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22.似合いの二人
しおりを挟む「それでは会場までエスコートさせてください」
ロレンシオはそんな抜け殻のようなアデリーナに優しく手を出した。
抜け殻のような彼女だったが、こくりと頷くとロレンシオの分厚い手に自身の白雪のような手を預ける。
そして二人は並んでパーティー会場へと入っていった。
「あれが隣国からきた公爵家の姫君か。たいそうな美貌の持ち主だと聞いてはいたが、本当にお美しい」
「隣に並んでいるのはフォンターナの三男か。あの二人が並ぶとまるで一枚の絵画のように神々しいな」
「フォンターナはうまく隣国の要職の人物に取り入ったということか」
二人のことを噂する声が耳に届くも、本人たちは特に気にした様子もないようだった。
すると突然、二人の行手を妨げるものが現れる。
「お初にお目にかかる、俺は王国の王太子をしているガブリエルと申す。異国の姫君、あなたは非常にお美しい! よければこの俺と踊ってはくれまいか?」
王太子といえば、以前王宮メイドから嫌いな食べ物を床に落としたみたいなことを聞いたことがあったような気がする。そのときは子供なのかなと思っていたが、目の前の王太子を名乗る男はどう見ても成人していた。
隣にエスコートするロレンシオがいるのに関わらず、当たり前のようにアデリーナをダンスに誘っているのを見て私でも常識はずれのことをしているのだと分かるものだ。
「……申し訳ございませんが、私のファーストダンスは本日エスコートをしてくださっているフォンターナ様がいらっしゃいますのでお引き受けすることは叶いません」
「フォンターナ……」
「ははっ、御前を失礼いたします。王太子殿下」
ロレンシオは王太子に頭を下げる。
アデリーナはというと、恐ろしいほど感情を見せずに淡々と断り文句を述べていた。
断られた王太子は気分を悪くしたのか、鋭い瞳でロレンシオを睨みつけたあと、鼻息を荒くして去っていった。
なんというか、すごい人だ。
もしかしてこの国の未来は暗いのかもしれない。
「あんな人が王太子で本当に大丈夫なんでしょうか……」
アデリーナとロレンシオのあとをぴったりとつきながら飛んでいる私はぽつりとこぼした。
嵐のような一幕から気を取り直すようにロレンシオは軽く咳をする。視線が私の方を向いており「大人しくしていろ」と訴えかけている。
「こほん。……アデリーナ嬢。それではファーストダンスをお誘いしてもよろしいでしょうか」
「……はい、よろこんで」
アデリーナはロレンシオと共に多くの人が体を寄せ合って踊る中央へと足を運んでいった。
「……綺麗だな、二人とも」
深紅のドレスのアデリーナも、軍服でエスコートするロレンシオも思わず目を引き寄せてしまうほどの存在感があった。
どう見ても二人はお似合いで、周囲の人間たちも「本当にお美しいな」と口々に言っている。
「……私もロレンシオ様と踊ってみたかったなぁ…………」
漏れ出た本音に自分でも驚き、思わず口元に手を寄せる。
何を言っているのだと被りを振った後、私は踊り続ける二人の横目に場所を移動することにした。
会場に来る前までは楽しみにしていたパーティー料理だったが、今はなんとなく食欲がなかった。
ふらりと宙を飛び、語らい合う貴族たちの横を通り抜けると色々な話が耳に届く。
「私の娘なんか公爵の婿にぴったりでしょう。どうですか、今度合わせてみるのは」
「ははは、確かに名案だ」
「王太子殿下はいつまであのような態度でいらっしゃるのか。この国の王にはやはり聡明で政治にも明るい第二王子の方が適しているのでは」
「……誰かに聞かれたらどうするのですか」
彼らは政治やら社交やら様々なことを語らっていた。
その中でふと気になる言葉を聞く。
「ロレンシオ殿が異国の令嬢と婚約することになりそうですね」
「ああ、おそらくあの顔で令嬢を落としたに違いない。さすが売女の息子だ」
売女の息子?
私はロレンシオに関する悪い噂に眉を顰めながら頭を捻る。
ロレンシオの家族の話はあまり聞いたことがない。この舞踏会は父親から言われたから出席すると述べてはいたが、それだけだ。
ロレンシオのいないところでいけないことを聞いてしまったような気がして、どこか身の置き場のないような気持ちだった。
私は気分を変えるためにバルコニーへと出た。ロレンシオの屋敷にあるバルコニーよりも数倍は広いそこからは、庭園が見えた。以前、幽霊になって初めて目覚めた場所だ。
「……….綺麗だな」
呟きながら、手すりに体を預ける。
空はすでに星の光が届くほど真っ暗で、しんと静まり返る外と熱気の漂う会場内とでは雲泥の差があった。
少しだけ熱った体にはちょうどいい風が吹き付けており、少しだけ気分が良くなった。
誰もいないバルコニーで一人でいると思い出してしまう。
ロレンシオとアデリーナというお似合いの2人。ロレンシオは婚約者になるかもしれないと言っていた。
それを聞いたとき私とは異なる世界人なんだと感じたが、改めて二人の姿を目にしたとき愕然とした。
私はこの世界に介入することはもう出来ないのだと。
「…………ロレンシオ様…………」
自然と名前を口にしていた。
一人つぶやいた言葉は静かな闇へと溶ける。だが。
「……呼んだか?」
声の主に顔を向けると、今の今まで思い浮かべていた男の姿があった。
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