【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

文字の大きさ
上 下
21 / 48

21.ドレスと令嬢

しおりを挟む


「こんなドレス……私、初めて着ました! 家にあったのは型の古くなった母様のものか、中古の安物ばかりで。裾とかボロボロになっていたのでそれを繕って着てたんです!」

 私はふわりと裾のチュールが広がる薄紫のドレスを翻しながら子供のようにはしゃいでいた。
 そう。
 今日は王宮で盛大な舞踏会が催されるのだ。私の2つ目の未練である《舞踏会に参加してみたい》というものを叶えるのにぴったりのタイミングだ。

 先日、ロレンシオからもうすぐ舞踏会が開かれることになるが参加するかと尋ねられ、私は二つ返事でもちろんしますと答えた。
 そのときのロレンシオはなんとも形容し難い表情を浮かべていた。

『実はこの舞踏会には私の婚約者になる可能性のある女性が来る。そのエスコートを父から頼まれたので、お前の相手はできんかもしれない』

 ロレンシオはいまいち納得できないない様子でいい募る。どうやら婚約者の話は寝耳に水だったようだ。

 婚約者。
 ロレンシオのその言葉を聞いて、ちくりと心臓が傷んだ気がしたのは気のせいだろう。
 最近一緒に過ごしすぎたせいだ。
 彼が名門貴族の出で、将来は名のある名家の令嬢と結ばれることは分かりきっている事実なのに。

 共にいる時間はそれを忘れさせてしまっていたのだろう。

『もちろん、私は大丈夫です! 気にせずご令嬢のエスコートをしてくださいね。私は勝手にふわふわパーティー会場内を飛んでますので。ああ、パーティー料理楽しみだなぁ』

 頭から受け入れたくない事実を追い払うようにして一息に話す。
 私は大丈夫なのだと言い聞かせ、ロレンシオに笑顔を向けた。

『……っ、私のことは気にせずってなんだよ……』

 対してロレンシオの方はと言うと、何故か不機嫌そうな面持ちで私の方を睨みつけていた。不思議に思いつつ、頭を傾けているとロレンシオは何か小声で呟いていたが、生憎とききとることはできなかった。

 そんなわけで、今夜舞踏会が催されるのために私たちは正装していた。

 私の目の前には騎士団の軍服を身に纏ったロレンシオが立っていた。彼はいつもに比べて胸元に多くの勲章をつけており、これが騎士の正装なのだと感心する。

 いつもは耳にかかるほどの金髪はきっちりと整えられ、額を露わにしている姿に胸を高鳴らせた。……これは顔面が麗しすぎるロレンシオが悪い。

 赤くなった顔を誤魔化すように私は口を開いた。

「このドレス、いつ用意されたんですか? というかロレンシオ様ってこういう器用な真似、出来たんですね」

「お前は本当に失礼なやつだな。俺をなんだと思ってるんだ。……ちなみにそのドレスは王都の中でも有名な服飾店に飾られていたものの中からお前に似合いそうなものをチョイスさせてもらった。ただそれだけだ」

「……っ、ロレンシオ様…………ほんとうにありがとうございます」

 思わずわ目を潤ませながら、私は腕を組んでそっぽを向きながら答えるロレンシオに抱きつく。小さな気遣いが嬉しくて、笑みがあふれる。

 ロレンシオは最初は「おい、鬱陶しいぞ」と言っておきながらも、最後には「しょうがないやつだ」と言って許してくれた。

 そして私たちはそのままパーティー会場へと赴く。
 ロレンシオは王宮に着くとパーティー客とは別の方向に歩き出した。

「令嬢を迎えに行く。お前は先に会場に行ってていいんだぞ」

 周囲の人間には聞こえないほどの小声で呟いたロレンシオに私は首を振りながら答えた。

「いいえ、ご令嬢がロレンシオ様に相応しい人かちゃんと見極めなければいけませんのでお供させていただきます!」

「いや、もし相応しくないと判断したらどうするんだ……」

「うーん、そうですね……幽霊なので取り憑く? とかどうでしょうか……ポルターガイストは起こせそうもないですし、なんかうまいてありますかね」

 頭を捻りながら答えると、ロレンシオは「俺に聞くな」と言って肩をすくめた。

「こちらにアデリーナ・ビクセーネ公爵令嬢がいらっしゃいます」

 王宮の案内係の使用人に連れられたどり着いた扉をロレンシオがノックする。
 女性の声が聞こえ、入室するとそこには豪奢な真紅のドレスを身に纏った黒髪のご令嬢と、使用人であろう老女がいた。

「お初にお目にかかります。わたくし、フォンターナ伯爵家が三男、ロレンシオ・フォンターナと申します。本日はお美しいご令嬢のエスコートの任をいただき、至極光栄に存じます」

「顔をお上げください。はじめまして、わたくし、アデリーナ・ビクセーネと申します。あなたのことはフォンターナ伯爵からよく聞き及んでおります。どうぞ、今夜はよろしくお願いいたします」

 そう言って一寸も狂いのない完璧なカーテシーを披露したアデリーナは口元に弧を描きながらロレンシオを射抜くようにして視線を向けた。口元の真っ赤な紅が印象的な令嬢は、まるで人形のように美しかった。
 だが、それ以上に気になったのはその覇気のなさだった。美しさで人形に形容したが、その生気のなさも人形のようだ。


  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...