【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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37.俺を攫った黒幕は ロレンシオside

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 寒い。
 頭が割れるように痛い。

「……んんっ」

 身じろぎをし、瞼を開けた俺の目に映ったのは見覚えのある暗い部屋。

「……っ、ここは……」

 鉄格子に加え、石造の壁で三方向に囲まれており、一目で檻の中だとわかる。
 俺はどうやらその中にあるベッドに寝かされていたようだ。
 少し動くだけで軋む音が響き、普段使用しているベッドとはまったく異なる固い感覚で安物だとすぐにわかる。

 他にも簡易便所が隅に用意されており、少しだけすえた香りがするのは不衛生なことを示唆していた。

 俺はこの場所をよく知っている。
 子どもの頃、何度か入れられたことがあった。

「父上……」

 そう。
 ここはフォンターナ伯爵家本宅の地下にある簡易牢獄だった。
 ここにはフォンターナで捕まえた罪人や敵対する人間などを収容する場所である。

 なぜこんな場所があるのかというと、外交関係の仕事を担当しているフォンターナは敵対する人間が多い。
 狙われることの多いこともあり、暗殺されそうになればその暗殺者を捕まえて拷問したり、密かに己を狙っている情報を知ればその人間を捕まえるためにこの牢獄が用意されていた。

 もちろん城にある牢獄などに比べれば小さく、収監できる人間も両手で数えられるほどなのだが。

 父はよく俺や兄弟たちに罰を与える際、この牢を利用していた。
 幼い頃はこの牢獄に入れられることを恐れて、なるべく父を怒らせないようにしたものだ。

「ふっ、この歳になって罰か? くだらん……」

 どうやらこの牢獄に入れられるほど、父の怒りを買っていたらしい。
 それほどアデリーナとの婚約話に力を入れていたのだろう。
 兄二人はすでに既婚者のため、フォンターナ本家の血筋を引く未婚者は俺しか残されていないのだ。

「そこまでして隣国とのつながりが欲しいんなら養子でもとればいいものの」

 愚痴のように呟いていると、遠くから足音が響いてきた。
 階段を降りる足音は俺のいる牢獄の前で止まる。

「ロレンシオ、起きたか。……この牢に入れられた理由はわかっているな?」

「手紙のことですよね? わかっています。……しかしこれは父上の独断ですか、それとも陛下からの命令ですか?」

 流石に国王陛下の指示の元、俺を捕まえたとあれば分が悪い。
 けれど父の独断であれば、どうにでもなる。

「……私の独断だ。なぜ、婚約しようとしない。アデリーナ嬢では気に入らなかったということか?」

「別段アデリーナ嬢が悪かったというわけではごさいません。俺は自分で結婚相手を見つけますので、父上の指示には従いたくなかっただけです」

「戯言を。そのような児戯を唱えておいて、ただ逃げているだけではないのか? お前の母親もそうだった」

 母親。
 その言葉を聞き、腹の底から熱く苦しいほどの怒りの感情が込み上げてくる。
 
 お前がそれを言うのか?
 そう尋ねたかった。

 俺はその言葉をぐっと飲み込み、鉄格子越しの眼前の男を睨みつける。

「その目。あいつによく似ている。……可愛がってやったのに逃げたあの売女にな」

「…………っ」

 ぎりりと奥歯を噛み締め、怒りの感情を殺す。このような場所で感情的になってはダメだ。分が悪すぎる。
 そう考えていても全身を巡る憤懣は吹き出す寸前だった。

 俺の母は父が囲っていた妾だった。
 異国に仕事へ行った際に見つけた踊り子を無理に攫ってきて己の妾にしたそうだ。

 すでに父には妻がおり幼い兄二人もいたため、母は常々父を誘惑した売女であると噂された。
 だが母にはもともと夫がいた。
 けれど無理矢理攫われてきたせいで離れ離れになったのだ。

 俺を妊娠したと分かった母は俺を蔑ろにした。当たり前だろう。憎い男の血を引く子供なのだ。
 母は常々『お前なんか生まれてこなければよかった』と俺に言った。
 そして俺が4つになった春、母ひ俺を置いてどこかへ消えた。大方、本当の夫の元へ戻ったのだろう。

 唯一の救いといえば、義母────父の正妻が俺のことを気遣ってくれていたことだけだろう。義母は心の根優しい人で、自分の本当の息子でないはずなのに兄たちと同様に接してくれた。

 兄たちや父は俺に無関心だったので、俺にとっての本当の家族というのは義母だけだった。その義母も俺が成人する前に病で命を落としてしまったのだが。

「お前が婚約を受け入れるまではここから出すつもりはない。きちんとビクセーネ公爵に謝罪をし、私の言う通り結婚しなさい」

 まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように言い放つ男は俺のことを何歳だと思っているのだろうか。
 父は俺の年齢なんて知らないだろう。関心すらなかったのだから。
 
 ただ隣国とのつながりが欲しいと言うだけで無関心だった息子の婚姻に口を出すというのはいささか傲慢だろう。
 だがこの男は自分が傲慢だというところがわかっていない。
 伯爵として長年持ち上げられ続けていたのだから、そうなるのも仕方がない。

 この場でとりあえず頷いておいて、後からやはり結婚するつもりがないと答えをひっくり返すことも不可能ではないだろう。
 その場合、現状よりも自体が悪化するのは目に見えている。おそらく牢に閉じ込められる以上のなにかしらの罰が待ち受けているだろう。さすがに面倒だ。

 どうするべきなのか。
 
 沈黙を守っている俺を一瞥した父は「じっくりそこで考えなさい」と言い残して去っていった。

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