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47.幸せな家族
しおりを挟む心地よい風が肌を撫で、雲ひとつない空はどこまでも広がっているように見える。そんな中で私はバスケットを手に大声で叫んでいた。
「ほらー、早くっ!」
「待って、ノンナ」
追いかけてくるのは数年前に夫となったロレンシオだった。風が一瞬強く吹き、草原の草がざわざわと音を立てる。私は思わず目を細め、飛びそうになる帽子を片手で押さえた。
「見渡しのいいところだな」
高台からは街の全体像が見える。
今日はロレンシオの騎士団の仕事もおやすみとのことで、王都から離れてピクニックにやってきていた。
「ママー、すごい高くて綺麗だねー!」
「そうね。でもあんまり身を乗り出してはダメよ、アベル」
「はーい」
そう言って返事を返してくれるのは5歳になる息子、アベルだった。
息子の喜ぶ顔に釣られ、顔を綻ばせていると後ろから愛らしい声が聞こえる。
「もー! アベルったら危ないじゃない! ママももっときつく注意しなきゃだめだよ」
「ごめんね、ヘレナ。本当にヘレナはしっかりものに育ったねぇ……性格は確実にあなた譲りね」
「それをいうならアベルはお前譲りだろ、ノンナ」
私の横を走り抜け、手すりをぎゅっと握りしめていたアベルの隣に並んだヘレナ。お姉ちゃんらしく、頬を膨らませてアベルを注意する姿に微笑ましさを覚える。
ヘレナは今年で7歳になるが、私以上にしっかり者の女の子だった。金の髪色はロレンシオ様譲りではあるが、それ以上に性格が彼のように真面目な子に育った。そしてその美貌もしっかりと受け継がれている。ヘーゼルの瞳だけは私と同じなのだが、幼いながらもその美貌に婚約者候補を名乗り出る同年代の子が後を絶えない。
たまに10は離れた成人済みの男性まで名乗り出るものだから、親としてはたまったもんではなかった。
親心としてはヘレナには好きに恋して欲しいと思っているのだ。
鼻を垂らしたアベルのためにポケットからハンカチを取り出して拭う姿は立派なお姉ちゃんだ。
反対にアベルは自由奔放でいつもヘレナやロレンシオ、それに使用人たちを困らせる子だ。それも面白いんだから、私は全然構わないんだけどね!
見た目に関しても顔立ちは私にそっくりで、碧眼以外は私と瓜二つと言っても過言ではないほどだ。
「そろそろ昼、食べないか」
そう言って私の隣に並び、自然に腰を抱くロレンシオ。
ここ数年でロレンシオの過保護さは減るどころか増していった。
「そうね、食べましょう! こんな見晴らしのいいところでご飯が食べられるのは久しぶりね」
「ママー、ご飯僕も食べる!」
「もうっ、アベルったら走ったら転ぶよ!」
こちらにかけてくるアベルを追いかけるヘレナ。途中、ヘレナの言葉が当たったのかばたりと転ぶアベルにヘレナとロレンシオは焦った表情を見せる。
あの転び方から言えば擦り傷程度だろう。今でもよく転ぶ私がいうのだから間違いない。
そんなふうに観察していると、アベルはむくりと一人で身を起こす。ヘレナはそばでかがみ込み、「大丈夫?」と声をかけた。
むっつりと黙っていたアベルは次の瞬間、大きな瞳からぽろぽろと涙を溢れされる。大声で泣き喚く姿にヘレナも動揺して「ママ、どうしようっ!」と慌てていた。
「大丈夫よー」
そう言いながらアベルに近づき、体の土を払い落とす。ヘレナがそばで心配そうに見つめていた。
ロレンシオはというと、ヘレナと同様にあわあわと口を開閉している。くすりと笑いながら、土を払い終えた手をパンパンと叩き、ポケットに手を入れた。
「じゃじゃーん、これなーんだ」
「……? ……っ!」
手のひらの上に出されたのは桃色の包み。それを見た途端、アベルは涙の溜まった瞳をさらに大きく見開いてぱちぱちと瞬きを繰り返す。その動作により溜まっていた涙が頬へとこぼれ落ちるものの、彼は気にした様子はない。
それ以上に気を取られるものを目にしていたからだった。
「ぼっ、僕の大好きなキャンディー! ママ、これ食べていいの?」
「うんっ、お昼前だから一個だけだけどね! 大事に食べるのよ」
「うんっ!」
そう言って桃色の包みを手にし、包装紙を剥がして飴玉を口の中に放り込むアベル。
どうやら先程の涙はすっかり止まっており、むしろ上機嫌だった。
ホッとした様子のヘレナとロレンシオに声をかけ、持ってきていたシートの上に誘う。
「今日はサンドイッチよー! ママが朝から手作りしたんだから」
「えっ、ママの手作り……」
ヘレナの嫌そうな声に頬を膨らませながら私は答える。
「大丈夫、ちゃんとメイドさんたちに味見してもらったし。美味しいって言ってくれたよ」
「お世辞じゃなくて?」
上目遣いで疑う姿は7歳児とは思えないほど大人びている。正直たまに私よりもヘレナの方が精神年齢が高いんじゃないかと疑うほどだ。
「ヘレナ、ママの作ってくれたものに文句を言うな。失礼だろ。こういうときはマズくっても美味しいように装うのが大人のマナーなんだ」
「はい、わかったよパパ」
ロレンシオも遠回しに傷つけているのが分かっているのかと思った私だったが、大人の対応で華麗にスルーする。
いちいちツッコミを入れたりしない。私も成長したのだ。
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