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32.消えないために
しおりを挟む「ではやはり魂が消えて無くなる前に元の肉体に戻るしかないか。……ノンナの身体は未だ領内にあるから取りに行かねばならないか」
「私の領までは馬車で1ヶ月はかかります……」
「時間がかかりすぎるな……」
ロレンシオは険しい顔でぽつりとこぼす。肉体を取りに帰る間に消えてしまう可能性だってある。すでに魂だけの存在となってから数週間は経っているのだ。
その様子を見ていたアデリーナは興味深そうにこちらを見ていた。……大方ロレンシオが見えない私と会話していることに興味津々なのだろう。
「……体を取りに行くのが難しければ、王都に運んでくるしかないな。一か八か、情報屋になにか方法はないか尋ねてみよう」
「情報屋の方にですか?」
情報屋という人間はそんな聞いたこともない方法まで知っているのだろうか。
不思議に思った私は目を瞬かせながらロレンシオに問いかける。
「ああ。あの老婦は何でも知っているからな。もしかすれば何か知っているかもしれない」
私が大きく頷き、話はまとまった。
横目で聞いていたアデリーナも持っていたカップをソーサーの上に戻す。
一番初めに口を開いたのはアデリーナだった。
「……ロレンシオ様はノンナさんのこととても仲が良いんですね。まあ私としては色々都合がいいんですけれど」
アデリーナは楽しそうに言った。
どうやら婚約者候補(仮)であるロレンシオが私と仲良くしていても構わない様子だった。むしろどこか嬉しそうに見える。
「……俺はあなたと婚約者候補として扱うよう父に命令されました。けれど、俺はあなたとの結婚を望んでいない。……だが、あなたは俺と同じ気持ちのようですね」
「ええ、わたくしはまだだれとも結婚するつもりはございませんの。わたくし、今は異能の力の研究に力を入れておりますし。そのためにこの国へ来たのです」
「勉学のために留学しに来たとは聞いていましたが、異能の力の勉学とは……ちなみにビクセーネ公爵はそれを知っておられるのですか?」
ロレンシオが問いかけると、アデリーナは小さく首を横に振った。そして「知りません」とどこか嘲笑うように言う。
その時の表情に背筋が凍ったのはアデリーナが極めて美しい人だからだろうか。……美人が怒ると余計に恐ろしい。
「ともかく、わたくしはまだ結婚する気はさらさらないのです。….…年齢的にも婚約者はそろそろ決めなければならないのですが、それをロレンシオ様に強要させるつもりはさらさらありません。……だってロレンシオ様にはノンナさんがいますものね?」
ロレンシオは口にしていた紅茶が器官に入ったのか咽せ、私はいきなりのことに顔を真っ赤にさせた。
どうしてロレンシオの婚約者の話題に私の名前が出てくるのかと混乱するばかりだ。
「そ、それは……」
「ふふふ。否定や肯定は必要ありませんよ? わたくしはそこまで下世話ではございませんの」
未だ動揺するわたしたちを置いてアデリーナはソファから立ち上がった。
ドレスの裾の皺ん整えるように軽く叩き、こちらに一礼する。
「本日はとても有意義な時間が取れましたわ。……またお話しできたら嬉しいです。今度は実体のノンナさんを交えてね」
そう言ってアデリーナは颯爽とさっていった。
残された私たちの間にはどこか気まずい空気が流れる。
「……ろ、ロレンシオ様っ、きょ、今日はお仕事大丈夫なんですか?」
「あ、ああ。今日は午後からだ。まだ数時間はあるから、とりあえず最優先で情報屋のところに行ってみようと思う」
「さっき言っていたことですね! わかりました、私も一緒にいきます!」
微妙な空気は無視し、私は気合を入れて思いを吐露する。
ロレンシオも衣服を正し、鷹揚に頷いた。
◆
私とロレンシオは早速、その情報屋と呼ばれる人のいる建物の前にやってきていた。
非常に年季の入った建物で、扉はキイイと音を立てて開く。
「失礼する」
「ごめんください……」
聞こえないとは分かっていながらも、なんとなくロレンシオに続いて言ってしまうのはそれだけ空気に圧倒されたからだった。まるで物語に登場する魔女の家のような内装だったからだ。
「あらあら、いらっしゃい」
「ご無沙汰してます」
ロレンシオが頭を下げたのは枯れ木のような老女だった。ただのお婆さんのようにも見えるが、どこか底知れない貫禄さえ感じる不思議な人だった。
「あの女についての調べも終わってるよ。ここで話してもいいかい?」
老婆のと問いにロレンシオは頷く。
あの女とは一体誰のことかと尋ねる前に、その答えはすぐに分かった。
「アデリーナ・ビクセーネはビクセーネ家の長女で、社交会では生粋の淑女と言われている。ただそれは表の顔。裏では黒魔術や錬金術などの超自然現象について調べてばかりいるいわゆるオタクってやつだね。一体何が楽しくてそんなことを調べているんだか」
「……他にはなにかありましたか?」
「父親との仲はそれなりに良好だが、義母とは不仲。だからこの国へ勉学のためとの名を借りて留学しに来たとも言われている。……そんなところだね」
老婆はニヤリと口元を緩ませ、手のひらを差し出す。ロレンシオはその手のひらの上に幾分かの金貨を載せた。
情報料なのだろう。
「情報調べてもらった感謝する。……また続けてで申し訳ないんだが、一つお伺いしたいことがある」
ロレンシオはそう言って本題に移った。
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