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34.日常の終わりは突然に
しおりを挟むその朝は突然やってきた。
いつもの通りゲストルームで眠り、朝、寝ぼけ眼でロレンシオの部屋を尋ねた。
前日の夜はロレンシオがひどく疲れ切っていた。なんでも騎士団関係の仕事でトラブルがあったらしく、朝から晩まで方々に駆けずり回ったらしい。
そんなロレンシオを見て、流石に添い寝と称して襲い掛かろうなどとは思えなく、一人寂しくベッドについたのだ。
ちなみにここさいここ最近の夜はロレンシオの部屋に押しかけ、添い寝をしてもらっている状況だった。あの繋がりあった日の夜からだ。
ロレンシオもその状況を自然と受け入れてくれており、心の距離が縮まった感じがして嬉しかった。
「…………なにがどうなってるの?」
ロレンシオの部屋の惨状を見た私はぽつりとこぼした。
びりびりに破かれたシーツやカーテン。
床に落ちた書類の束。
本棚から出たのだろう散らばった本。
部屋の中にあるありとあらゆる場所が散乱し、まるでこの場所で争いがあったかのようだった。
「これって……」
部屋の中央に僅かな血痕を見つけ、思わず血の気が引く。
ロレンシオのものかもしれない。
その状況に心が追いつかない。
この惨状を誰も騒いでいないということは、まだメイドや家令たちはロレンシオの私室を覗いていないのだろう。
こんな有様を見れば、誰かしらが騒ぎ立てるからだ。
「なんで……こんなことに……」
理由なんてまったく思い当たらなかった。ここ数日はほぼロレンシオの後をくっついて回っており、彼のそばを離れるとしても2~3時間程度だった。
なにかトラブルでも抱えていたのかもしれないが、今の私にはわからない。
ふと、散らかった部屋の中にあるテーブルの上に手紙が置かれてることに気がついた。
その手紙を手に取ると貴族の刻印の入った高級感のあるもので、いずれかの貴族がロレンシオ宛てに書き記したものだろうと予想がつく。
私は恐る恐るその手紙を開封した。
中には記されていた。
『ロレンシオ。お前には失望した。
アデリーナ嬢と婚約をして、ゆくゆくは結婚しなさいと伝えたはずだ。それなのにお前は勝手にビクセーネ公爵へと断りの手紙を書き、あろうことがこちらが泥をかぶるつもりの断り文句でだ。
私がどれだけこの婚約を結ばせるために尽力してきたのか、お前にはなにも分かっていない。
これ以上、私に恥をかかせる前にビクセーネ公爵とアデリーナ嬢に謝罪を述べ、いまいちど婚約を結ばせていただきたい旨を伝えなさい』
私はその高圧的な文章に思わず目を顰めた。この内容から言って、おそらくロレンシオの父親であるフォンターナ伯爵からの手紙だろう。
ここ数日、アデリーナと密かな連絡を取り合っていたロレンシオは婚約を破棄することを2日前にビクセーネ公爵へと伝えた。
実のところ婚約については二人の父親の間ではかなりのところまで進んでいたらしい。婚約者候補になるだけでなく、もはや婚約者となっていた。
そのために早めに断りを入れなければならないと急いたロレンシオは急いでビクセーネ公爵へと手紙を書いた。
婚約破棄については双方の同意があってのことだったが、どうやらフォンターナ伯爵にはロレンシオが一方的に突きつけたのだと考えたらしい。
そのことはこの手紙のからも伝わってくる。
「こんな手紙、昨日はこのテーブルになかったはずなのに」
昨晩、疲れ切ったロレンシオにおやすみの挨拶をするために数分この部屋を訪れたが、その際には見当たらなかった……ような気がする。
記憶力にはあまり自信がないので言い切ることは難しいのだが。
そう考えればロレンシオが所持し続けていたか、私が部屋を出てからこの手紙を受け取ったかのどちらかだ。
「手紙……なんだか怪しい……」
そう思い、私は急いでその部屋を出る。とりあえずじっとしているのは性に合わない。
はやくロレンシオを見つけなければと思い、まずは屋敷の中を彷徨いたのだが。
「なんで…………誰もいない………」
屋敷内には人っ子一人いなかった。
いつもはせかせかと働いている3人のメイドたちも、老年の家令もどこを探しても見つからない。
ロレンシオの部屋のように荒らされている様子はないのだが、しんと静まり返る屋敷内はどこか不気味に感じた。
心なしか温度もいつもに比べて冷え切っているような気さえする。
「みんな……どこへ行ったの? ほんとうにどうしちゃったの? 教えて、ロレンシオ様…………」
私は寂しい屋敷の中で独り言をこぼす。
落ち込んだ自分の声が耳に届き、これではダメだと思い直して両頬を叩いた。
ひりひりと傷みを訴え、漠然と頭がスッキリしたように感じた。
こんなことをしててもなにも始まらない。
消えたロレンシオ、そして屋敷の商人たち。
荒らされた部屋。
一体なにが起こっているのかわたしには見当もつかない。
だが、今まで助けてくれたロレンシオがピンチであれば今度はわたしが助ける番である。
「まってて、ロレンシオ様!」
気を取り直し、外へ出て探索しようとするが────ふと、自分の姿が屋敷の玄関口に鎮座されている姿見に映る。
いつものような魂だけの姿。
だが。
「あれ…………私、身体が薄くなってる…………」
霊体でありながらもしっかりと存在感のあった体は、昨晩に比べて透けていた。
タイムリミットが近づいてきている。
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