【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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43.取り戻した身体

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 意識がスッと肉体に引き込まれ、薄らいでいく。
 この感覚は二度目だった。

 一度目はネズミ体に憑依したとき。
 ロレンシオがいなくなってから至る所を飛び回って(物理的に)探していたのだが、魂が消えていくのを止めることはできなかった。

 どうすればいいのか迷った結果、とりあえず身体が有れば大丈夫なんではという結論に至り、私の宿ることのできる肉体を探したのだが──。

 誤算だったのは元々魂の宿っている肉体には入れなったということだった。
 それは相手が寝ていたり気を失っていても無理だった。
 どうやら魂が未だこの世に存在している肉体を借りて受肉することは不可能らしい。

 そこで思いついたのはすでに魂がこの世にない──つまり死んでいる肉体だった。

 だが死んだと思われている死体が突然動き出せば少なからずこの世に影響が出てしまう。悩んだ結果、目をつけたのは動物だった。

 急いで動物の肉体を探したが、意外と見つからないものでタイムリミットはすでにもう目の前だった。
 ギリギリのところでネズミの死骸と出会い、心理的には受け付けなかったがしょうがなく受肉したところ成功した。
 不幸中の幸いなのは、そのネズミの死骸が死にたてほやほやで腐っていなかったところだろう。

 閉ざされた意識が覚醒していき、私は目を開いた。
 頭から指先に至るまで、懐かしい感覚が蘇る。
 身体をゆっくり起こすがどうやら随分長いことベッドに横になっていた弊害なのかくらりとした。血液循環が悪くなっているらしい。

「姉様っ!」

「ああ、ノンナ! ようやく目を覚ましてくれたっ!」

「ノンナちゃん、お帰りなさい!」

 弟と両親が私の元へと駆け寄ってくる。どうやら受肉は成功したようで、ようやく元の姿へと戻ることができたらしい。

「め、迷惑かけてごめんなさい……」

「姉様が悪いんじゃないっ! 僕が姉様に力を使ってしまったから……」

「でもそれは無意識だったんでしょ? しょうがないことだよ。それにね、幽霊になったりネズミになったりいろんな経験が出来てすごく楽しかったし、初めて王都にも行くことが出来た。楽しかったから許す!」

 言い切る私にフィンセントは目を潤ませ、抱きついてくる。
 小さいその身体を抱きしめ返し、自分とよく似た栗色の髪を撫でると少し落ち着いたようだった。

 家族が駆け寄ってくるのとは対比して、ロレンシオは遠くでこちらを眺めているだけだった。
 だがらその表情は安堵を覚えているように感じ、ロレンシオにも迷惑かけてしまったなと思った。

 身体がふらりと傾き、まだ本調子でないことを悟った家族は部屋を出て行く。
 一緒に出ていこうとするロレンシオに対し、フィンセントはこう言った。

「……ロレンシオ様はどうや姉様のそばについてやっていて下さい。色々話したいこととかあるでしょうし。……僕は馬に蹴られるような無粋な真似はしませんから、あとは二人でごゆっくりどうぞ」

 フィンセントの何か企むような物言いだった。
 思わず顔が赤らむのを感じ、シーツを引き上げて顔を隠す。
 たちすくんでいたロレンシオの表情はこちらからは影になってみることは叶わなかった。

 しばらくするとロレンシオは私の枕元にくる。椅子を引き寄せ腰をかけ、私の顔を覗き込んだ。

「……いつまで顔を隠しているつもりだら?」

「そ、それは……」

「実際のお前が人見知りだったなんて、初めて知ったぞ」

 私は「人見知りではなくてただなんとなく恥ずかしいだけです」と口を開こうとするが、ロレンシオの方が早かった。

「……お前が元の体に戻ったら伝えたいことがあったんだ。ここへくる1ヶ月、そればっかり考えていた」

「…………?」

 馬車の旅の中で考えていた? 
 
 私には全くなにか考えていたとは思ってなく、目を瞬きながらロレンシオの双眸を見つめ返す。 
 白磁の美貌は僅かに朱に染まっており、目線が若干揺れている。

「ど、どうしたんですか一体……も、もしかして体調が悪かったとか? そ、それならもっと早く言ってください……べ、ベッドご用意しますから」

「違う、そうじゃない」

「で、では一体?」

 いつもとは異なる異様な空気に呑まれ、思わず場を濁そうと色々話すがロレンシオは口数が少なかった。

 たしかにおしゃべりな性格ではないが、ここまで無口なのは口籠るのは珍しい。どちらかと言えばさっさと言いたいことだけ言うタイプのはずなのに、ここまで口籠もるのは非常に言い出しにくいことなのだろうかと予想する。

「……俺はここ数ヶ月で色んなことを知った。お前と出会ってからだ」

「いっぱいご迷惑おかけしちゃいましたよね。本当にすみませんでした」

「ああ、迷惑かけられたし……だが、少なからず楽しいと思うこともあった。むしろ俺の生きてきた人生の中で一番楽しかったのかもしれん」

 そこまで思ってくれているとは思わず、私は驚愕で口が開いてしまう。
 私の間抜け面を尻目にロレンシオは続けた。

「……お前は俺と出会った時最初に言ったな? 『恋をすればわかる、いつか死んでもなお、会いたいと思う人に出会える』と」

「は、はい……あのときは上から目線でしたね……」

「ああ、今思い出しても印象的だった。…………俺はお前と会えなかったとき、会話をまともにする事ができなかったとき、思ったんだ。……元の姿のお前とまた会いたいと、語り合いたいと」

 ロレンシオの言葉に心臓が強跳ねる。
 頬に血が集まり、全身が沸騰してしまいそうな感覚を覚えた。

 ロレンシオは真剣な眼差しで。

「お前のことが好きだ」

 言い切った。
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