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29.突然の訪問
しおりを挟むこうして腕の中でじっとしていると安心感で胸が温かくなる。
だが。
「……自分のことですかロレンシオ様に頼ってばかりではいられません!」
「お前ならそういうだろうと思ってたよ……大人しくしとけって言っても勝手にフラフラする奴がじっとしてるなんてできるはずもないか」
そう言ってロレンシオは私の頬に手のひらを添えた。顔が近づき、唇と唇が重なろうと──。
コンコンッ。
そのとき、突如部屋の扉がノックされた。
驚いた私は肩を揺らし、思わずロレンシオの肩を押して距離を取る。
姿が見えないと言っても、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
むっとした様子のロレンシオを尻目に、扉の奥の人物が要件を告げる。
「ロレンシオ様、朝早く失礼いたします。ご来客がお見えになられました」
「……ああ、そうか。で、どこのどいつだ? 今日、こんな早く訪問の予定などなかったはずだが……」
メイドの声にロレンシオは無愛想に尋ねる。
「アデリーナ・ビクセーネ様と名乗られておられました」
「……アデリーナ嬢だと?」
怪訝な顔で呟く。
昨日会ったばかりのロレンシオの婚約者候補。隣国の公爵家の娘らしく華やかな外見をしていたが、まるで人形のように生気がなかった女性だ。
一体なぜ。
その言葉を飲み込み、ロレンシオの対応の言葉を待つ。
「…………応接間へお通ししろ」
「かしこまりました」
眉間に皺を寄せながらメイドは命令したロレンシオは頭を抱えて唸った。
「……一応公爵令嬢だからな。追い返すわけにもいかないだろう……外交問題にも発展しかねない。……なぜこのタイミングでやってくる?」
「昨日の帰り際も特に何も変わった様子はありませんでしたよね」
私が尋ねるとロレンシオは「ああ」と言って首を振った。
舞踏会を終えた後、ロレンシオはアデリーナをエスコートして王城の部屋まで送り届けた。ついでに参加している彼女の父──ビクセーネ公爵にも挨拶をしたのだし、特に問題はなかったはずだが。
「とりあえず会わなければ始まりませんよね。……それに、ロレンシオ様の婚約者ですし……」
私はもやもやとする心を押し殺しながら言葉を紡ぐ。脳裏に二人が会場で踊っている姿が脳裏に焼き付いて離れない。
とても似合いの二人で、私には介入する余地などないのだ。……まるで二人の関係に嫉妬しているみたいで──。
「おい、何を勘違いしてる? アデリーナ嬢に関しては確かに婚約者候補になるかもしれないと父に告げられた。だがな、俺はあの令嬢と婚約者になるつもりも、ましてや結婚などするつもりは一ミリもない」
「……え、そうなんですか?」
「……ああ。政略の道具にされるのも嫌だが、それ以上に俺は俺が認めた女と結婚することに決めたんだ」
ロレンシオそう言って碧眼の双眸を私に向けた。その真摯な瞳にどくりと心臓が跳ねる。
見たことがない表情に落ち着かない。
「……っ、あっ! そろそろ準備しないと! アデリーナ様を待たせてしまいます」
「…………ああ、そうだな」
二人の間に流れる空気を断ち切るように声を上げるとロレンシオは頷き、ソファから腰を上げた。
その声色にどこか納得いかない感情が垣間見えたのは私の気のせいだろうか。
そんなこんなで私たちはアデリーナの待つ応接室へと足を向けた。
「失礼します。……大変お待たせしていたしました」
「いいえ、とんでもないです。こちらこそ、朝早くから押しかけてしまって大変申し訳ありません」
そう言ってにこりと微笑むアデリーナはやはり人形じみている。
ロレンシオはアデリーナの対面に腰掛け、早速口を開いた。
「それで。本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
「今日は第三部隊の方々は休暇だと耳にしたので尋ねさせていただいたのと……」
そう言ってアデリーナは言葉を切った。そして一瞬考え込むような相貌を見せたあと、頭を傾けながら尋ねる。
「ロレンシオ様、昨日バルコニーで一体どなたとお話になられていたのですか?」
心臓の鼓動が急激に跳ねる。
見られていた。
ロレンシオとの話していた場面を。
慌てふためく私に比べ、ロレンシオは一瞬息を呑んだようにも見えたがそこまで動揺はしていない様子だった。
むっつりと唇を結びながらアデリーナに鋭い視線を送っている。
「ああ、申し訳ありません。別段、責めようなどと思っているわけではないのです。……ただ、誰もいないところに話しかけている場面をみて疑問に思ったわけで」
「あなたはどこまで見ていらしたのですか?」
「長い間見ていたわけではありません。私は舞踏会のゲストでしたから、あまり席を外すわけにもいきませんでしたから一瞬です。……それにしてもあまりにも奇妙な光景でしたから」
「それを聞いていったいどうするおつもりですか? 俺が頭の病気だと言いふらすつもりがある、とか?」
硬い口調で言い募るロレンシオに対し、アデリーナは肩をすくめて首を横に振った。
メイドが給仕した紅茶を口に含み、ゆっくりとした動作でカップをソーサーへと置く。
「そんなつもりは全くございません。これはただの興味本位の質問です」
そう言ってアデリーナは不敵な笑みを浮かべた。
今までで一番、人間的な感情の宿る表情だった。
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