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13.痛みと温もり
しおりを挟む王都で色々と遊び回った帰り道。
城下町にある美味しいと評判の料理屋で夕飯を食べた私たちは屋敷へと向かって歩いて。その途中。
「…………あ」
女性と腕を組み歩く見覚えのある人──幼馴染のアーベンがいた。
彼は以前見かけた人とは異なる女性を連れて歩いていた。
隣で歩くロレンシオの息を飲む声が聞こえる。
そしてゆっくりとその視線が自分に向けられることが分かった。
私は瞬き一つできなかった。
二人が歩き去る後ろ姿が消えるまで、じっと見つめる。
失恋はじくじくと心を焼き尽くし、痛みを与える。
私はこんなふうでも一途だった。
アーベン以外にも頼りになる年上の男性や、友達のように話せる男友達だって領内にはいた。
だけど初めて根付いた初恋という花は死の間際までずっと咲いていた。
それでも、私はこの初恋に別れをつけだのだ。今この頬に流れ落ちる雫はただの雨だ。
「ロレンシオさま、早く帰りましょう」
笑顔を貼り付け、言葉を紡ぐ。
私は歩き出す。この顔を誰にも見られないように。
だが呼ばれたロレンシオはぽつりとこぼす。
「…………辛いのか?」
その短い言葉の中には労るような慈しみが込められているような気がした。
私はふと顔を上げ、振り返ってロレンシオに視線を向ける。
彼は眉尻を下げ、戸惑いの表情を浮かべていた。
初めてみる様相に驚いた私はハッと目を見開いた。
そして不器用な優しさに思わず笑みが溢れる。
「はい、辛いです。でも……ロレンシオ様が意外と優しいのでそんなに辛くなくなっちゃいました」
「なんだそれ」
口ではぶっきらぼうな物言いだが、声色は温かい。
涙はすっかり引っ込み、私は本当の笑顔をロレンシオに向ける。
「ありがとうございます!」
「……っ」
ロレンシオは顔を背け、何も答えることはなかった。
灯りに照らされたロレンシオの頬が少しだけ朱に染まっていたことが嬉しかった。だって私も顔が同じくらい赤くなっているはずだから。
私はロレンシオの手を取り、歩き出す。
ロレンシオは私の握った手を握り返してくれた。その手はとても温かかった。
すっかり日は落ちて月明かりに照らされていたが、私の心は明るい。
◆
その夜、私はロレンシオの部屋の前に枕を持って立っていた。
心臓の鼓動が耳に届くほど高鳴っているのが分かるが、女には引けない時があるのだ。
私は扉にノックをし、返事を聞く前に入室する。
「失礼します!」
「……な、なんだ突然。ってお前かノンナ。こんな夜遅くに一体なんだ」
私は下唇を噛み、瞳をぎゅっと閉じる。そして心の中で決心したことを吐き出そうと顔を上げ、ロレンシオを真っ直ぐに見つめた。
「添い寝しにきました!」
ロレンシオは呆気に取られたのか、口をぽかんと開けている。
ひどい間抜け面ではあるが、その美貌のおかげで様になっているのが納得できない。
私は返答をされる前にロレンシオの寝室のベッドへダイブした。
スプリングが効いているのか、体がふわりと跳ね上がる。
「おお、いいベッド使ってますね! ふわふわです」
「お、お前、添い寝なんていらないから早く出ていけ!」
間抜け面から一変、ロレンシオは鬼の形相ですたすたとベッドに歩いてくる。
私はなんとしても添い寝がしたかったため、シーツに包まった。
ロレンシオの香りがほのかにし、脈拍が上がる。
「おいっ、巻きつくな! さっさと退け」
「いやですっ! 今日は一緒に寝るって決めたんですから邪魔しないでくださいっ」
「一体誰が決めたんだ! というか邪魔なのはお前だ。あっちへ行け、この変態女!」
私は「変態じゃありません」と抗議の声を上げながら、抵抗を続ける。
ロレンシオはシーツを引っ張り私を床へ落とそうとするが、その前にふわりと宙へ移動した。
「なんと言われても今日は寝るんです。子供みたいって思われてもいい! ……お願いします……」
語尾は小さく、肩を落としながら私は言った。
今日はどうしても一人でいたくなかった。
ロレンシオの隣にいたかった。
彼は戸惑ったように一瞬静止する。
私はその碧眼へ懇願するようにまっすぐ見つめ返した。
しばらく部屋に沈黙が流れる。
私はなんとなく照れ臭くなり、視線を逸らした。
「…………はぁ、わかった。仕方がない」
ため息と共に吐き出された言葉に私は思わず顔を綻ばせた。
「やったー!」
「……おいっ。気を許したらすぐこれだ……」
喜びの言葉とともにベッドへ二度目のダイブをした私に対し、ロレンシオは頭を抱えて呟く。
そんなやりとりも今は楽しくて仕方がない。
ロレンシオはどうやら机に向かってペンを走らせていたようで、机の上を片付けてから部屋の明かりを消した。
窓から月明かりが入り込むだけの暗い部屋で共にベッドへ横になった。
ロレンシオは不思議な人だ。
拒否する言葉を言いながら私を受け入れてくれる。
潔癖症だと言われていたのに一緒のベッドで寝てくれる。
ロレンシオは私に背中を向けて横になっていた。
距離をとるように寝ているせいか、人肌の温もりはあまり感じない。
「……もう寝ましたか?」
私はその広い背中に問いかけた。
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