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36.攫われた王子様 ロレンシオside
しおりを挟む「おい、どうした? 大丈夫か?」
「……っ、あ、ああ」
俺はどうやら深く考え込んでしまっていたようで、ヨーゼフの問いかけに差し支えないことを伝えた。
「……で、そんなに考え込むってことは好きな人ができたっていうのマジなんじゃ──」
「──ヨーゼフ。お前、こんなところで油を売ってないで、さっさと訓練に行け。最近、我が第三部隊は少し弛んでるぞ」
「それは主にロレンシオが雰囲気柔らかくなったのに釣られたんじゃ……」
俺は鼻を鳴らし、手元の仕事に取り掛かる。まだヨーゼフは何か言っていたが全て聞き流し、書類の文字を追うことに集中した。
反応しない俺に飽きたのかヨーゼフが出ていくと部屋は先程までと打って変わって静まり返る。ノンナがいるといつものことのように騒がしいが、いまはどこかに放浪中だ。
騒がしい日常に慣れすぎてしまったのだろう。
俺は騒がしいことが当たり前のように受け入れている自分の変化にどこか憔悴した気分になりつつ、仕事をこなしていった。
◆
数時間後、外もすっかり暗くなり、騎士たちも皆仕事を終えて帰宅していく中、俺は未だに書類に向き合っていた。
ノンナも王城探検から帰ってきていたが、俺の仕事はまだまだ続くと伝え、先に屋敷へと帰した。
通常ならばすでに夕食を終え、湯浴みすら終えている時間だろう。
俺は最後の一文字を書き終え、嘆息を漏らす。朝から晩までペンを動かし続けて疲労困憊していた。
剣を握って戦うことよりも、溜まりに溜まり続ける書類仕事の方が100倍は疲れるのだ。騎士の多くは脳筋で、書類仕事を任せられる人材が非常に少ないというのが問題だった。
ヨーゼフものらりくらりとかわし続けるし、新たにそちらの人材を雇うべきか検討した方が良さそうだと考える。
くっ、と伸びをし、側に掛けていた上着を羽織り外へと出る。
今から帰宅しても食事担当のメイドはすでに仕事を終えているだろう。
それならばと考え、食事は外でとっていくことにした。
騎士団馴染みの酒場で食事と酒をさっといただき、屋敷へと帰還した。
自室に着き、ソファへと腰掛けると扉をノックする音が聞こえた。
この時間に扉を叩くのはノンナしかいないと分かっている俺はおもむろに返事をした。
「今、おかえりになったんですね。今日はずっと書類仕事、お疲れ様です!」
ノンナは屈託のない笑顔で俺に微笑みかける。それだけで、何故だか心が満たされたような思いだった。
夜遅いためか、それとも疲労の見える俺の顔を見たためか、気を使ってさっさと部屋へ戻ってしまった。
この場合、恋人であれば疲れ切った俺を癒してくれるのだろうが、あいにくノンナは恋人でもなければ友人でもない。
ただ互いに利用しあっているだけだ。
「.……ん? そういえばノンナに協力してやってはいるが、俺はなんの利益もないのにどうして……」
呟きながら、ふと思い出して懐に入れておいた手紙を取り出した。
仕事の最中にヨーゼフがわざわざ持ってきた父からの手紙。ヨーゼフに関してはおそらくサボりの口実として運んできてくれたのだろう。
俺はそれに目を通し、目頭を揉んだ。
疲労困憊の身体にさらに負荷がかかりそうな内容で、今日は早くベッドに着いてぐっすりと休息をとりたかった。
だが、その意思に反し、何者かの視線を感じた俺は警戒体制を取る。
この屋敷の中に曲者でも侵入したのだろうか。そんなことを考えていると──。
背に何者かの気配を感じた俺は、勢いよく振り向く。
「……っ、誰だ! こんな夜に何者だ!」
バルコニーから勝手に侵入してきたのは全身黒いずくめの人間たちだった。目に見えるだけでも3名はおり、部屋に緊張感が走る。
俺は突然のことに側にあった剣を抜いて構えた。闖入者たちはというと武器を手にすることはなく、俺の様子を伺っているようだった。
何故攻撃してこない。
何が目的だ。
そう問おうとするも、突如視界がぶれる。
「くっ……」
ぐらりと身体が傾き、膝をついて黒ずくめの男たちを睨みつけた。
一切手は触れられていないのに何をしたのだ、と問おうとするも頭が朦朧とし始める。
部屋に満たされていた甘い香りが鼻を鼻腔をかすめ、はっとした。
いつもと異なるのはこの甘い香りだ。
大方部屋の掃除担当が気を遣って香でも焚いてくれたのだろうと思っていたが、これが俺の体の自由を奪っているといえば話は通る。
だがそうなれば屋敷のメイドも賊に買収されたということになる。
自宅だと思って油断していた。
仮にも貴族の血を持つものあれば隙を作ることは自らを危険に晒す行為だと知っていたはずなのに。
「……く、そ……」
力が抜け、地面に伏した俺を黒尽くめが見下ろす。
俺はこれからどうなるのか。
この場で殺されることはないだろう。
感情に反して瞼が落ちていく。
最後に脳裏によぎったのは屋敷に残されるノンナのことだった。
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