【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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35.執務室にて ロレンシオside

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 ノンナの身体をベルティーニ領から王都へと運んでくる依頼を情報屋にしてから数日が経っていた。

 俺は王国騎士団第三部隊執務室にて、俺は書類仕事を行っている最中だった。
 ただ座って書類に目を通し、サインをする。部下からの伝達を聞き、書類をつくるなど、仕事は大忙しだった。

 なにせ隣国の公爵とその娘がやっててきているのだ。その護衛やいつも行なっている治安の取り締まりなど、やることは絶えない。

 机に向かい続ける俺に飽きが来たのか、ノンナは外へと飛び出していった。どうやらまた王城内を探検するようだ。

『なにか情報があったら報告しますね!』

 そんな言葉を残して言ったが正直まったく期待はしていない。まあ気分転換になるのであればいいだろう。

『あまり奥まった場所へ行くんじゃないぞ。陛下の私室や王国の機密情報が集まる部屋もあるからな。そんな部屋に入ったと知れれば、即処刑されるかもしれん』

『は、はいっ!』

 俺が軽く脅すとノンナは顔を引き攣らせて出ていった。これだけ言っておけば大丈夫だろう、多分。

 そんなわけで、今は一人書類仕事に励んでいた。

 コンコンッ。

「……?」

 扉を叩く音が聞こえ、俺は顔をあげる。この部屋を訪れる人物は限られているため、手元の書き物をやめた。
 自分の部下であればいいが、他の部隊の隊長や騎士団を総括する騎士団長、副団長であれば失礼に当たるからだ。

 特に騎士団長は生真面目なお方なので、少しでも失礼があってはいけない。

「……あ、俺。ヨーゼフ」

「はぁ、勝手に入れ」

 緊張させていた背筋を少しだけ緩め、ぞんざいに言い捨てる。
 ガチャリと音を立てて茶髪の男が入室してきた。こざっぱりとした髪に男性な顔、だがどこか軽薄な雰囲気を纏わせる彼は俺の直轄の部下であり、同じ第三部隊の副隊長を勤めるヨーゼフだ。
 長年の付き合いである彼に遠慮する必要なんてこれっぽっちもないため、単刀直入に言う。

「なんだ? 何か用事か」

「ああ、ちょっとね」

 ヨーゼフは頭をぼりぼりと掻きながら中年くさい様子で部屋に置かれたソファへとどしりと腰掛けた。
 世の女性が見れば目を見張るような姿だ。ヨーゼフは女性のいないところではかなり適当な人間だ。逆に言えば、女性の前では目の前の姿が信じられないほど浮ついた様子だ。

 俺は止めていたペンを再開させ、仕事をしながら尋ねる。

「それで、一体どうした?」

「ああ、その……さっき騎士団の鍛錬場にフォンターナ伯爵がいらっしゃってね」

「なに? ……父上が?」

 どこか困惑した様子のヨーゼフに再び書き物をやめる。

「……フォンターナ伯爵はまだいらっしゃるのか?」

「いや、もうお帰りになったよ。……それにしてもお前、一体何をしたんだ? ものすごい不機嫌だったぞ。うちの部下もひとり、ものすごい剣幕で怒鳴られてて萎縮していた。そいつ騎士団入ったばかりの新人で、しかも田舎育ちの平民出だったか尋常じゃないくらい怯えてた」

「それは。申し訳ないことをしたな……あとでその新人には謝っておく。……そうか、やっぱりあの人はご機嫌ななめか」

 つい数日前、アデリーナと会話した俺は二人で示し合わせて婚約をしないことを互いの両親に伝えた。
 そのことで父は怒っているのだろう。
 せっかく取り付けた婚約をむざむざなくしたことについて。

「あとな、これ……フォンターナ伯爵からお前宛だそうだ」

 そう言ってヨーゼフは俺に手紙を渡してきた。フォンターナの印の入った貴族専用のレターセットを使用した手紙だ。
 前回の呼び出しのときもこれと同じものを手紙として寄越してきたのは記憶に新しい。

 お礼を言い、懐へしまう。
 今すぐに読む必要はない。
 仕事が終わってから読めばいいと思ったからだった。

「で、肝心の答えを聞いてないぞ? なにをしたのかをな」

「…………アデリーナ嬢とは婚約しないと互いの両親に伝えた。ただそれだけだ」

「はあ!? アデリーナ嬢って隣国の公爵の娘だよな? あの別嬪の。なんでだ! あんな美人を嫁にもらえるのに断るなんてもったいない」

 ヨーゼフは机に両手をつき、俺の仕事を妨害しながら大声で喚いた。
 そのかしましさに思わず眉を顰めながらヨーゼフの妨害する手を叩いてどかす。

「べつに意味なんてない。ただあの人とは結婚しようと思わなかっただけだ」

「…………本当は好きな人でも出来たんじゃないのか? 前も聞いただろ? 最近ロレンシオの雰囲気が変わったって」

「…………」

 俺はヨーゼフの質問に沈黙を守る。
 答える必要なんてない、そう思ったのだが。

 『好きな人でも出来たのか出来たんじゃないのか?』

 この質問に対する答えを用意できないでいるためでもあった。

 好きって一体なんだ。
 好ましいと思う人間はこの世に何人もいる。認めるのも癪ではあるが、長年の付き合いでもあるヨーゼフのことは嫌いじゃないし、団長や副団長のことは尊敬している。母に対しても感謝しているし、部下たちも皆真面目に剣の訓練をしている姿に感心する。

 だが、その感情とヨーゼフの言う『好き』という感情は別物であるのだろう。




『お願いします。キスしてください』
『私を抱いてください! もちろん最後まで!』


 
 脳裏にノンナの顔が思い浮かぶ。
 
 俺はノンナのことが好きなのか?

 一人自問自答している俺にヨーゼフが声をかけてくる。

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