34 / 48
34.日常の終わりは突然に
しおりを挟むその朝は突然やってきた。
いつもの通りゲストルームで眠り、朝、寝ぼけ眼でロレンシオの部屋を尋ねた。
前日の夜はロレンシオがひどく疲れ切っていた。なんでも騎士団関係の仕事でトラブルがあったらしく、朝から晩まで方々に駆けずり回ったらしい。
そんなロレンシオを見て、流石に添い寝と称して襲い掛かろうなどとは思えなく、一人寂しくベッドについたのだ。
ちなみにここさいここ最近の夜はロレンシオの部屋に押しかけ、添い寝をしてもらっている状況だった。あの繋がりあった日の夜からだ。
ロレンシオもその状況を自然と受け入れてくれており、心の距離が縮まった感じがして嬉しかった。
「…………なにがどうなってるの?」
ロレンシオの部屋の惨状を見た私はぽつりとこぼした。
びりびりに破かれたシーツやカーテン。
床に落ちた書類の束。
本棚から出たのだろう散らばった本。
部屋の中にあるありとあらゆる場所が散乱し、まるでこの場所で争いがあったかのようだった。
「これって……」
部屋の中央に僅かな血痕を見つけ、思わず血の気が引く。
ロレンシオのものかもしれない。
その状況に心が追いつかない。
この惨状を誰も騒いでいないということは、まだメイドや家令たちはロレンシオの私室を覗いていないのだろう。
こんな有様を見れば、誰かしらが騒ぎ立てるからだ。
「なんで……こんなことに……」
理由なんてまったく思い当たらなかった。ここ数日はほぼロレンシオの後をくっついて回っており、彼のそばを離れるとしても2~3時間程度だった。
なにかトラブルでも抱えていたのかもしれないが、今の私にはわからない。
ふと、散らかった部屋の中にあるテーブルの上に手紙が置かれてることに気がついた。
その手紙を手に取ると貴族の刻印の入った高級感のあるもので、いずれかの貴族がロレンシオ宛てに書き記したものだろうと予想がつく。
私は恐る恐るその手紙を開封した。
中には記されていた。
『ロレンシオ。お前には失望した。
アデリーナ嬢と婚約をして、ゆくゆくは結婚しなさいと伝えたはずだ。それなのにお前は勝手にビクセーネ公爵へと断りの手紙を書き、あろうことがこちらが泥をかぶるつもりの断り文句でだ。
私がどれだけこの婚約を結ばせるために尽力してきたのか、お前にはなにも分かっていない。
これ以上、私に恥をかかせる前にビクセーネ公爵とアデリーナ嬢に謝罪を述べ、いまいちど婚約を結ばせていただきたい旨を伝えなさい』
私はその高圧的な文章に思わず目を顰めた。この内容から言って、おそらくロレンシオの父親であるフォンターナ伯爵からの手紙だろう。
ここ数日、アデリーナと密かな連絡を取り合っていたロレンシオは婚約を破棄することを2日前にビクセーネ公爵へと伝えた。
実のところ婚約については二人の父親の間ではかなりのところまで進んでいたらしい。婚約者候補になるだけでなく、もはや婚約者となっていた。
そのために早めに断りを入れなければならないと急いたロレンシオは急いでビクセーネ公爵へと手紙を書いた。
婚約破棄については双方の同意があってのことだったが、どうやらフォンターナ伯爵にはロレンシオが一方的に突きつけたのだと考えたらしい。
そのことはこの手紙のからも伝わってくる。
「こんな手紙、昨日はこのテーブルになかったはずなのに」
昨晩、疲れ切ったロレンシオにおやすみの挨拶をするために数分この部屋を訪れたが、その際には見当たらなかった……ような気がする。
記憶力にはあまり自信がないので言い切ることは難しいのだが。
そう考えればロレンシオが所持し続けていたか、私が部屋を出てからこの手紙を受け取ったかのどちらかだ。
「手紙……なんだか怪しい……」
そう思い、私は急いでその部屋を出る。とりあえずじっとしているのは性に合わない。
はやくロレンシオを見つけなければと思い、まずは屋敷の中を彷徨いたのだが。
「なんで…………誰もいない………」
屋敷内には人っ子一人いなかった。
いつもはせかせかと働いている3人のメイドたちも、老年の家令もどこを探しても見つからない。
ロレンシオの部屋のように荒らされている様子はないのだが、しんと静まり返る屋敷内はどこか不気味に感じた。
心なしか温度もいつもに比べて冷え切っているような気さえする。
「みんな……どこへ行ったの? ほんとうにどうしちゃったの? 教えて、ロレンシオ様…………」
私は寂しい屋敷の中で独り言をこぼす。
落ち込んだ自分の声が耳に届き、これではダメだと思い直して両頬を叩いた。
ひりひりと傷みを訴え、漠然と頭がスッキリしたように感じた。
こんなことをしててもなにも始まらない。
消えたロレンシオ、そして屋敷の商人たち。
荒らされた部屋。
一体なにが起こっているのかわたしには見当もつかない。
だが、今まで助けてくれたロレンシオがピンチであれば今度はわたしが助ける番である。
「まってて、ロレンシオ様!」
気を取り直し、外へ出て探索しようとするが────ふと、自分の姿が屋敷の玄関口に鎮座されている姿見に映る。
いつものような魂だけの姿。
だが。
「あれ…………私、身体が薄くなってる…………」
霊体でありながらもしっかりと存在感のあった体は、昨晩に比べて透けていた。
タイムリミットが近づいてきている。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる