31 / 48
31.肉体と魂の分裂
しおりを挟む私はアデリーナの言葉を聞いて考える。
私という存在はその異能の力の延長線上にあるのではないかと。
元々はただ熱を出して寝込んでいただけだったのに、気がつけば王都で魂だけの存在となっていた。なぜなのかわからないが。
「…………ロレンシオ様、私のこと、アデリーナ様に話してください。何かわかるかもしれません」
ロレンシオは黙ったまま一瞬だけ私のいる方に視線を向けるが、すぐに逸らされる。
「お願いします。……これ以上、ロレンシオ様に迷惑をかけたくないんです!」
「……っ」
息を呑み、眉間に皺を寄せるロレンシオ。
私はその隣に腰掛け、袖口を掴んでいい募る。
「ダメで元々です。少しでも何か手がかりがあれば…………」
「わかった」
ロレンシオは頷き、私の手を握った。
アデリーナは小首を傾げてその様子を見ていたが、はっとしたようにロレンシオに視線を向けた。
「……もしかして、そこに何かいるんですか?」
「ああ。ここにはノンナと呼ばれる女性がいる。昨日あのバルコニーで俺と話していたのはこいつだ」
「ああ……」
納得いったような面持ちで軽く頷いたアデリーナは私のいる場所に目を向ける。
見えているわけはないのだろうが、その瞳の奥には隠しきれない好奇心が感じ取れる。
人形のような空虚な普段の姿からは想像もつかないほど目をキラキラとさせ、まるで子どものようだった。
「すごい……私、魂だけの存在なんて初めて見ましたわ。実際に見えてはいないんですが……」
「アデリーナ様ってなんだか面白い人ですね!」
私がにこやかに笑っていると、ロレンシオは呆れたようなため息をつく。
その様子にアデリーナはどうしたのかと尋ね、私の言っていることを間接的に伝えてくれた。
「……魂だけの存在と間接的にはなしてしまいました……こんな機会滅多にないのに……わたくし、感動いたしました」
アデリーナはどうやら異能の力関係の話題になると案外直情的なようで、あっさりと私の存在を認めてくれた。
「それで、このノンナというやつが一体どうしてこのような姿になってしまったのか、あとはこの状態から戻ることはできるのかどうかを知りたいのですが……」
「そうですね。わたくしがこれまで見てきた文献の中でいくつか思い当たる節はあります」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出して尋ねる私に対し、ロレンシオはうるさいと言った視線を寄越してきたので大人しく席へと座り直す。
少しだけ興奮しすぎてしまったのかもしれない。
「……それで、その思い当たる節とは?」
「いくつかあるんですが、一つは人を殺してその魂を悪霊へと変換させ、自身の配下に加える異能」
ロレンシオは首を振って言い放つ。
「それはなさそうです。ノンナは悪霊ではありません。意思疎通も取れますし、悪霊のように醜くない」
「ロレンシオ様は悪霊を見たことがあるのですか!?」
アデリーナも先程の私と同じくらい興奮して口を押さえながら叫んだ。
彼女は自分の行動に照れを感じたようで、軽く咳き込み姿勢を正す。
「申し訳ありません。話を続けさせていただきます。……悪霊でなければ、あと一つ。──肉体と魂を分離させる異能の力というもの。それが太古に存在していたと記されていた文献を見たことがあります」
私はアデリーナの言葉を噛み砕くように繰り返す。
「肉体と魂を切り離す…………それはどんな意味を持つんでしょうか。そんなことをしていったいなんの意味が……」
「空の肉体に自身の魂を入れることによって、別人に成り代わることができる。そしてもし仮に魂の入っていた肉体が致命傷を受けたとしても、新たな肉体があれば死ぬことはない……」
ロレンシオの言葉に納得する。
たしかにそう考えればものすごい異能かもしれない。
「そうです。その異能の力を持つものが自分ではない誰か──この場合ノンナさんに使われたと考えることが合理的な答えでしょう」
「でも……私、そんなの使われた記憶なんてこれっぽっちもありませんよ」
熱でうなされていた私は自室のベッドで横になっていた。自室は家族や数名や使用人以外は立ち入ることはないし、わざわざ外部から侵入して私にその異能の力を使ったというのもおかしな話だ。
「ノンナは『異能の力を使われた記憶はない』と言っていますが……」
「それならば、使用者が無意識のうちに使っていたという可能性もあります。……ですが、使った本人でなければ何故そんなことをしたのかなんて分かりませんので、考えるだけ無駄です」
アデリーナはばっさりと切り捨て、そして続け様に言った。
「たしかこの力にはある欠点があったと思います。…………魂のみで長時間い続けることは出来ないという欠点が」
私とロレンシオは同時に絶句した。
ロレンシオは恐る恐る尋ねる。
「もし長時間魂のままなら……一体どうなるんですか?」
「……消えてなくなってしまうらしいです」
その話が本当であれば、私もいつか消えてしまうのかもしれない。
たしかに考えとしては道理にかなっている。普通は肉体と魂で一つの人間であるはずなのに、それがバラバラになっているだなんて世界の法則に反しているとしか思えない。
次第に消えてしまうということは予想がつく。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~
にわ冬莉
恋愛
デュラは小国フラテスで、10歳の姫、グランティーヌの専属近衛をしていた。
ある日、グランティーヌの我儘に付き合わされ、家出の片棒を担ぐことになる。
しかしそれはただの家出ではなく、勝手に隣国の問題児との婚約を決めた国王との親子喧嘩によるものだった。
駆け落ちだと張り切るグランティーヌだったが、馬車を走らせた先は隣国カナチス。
最近悪い噂が後を絶たないカナチスの双子こそ、グランティーヌの婚約者候補なのである。
せっかくここまで来たのなら、直接婚約破棄を突き付けに行こうと言い出す。
小国の我儘で奔放な姫に告白されたデュラは、これから先を思い、深い溜息をつくのであった。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる