【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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38.変身ノンナの救助 ロレンシオside

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 牢へ閉じ込められた数日が経った。
 湿気のある暗闇の中にいると悪いことばかり考えてしまう。
 
 この数日、人と触れ合うことができるのは昼と夜の二度の食事のときだけだった。
 食事当番の人間がこの場へと運んでくれるのだ。

 他の牢には今現在誰も閉じ込められてはおらず、ずっと孤独に過ごしていた。

「……そろそろ出ないと約束が……」
 
 タイムリミットが近づいてきている、
 情報屋の老女に頼んだ依頼──ノンナの身体の受け渡しだ。
 もし仮にその約束のときに俺がいなければ、ノンナの身体がどうなるのかわからない。
あのあくどい老女のことだ。下手をすればノンナの肉体はどこかへ置き去りにされてしまうかもしれない。それか臓器だけ抜き取られ、売り払われる可能性だってなくはないだろう。

 それほどまでにあの情報屋は底が知れないのだ。

「婚約を受け入れるしか方法はないか……」

 食事係が来たときにでもその旨を伝えることができれば、俺は解放されるに違いない。だが、おそらく解放されても監視がつき、婚約締結を終えるまでは完全に解放されることはないだろう。

 俺は悔しさでは歯噛みした。

 だがそのとき。

 チュウッ!

 どこからか動物の鳴き声がした。
 鉄格子の外を見ると手のひらサイズの小さなネズミがこちらを覗いていた。
 このサイズ感からいって鳴き声が聞こえなければ気が付かなかっただろう。

 清潔ではないため、ネズミが湧くことは珍しくない。現に部屋の隅には蜘蛛の巣が張っているし、夜になれば虫が飛んでいることも多い。

 そのネズミは鉄格子を越えて、こちらへとやってきた。
 困惑しながらその様子を見ていると、ネズミは俺の足元までやってきて止まる。

 そして四つん這いだった体を起こし、なんと二本足で立ち上がった。バランスが取れずぐらりと傾くが、ふらふらとしながら再度仁王立ちに挑戦する。

 ネズミの異様な光景に目を見張っていたが、俺はどこかそのネズミに親近感を頂いていた。

 どこかで会ったことがある?

 ようやくバランスが取れたのか、ネズミはその小さい手足を使って俺に何かを訴えかけてきた。

 ぴょこぴょこ動く手足に加え、落ち着きのないその様子。もしや。
 

「────お前、もしかしてノンナか?」


 俺が尋ねるとネズミは大きく首を縦に振った。

「お、お前……一体どうしてそんな姿に……」

 そう言いながらも俺は思い当たる節があった。

 ノンナは魂だけの存在だ。
 だから肉体があれば乗り移ることができるのかも知れない。

 なぜノンナがネズミなんかに乗り移ったのか分からないが、おそらくやむを得ない理由でもあったのだろう。

 ノンナは手足を使って何が合図を送ってくると、そのまま鉄格子の隙間から出て行った。
 呆然と見送っていると、数十分後また戻ってきた。

 今度は何かを担いでおり、目の前に落とされたそれを拾い上げる。

「これって……鍵だな。もしかしてお前、牢の鍵を盗んで来たのか?」

 チュウッ!

 ネズミの鳴き声が響き渡り、肯定しているのだと伝わってくる。
 ネズミ語はわからないが、身振り手振りでなんとか理解できそうだった。
 それにしても不衛生そうなネズミに取り憑くなんてどういう心境なのだろうか。
 人間に戻ったら今一番に尋ねたいと思いながら、礼を言った。

「……助かった。俺を見つけてくれてありがとう」

 その幽霊の体で、ネズミの体で、ノンナは俺のことを一生懸命に探してくれたのだろう。その事実に胸が温かくなると同時に、一人にしてしまったことでノンナが孤独に震えていた可能性に思い当たり罪悪感も覚える。

 己の肉体に戻れるという直前に俺が消えて、どんなに心細かっただろうか。
 
 俺はネズミ姿のノンナを拾い上げ、ちょうど良さげなサイズの胸ポケットに入れた。
 そして手にした鍵で牢の扉を開ける。

 嫌な金属音を立てて開き、俺は周囲を見渡した。

「これなら武器になりそうだ」

 そう言いながら拾い上げだのただの金属の棒だった。大方、ここに収容した人間への拷問などに使用していたのだろう。
 そんなものに触れるのは気が引けたが、今はそうはいっていられない。

 ここは地下だ。
 脱出するためには地上への階段を登らなければならない。そこにはおそらく警備が数名いるだろう。

「俺の剣の腕を舐めるなよ」

 フォンターナの警備兵よりも騎士団で腕を磨いた俺の方が強い自信があった。
 俺はそのまま地上への階段を登る。
 胸ポケットにいるノンナに気を配りながら登ると、やはり数名の見張りがいた。
 さくっとそいつらを倒せば案外簡単に地上へと脱出することができた。

 時間は昼間だった。
 窓もない牢の中にいると、体内時計も狂っていき今が何時ごろなのかも分からなくなっていた。

「まずは情報屋のところへ行こう。それとノンナ、お前そのネズミの体から魂だけ抜け出す事はできるのか?」

 ノンナネズミは頭を横に振る。
 どうやら抜け出し方は分からないようだ。

「お前をこのままにしてはおけない。どうにか人間に戻る方法も一緒に見つけなければ」

 方法はひとつだけ思い至っていた。
 だがそれにはノンナが魂だけの存在になった理由も突き止めなければならない。

 どっちにしても俺はベルティーニ領へ赴き、話を聞かなければならないだろう。

 だがその前に、俺はその足のまま情報屋の元を訪れた。

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