちはご機嫌取りとばかりに今日のベルシュカのドレスや宝飾類らを褒め称える。
 いつも通りの光景に飽き飽きした彼女は持っていたワイングラスを手から離した。

 パリンと音が会場中に響き渡り、取り巻き令嬢たちは皆揃って顔を青ざめさせた。──ベルシュカの機嫌を損ねてしまったことを恐れて。

「ほんと退屈」

 美しい顔は恐ろしいほど無表情だった。

 ベルシュカ・フランベルクはその美貌とは裏腹に恐ろしい少女だった。
 彼女は自身の欲しいもののためならば金に糸目をつけず、必ず手に入れる。
 そのため国庫の予算を生まれてからの16年で3割をも消費し続けて、民衆の生活を圧迫している。

 そのせいで人々から恨まれ、陰口を叩かれることもあった。
 だがそんな人間はいずれも見せしめとばかりに痛めつけられ、貴族たちの中には没落にまで追い込まれるものもいた。

 帝国一とも目される彼女の美貌を欲し、手を出そうと計画した男は3日後、自宅で死んでいた。
 自殺であると帝国からの発表があったが、本当かどうか定かではない。
 ただ、その後のパーティーでベルシュカに死んだ男のことを話題に振ったものはことごとく何かしらの災いが訪れた。

 ベルシュカのその暴虐を尽くさんばかりの行動を諌めるものはいない。
 なぜなら彼女の父である皇帝は、ベルシュカを溺愛しているためだ。
 ベルシュカの母は幼い頃に他界しており、彼女の暴虐を止めるものは今や誰一人としていなかった。
 兄弟たちの中には国庫の予算を貪り尽くさんとばかりの彼女を最初は止めようとしていたが、ことごとく失敗に終わる。

 次第に彼女は周囲の人々からこう呼ばれ始めた。──悪逆令嬢と。

「帰る。アンナ、来なさい」
「はい、殿下」

 忠実なる下僕であるアンナに声をかけ、ベルシュカはパーティー会場を後にした。

 ベルシュカは今日、今朝から苛立つことばかりだった。
 新しく来たメイドは行動が遅い役立たずであるし、買ったばかりの奴隷は反抗的であるし、欲しかった結局宝石は手に入らなかった。
 まあもちろん宝石は手に入れるまで絶対に諦めないが。

 そんな苛立ちを抱え、周囲をかえりみることなく彼女はパーティー会場を後にした。



 そしてそんな悪逆令嬢ベルシュカは数日後、酔っ払って階段から落ちた。
 即死には至らなかったものの、ベルシュカは強く頭を打ったせいか、意識不明で今もなお眠っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!

みなと
恋愛
「思い出した…」 稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。 だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。 そして、殺されてしまったことも。 「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」 冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。 その結果はいかに?! ※小説家になろうでも公開中

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?! ♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

処理中です...