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20.頭を悩ませる色々 ロレンシオside
しおりを挟む俺は言われた通りな席へと着く。
メイドたちが次々と温かい食事を運んでくるのを尻目に、父は口を開く。
「婚約者候補を見繕った。そろそろ身を固めなさい」
父は口元をナプキンで拭いながら言う。
俺はその言葉にまたか、と呆れ果てた。婚約者を押しつけてくることはこれまで何度もあった。だがそのたびに何かしらの理由をつけて断ってきた。
理由としてはまだ騎士団の仕事に集中したかったからということ。そして騎士団に所属する限り、命の危険と常に隣り合わせだということだった。
もし俺が戦いで命を落とせば、結婚相手の女性は未亡人となる。相手にも申し訳ないし、俺としても面倒なしがらみは避けたかった。
「父上、以前も申し上げましたが、俺はまだ結婚するつもりはございません」
「……そういうと思った。だがな、今回はお前の意思など関係ない。相手が相手だからだ」
「…………その相手というと?」
嫌な予感がした。
父は隣国から帰ってきたばかり。
帰国してから婚約者など見繕う時間など限られていた。ということは。
「帝国のビクセーネ公爵家令嬢、アデリーナ嬢だ」
俺は思わず眉をしかめた。
帝国は父が赴いた隣国であった。
ということは、外交先で話を受けたのだろう。
「俺は隣国に行く気はさらさらありません」
「それは心配しなくてもいい。アデリーナ嬢は王国に留学後、そのまま定住することが決まっておる。ちなみに彼女はすでに王国内に到着し、現在は王城内にて来賓として迎え入れている」
「それは嫁ぐために、ということですか?」
俺は全て勝手に進められている現状に胸糞悪さをおぼえながらも口を開く。
せっかくの食事もこう迷惑な話では味わうことも出来ない。
「もちろんそれもあるのだが……彼女は王国の文化に興味があり、学びたいのだと自ら志願したのだよ。勤勉な方だ。でだ、アデリーナ嬢と共にビクセーネ公爵もこの度王国へといっとき滞在されることとなったのだ。まあいわゆる外交という奴だ」
父が外国に赴くのと同じことだろう。
「それを祝して歓迎の舞踏会を催すことになったのだ。そこでお前にはアデリーナ嬢のエスコートを頼みたい」
「……なぜ俺なんですか? 他に身分の高いお方は大勢いらっしゃるでしょう」
「簡単なことだ。お前は王国の騎士であり、未婚の男。さらに婚約者候補になる可能性も高い。そしてなによりその美貌だ。アデリーナ嬢もたいそう美しい女性だと聞き及んでいる。お前と並べばさぞかし舞踏会も盛り上がることだろう。王もそれを望んでいる」
くだらない。
俺は思わずそう吐きそうになった。
だが、貴族の一員として、そして王国騎士として、王の望みを無碍にすることはできない。
やるしかないのか。
鬱々とした感情が心を支配する。
そのアデリーナ嬢とやらの婚約者候補などうまく断らなければならない。
また胃痛の種が増えた俺は、誰にも気付かれないようにうんざりした表情を浮かべた。
◆
そのまま父との会話も終わり、俺はその足で知り合いの情報屋を尋ねた。
情報屋の店は城下町の賑わう市場を外れたとこりに存在する。
ひっそりと佇むボロ屋ではあるが、俺は成人してからたびたび利用していた。
「いらっしゃい、フォンターナのお坊っちゃん。以前の依頼の件、報告がきてるよ」
「すまない、感謝する」
話しかけてきたのはこの店の店主である老婆だった。枯れ木のような容貌をしている彼女だったが、この国で1番の情報網を持っているという噂もあるほどの影の支配者だった。
初めてこの老婆を見たときは、いつも勝手に視界に入ってくる幽霊だと勘違いしたものだ。ぎょっとした俺に「化け物を見るような目で見るんじゃないよ」と一喝した老婆の記憶は記憶に深く刻まれている。
「男爵家のお嬢ちゃんの件だったね」
「はい……彼女はやはり既に亡くなっているのですか?」
「それがねぇ。噂ではノンナ・ベルティーニは死んではいないって言われているんだよ」
俺はその言葉に驚きと、そして同時に納得を覚えた。
老婆は続ける。
「だが死ぬのは時間の問題だと言われてる。嬢ちゃんの両親はいろんな名医に見せてるらしいが、一向に目を覚ます気配はない。むしろどんどん衰弱していってるらしい」
「そう、ですか……」
「まあこれは全て噂なんだがね。調査している奴は領内でその話を聞いたものの、実際にお嬢ちゃんを見ることは叶わなかったらしい。……一部領民の間では、すでに彼女は亡くなっているのだがそれをあえて両親が隠しているっていう噂もあるくらいだ」
一体どういうことなのか。
なぜ領内で生存説と死亡説の両方の噂が飛び交っているのか不思議だった。
俺は老婆にお礼を言い、依頼料を渡す。引き続きノンナに関する情報を探るように依頼をした。
「うむ、料金よりも多いようだが?」
「ああ、もう一つ依頼を頼みたいのだが──」
俺は依頼内容を話し、店を出た。
すでに暗くなった辺りには酔っ払いの姿や娼婦などが夜の街を賑わせていた。
そのまま帰路に着きながら、俺は考え込んだ。
ノンナは本当に幽霊なのか。
出会った当初から思っていたことだった。
意思疎通もとることができる彼女は今までに出会った幽霊とは全く別物の存在のように感じた。だからこそ、影でノンナに関する情報を集めていたのだ。
もしノンナが幽霊でなければ、彼女は生きた体も持つ魂が実体化したものになる。
そういえば老婆はどうやってノンナの情報を集めたのだろうか。ベルティーニ領までは馬車で1ヶ月もかかるらしいし、現実としてこの数日で調べることが出来ることはおかしい。
俺は頭を悩ませながら屋敷へと歩いた。
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