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23.キスの味
しおりを挟む私は突然現れたロレンシオの存在に面くらい、ぽかんとした。
「どうした? お前、俺の名前呼んでたじゃないか。何か用事でもあったのか?」
「……えーっと、別にそういうわけではないんですけど」
気づけば名前を呼んでいたなんて恥ずかしくていうことができない私は目線を外して口を尖らせる。
なんとも言えない面持ちで眉を上げたロレンシオは私の隣に並んで星を見上げる。
その顔はどこか疲れているように感じ、私は思わず盗み見ていた。
「……なんだ? 人の顔を盗み見て。今日のお前はなんだかよくわからないな。いつもはこれでもかってくらい分かりやすいのに」
「そ、そうですかね? ……いやー、ロレンシオ。どこか疲れているように見えて……」
「まあな。……俺は元々舞踏会とか社交界とか好きじゃないんだ。謀略ばかりの知恵比べ、そんな貴族は好きじゃない。剣を振っている方が100倍マシだ」
そう言って眉間を揉む。
ふわりと吹いた風が月光に照らされたロレンシオの金髪を靡かせ、思わず私は見惚れてしまった。彼はこんなときでさえ、美しい。
「ろ、ロレンシオ様はたしかにあんまり好きじゃなさそうですよね。私はこういうの経験したことがなかったので、すごく興味深かったです!」
「そうか。楽しめたのなら良かった」
白い歯を見せて顔を綻ばせるロレンシオは初対面のときに比べてずっと優しい表情を向けてくれていた。
何故だか胸がぎゅっと痛くなり、私は胸元で両手を結ぶ。顔を上げていることが出来なくなり俯いた私にロレンシオは声をかける。
「……どうした? 腹でも壊したか?」
「…………っ、」
声が出なかった。
そのかわり眦から涙がこぼれ落ちる。
理由もなく泣いてしまうなんておかしいと自分で思いながらも、勝手に流れる涙を止めることはできなかった。
ロレンシオは突然泣き出したことに瞠目し、私の顔を覗き込んでくる。
「……ど、どうした…………」
慰め方が分からないのか手を彷徨わせる、おろおろする姿は滑稽ですらあった。それでも自分のことを心配してくれることに嬉々たる気持ちを覚える。そんなことを喜ぶ私は性格が悪いのかもしれない。
私は唇を軽く噛み、己の心を全て吐き出さんと言葉にする。
「分かんないんです。でも、なんでか涙が止まらなくなって。……ロレンシオ様とアデリーナ様の並んでる姿を見るたびに私とは違う世界の人なんだなって苦しくって仕方がないんです。こんなのおかしいですよね。……だって、私、幽霊なのに」
「…………っ」
一息に思っていたことを吐き出すと少しだけスッキリした気持ちになった。
一方のロレンシオはなんとも言えない面持ちでどうしてだか頭を片手で支えるようにして苦悶の表情を浮かべている。
金色の髪の隙間から見える耳は暗がりの中でも赤く染まっているのが微かにわかるほどで。
私はそれを疑問に思いながらも続けて口を開いた。
「ロレンシオ様はあの綺麗なアデリーナ様と結婚するつもりなんですよね……すごくお似合いでした……憎らしいほど」
二人が踊る場面を思い出すとどこか腹が立ってきた私は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
我ながら子供っぽいとは思う。まるで両親が二人で出かけてしまい、それを拗ねてある子供みたいだ。
ロレンシオはまだ口を開かなかった。
先ほどよりも顔全体が火照っているようにも見えるが、暗いせいかはっきりとは分からない。
私はロレンシオにどうしたのかと尋ねようと顔を彼に向けようとした。──そのとき。
「…………っ、んっ!」
突如、ロレンシオの顔が接近し、唇が重なった。柔らかくて温かいはじめての感触に至近距離のロレンシオを呆然と見やる。
あまりのことに目を閉じる時間もなかった。
私、ロレンシオ様にキスをされている。
そう自覚した途端、血が沸騰したかのように全身が熱くなり、顔に血が上った。おそらく今の私はりんごのように真っ赤に染まっているに違いない。
しばらくして唇が離れると、私は夢に浮かされたようにロレンシオの碧眼を見つめた。
凝視されていることに照れを覚えたのか、ロレンシオはさらに目線を背けた。
「……悪かった。泣いてる女を泣き止ませる方法なんてこれ以外分からなかった」
「……ロレンシオ様は泣いてる女性なら誰彼構わずキスをするんですか……」
「ちがっ、そ、そんなわけないだろっ。そ、それはお前、だからで……」
後半は小声になってよく聞き取れなかったが、否定の言葉を耳にして安堵を覚える。
あの堅物生真面目ロレンシオが、キス魔だったら私は一生寝込んでしまうに違いない。
気が抜けたのか、涙は止まっていた。
冷えた指先とは裏腹に心の中は温かい。
「……ねぇ、ロレンシオ様。キス、もう一回しませんか?」
「………っ、そ、れは」
「お願いします。キスしてください」
私はロレンシオの返事を聞く前に彼の腕に飛び込み、唇を重ねる。
身長差で首が痛かったが、そんなことは気にならなかった。
声にならない声を上げたロレンシオだったが、気づけば私の腰に手を回し、強く唇を押し付けてくる。
私たちは互いの唇の熱に溺れた。
その様子を誰が見ていることを知ることなく──。
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