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17.不思議な幽霊 ロレンシオside
しおりを挟む「…………はぁ」
俺は横で気持ちよさそうに眠る女を見て大きくため息をついた。
ノンナは不思議な女だ。
破天荒で直情的でそしてなにより素直だ。
俺は隣で平和な面持ちで眠るノンナの寝顔を見て、苦笑いを浮かべたがそれと同時に燈った心の温かさが不思議に思った。
結局情事は最後まで果たすことはできず、俺は未だ熱を持て余し続けている。普段ならばすぐにでも発散したいと考えるが、今は呑気に寝ているノンナを見ていたかった。
月明かりに照らされたノンナの容貌はあどけない。栗色の髪はサラリとベッドに広がり、いつもはくるくると変わるヘーゼルの瞳は薄い瞼によって隠されている。
俺はノンナの瞳が好ましいと思っていた。普段の生活の中で関わりあう貴族たちの策謀ばかりの陰険な瞳を見ていれば、誰だってそう思うに違いない。
「本当に変なやつ」
小さく呟いた言葉は誰の耳にも届くことはない。
俺はさらりと流れ落ちるの髪を一房とり、指に絡めながら思考の波に沈む。
あの日、ノンナとはじめて邂逅した日。
俺はいつも通り幽霊である彼女の存在を視界に捉えようとしなかった。何度話しかけられてもそこにノンナはいないように振る舞う。
それが当たり前のことで、幼少期から学んできた処世術のひとつだった。
『なにこの子……何もないところで突然叫んだり話し出したり……気味が悪い』
『どうやらロレンシオは頭の病気にかかっているのかもしれない』
会う人全員が俺のことを狂人扱いした。そうでなければ、子どもの遊びであり空想しているだけだと言うものもいた。
それでも俺には昔からはっきりと人でないものが見えたのだ。
ノンナのような話しかけられる幽霊に関しては出会ったのは初めてではあったが。
ときには悪霊の類で俺を怯えさせるほど醜悪な面構えをしたものも存在し、そのたびに俺は一人震え続けていた。
そんなことを何年も重ねていくうちに、反応しなければ見えない人のように霊たちも勘違いしてくれるということがわかった。
それからは何があっても口にも態度にも出さないように注意して生きてきた。そのはずだったのだが。
「お前のせいで人生狂ったんだぞ」
今まで見てきた存在とは異なるノンナ。
幽霊でありながらどこか生命力を感じ、自由気ままに俺を振り回す。
近寄り難いとも言われる俺をここまで引っ掻き回すのは彼女くらいのものだろう。
だが、そんなノンナであってもときに暗い感情をその瞳に灯すことがあった。
ノンナが幽霊になった原因とも言える男──アーベン・ジュスタを街で見かけたときだ。
彼女は失恋したといっていた。
俺にはそんな恋敗れる経験がなく、失恋がもたらす悲哀の感情など理解もできない。
けれどその明るく濁りのない瞳が悲痛を帯びるとこちらまで心が痛みを訴える気がした。
そしてそれ以上に気になったのは、服屋で見せたどこか諦めを含ませた面持ち。
ノンナに服は買わないかと尋ねたとき、一瞬見てたあの表情だ。
何故あのような憂いを帯びた笑いをしたのか俺には分からない。
それでも心臓がぎゅっと掴まれるような、そんな痛みを覚えた。
彼女は明るく朗らかでありながら、その裏ではどこか寂しげだと思う。
子どものように好奇心旺盛に振る舞うのはなにかを押し殺した反動なのだろう。
彼女を見るたびに目を惹きつけられるのは、その本心と振る舞いの大きな隔たりのせいなのかもしれない。
「んんんっ……もう…………食べられない…………むにゃ」
「夢の中で何か食ってるのか? 幸せそうな顔だな」
指に絡ませた髪をほどき、その小さな頭を手掌で撫でる。
さらさらと流れ落ちる髪は存外柔らかく、絹のような触り心地だった。
あどけない表情で眠るノンナは先程の蠱惑的な香りをさせる女とは別人のようだった。
熱を孕んだそのヘーゼルの瞳が貫くと、不思議と己の欲望も高まったしまう。
これは出会った初日に風呂場であった出来事が悪い。それを思い出すだけで、今でも頭から火が出る思いだった。
俺は初めて会った女と寝る趣味はなく、身体を重ねるのは時間をかけて信頼を深めてきた女に限ると考えてきた。
ノンナには人を好きになった経験はないと伝えたが、この年齢だ。恋人がいた経験はある。
ただその恋人関係というものも相手に告白されたから付き合ったというだけで、心があったわけじゃなかった。
それでも俺は紳士的に対応してきたはずだ。浮気はしなかったし、女性に対するエスコートや贈り物も定期的にしていた。
それでも煩わしいと感じてしまうことも多数存在し、結局はこちらから別れを切り出す、もしくは相手側からということで長続きすることはない。
別れる際、どの女性も「あなたに愛されている実感がない」と泣く。
だが俺には誰かを愛するという感情が分からず、それに応えることは出来ない。
ノンナはいつかは愛や恋を知ることができると言っていたが、俺にはそうは思えなかった。
俺の中での優先事項は騎士団での仕事で、そして剣の腕を磨き続けることだ。
結婚に関しても漠然とそれなりの家柄の令嬢と見合いでもし、家庭を築くのだと考えている。
だからこそ、俺には愛や恋など必要ないものなのだ。
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