【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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19.王国騎士団第三部隊 ロレンシオside

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 翌日。
 俺はいつも通りに仕事へ向かった。
 目を覚ましたときにノンナはいまだ眠っていたので、メイドたちにはもう数時間後にベッドメイクを頼んだ。頼まれたメイドたちは怪訝な顔をしてはいたが、理由を尋ねることはない。俺が詮索されることを嫌っていると知っているからだ。

「……ふっ、ふっ、ふっ」

「おうおう、今日はなんだか機嫌がいいな?」

 親しげな声をかけられ、素振りをしていた手を止める。汗を肩にかけた布で拭いながら、声の主──ヨーゼフに視線を向けた。

「べつに、そんなことはない」

「そうか? いつもよりも楽しそうな顔してないか?」

「むしろ逆だ。憂鬱なことばかりだよ」

 今夜、実家に呼ばれていることを思い出し、思わず顔をしかめる。一体どんな話が待っているのだろうか。正直大体予想はつくが、考えたくもなかった。

「へー、でもここ数日、ロレンシオなんか変わったよな。表情が明るくなったというか、声をかけやすくなったというか。以前に比べてなんか雰囲気が柔らかくなったんだよな」

「そうか? ……でも確かにここ数日、第三部隊の隊員にも話しかけられることが多くなったような気がするが…………自分ではわからん」

「うーん、もしかして周りで何か大きな変化でもあったとか?」

 大きな変化と言われて真っ先に思い出すのはノンナの存在だと。
 彼女はいい意味でも悪い意味でも破茶滅茶で、俺はいつも振り回され続けている。

 つい2日前も、勝手に王城へ着いてきてあろうことが鍛錬場のそばにある《交合部屋》と呼ばれる騎士団員の連れ込み部屋を覗き見ていた。
 それを目撃したときはギョッとしたものだ。俺以外に見えてないないとはいえ、まさか性交を覗き見ているとは思いもしなかったのだ。

「変化はあったな。最低な変化だが」

「最低、ね。その表情を見る限り、そうは見えないけど」

「その表情とはどんな表情だ。俺はいつも通りなのだが」

 俺はヨーゼフの呆れたような顔を見て尋ねる。彼は肩をすくめたあと、口元に弧を描いて答えた。

「うーん、なんていうか……恋する表情、みたいな?」

「…………こ、い?……………ありえないな。俺が恋なんてするわけないだろ」

「いやいやいや、恋くらい誰だってするだろ。神様だってするくらいなのにどうしてお前がしないと言い切れるんだ? ……ロレンシオの色恋に関する潔癖さにはほとほと呆れるよ」

 腹の立つ物言いになにか言い返そうと思ったが、その労力も面倒くさく思えて俺は剣を握り、再度素振りを始める。
 剣先を睨みつけて振り下ろしながら俺は口を開いた。

「逆に俺はヨーゼフみたいな色恋ばかりの人生に呆れているがな。取っ替え引っ替えするなんて面倒でかなわん」

「なんでだよ、女の子がみんな可愛いのと俺がモテるのが全部悪いんだ。俺が誰か一人に絞ったら世の女の子が泣くぜ?」

「勝手に言ってろ」

 モテ自慢するヨーゼフを横目に、俺は素振りを続ける。
 今日は朝の鍛錬をしたあとは、隊長としての事務仕事が待っている。今のうちに身体を動かしておかなければ剣も鈍ってしまう。

 なにかと横でぶつぶつと言っているヨーゼフも素振りを始めた。
 
 俺が恋?
 ありえない。恋や愛なんてくだらない。
 俺は目に見えないものは信じない主義なのだ。

 そう考えながら、脳裏にノンナの顔が過ぎる。彼女は自分の好きな相手を思って幽霊になったと言っていた。


『きっとロレンシオ様も恋をすればわかります。いつか死んでもなお、会いたいと思う人に出会えますよ』


 ノンナはあった初日にそう言っていた。ありえない、と思った。

 死んでも会いたいと思う人間なんてこの世界に出来るはずがない。
 所詮、人間は孤独な生き物だ。生きるも死ぬも常に一人の問題。集団で行動してはいるが、腹の中は皆他人を蹴落とす事ばかり考えている薄汚い生き物。
 もちろん俺自身もその中の一人なのだが。

 首を横に振って大きく息を吸う。
 ダメだ、剣に集中しなければ。

 俺は何も考えないように集中しろと自分に言い聞かせ、素振りを続けた。





 夜になって当たりが暗くなった頃。
 仕事を終えた俺は久しぶりの実家の前までやってきていた。

 どうやら迎えをよこしてくれたらしく、馬車に乗ってここまできた。

「お帰りなさいませ、ロレンシオ様。旦那様がすでに夕食の場にてお待ちでございます」

「……ああ、今から行く」

 年老いた家令の言葉に頷き、着ていたコートを預ける。
 相変わらず趣味のだだっ広い屋敷だ。
 
 フォンターナ伯爵家といえばこの国でも有数の名家であり、200年近くの歴史を持つ家だ。主な仕事といえば領地の経営はもちろん、外交関連である。そのため父や長兄は各地を飛び回っており、成人してから顔を見て話した回数は両手でも数えられるほどだった。

 自身の持つ屋敷とは比べ物にならないほどの豪奢な廊下を通り抜け、俺は父が待つという食堂の扉を抜ける。

「大変お待たせしていたしました、父上。ご無沙汰しております」

「久しいな、ロレンシオ。さて、そこに掛けなさい。時間が惜しい、早速食事をしながら話しをしよう」

 俺とは似ても似つかない顔立ちの壮年の男が偉そうな態度で話しかけてきた。

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